桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第26話 カリスマ

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「おまえらはまだ、人間の本質について、まるで理解しちゃあいねえ」

「……」

 鬼堂龍門きどう りゅうもんは語り出す。

「いいか、ウツロ? おまえみたいなやつは、極めてレアケースなんだぜ? 世間を見てみろ。人間としての存在をまっとうしているってなやつが、どれだけいると思う? てめえのことは棚に上げて、すきあらば他人に指をさし、そいつがどんな目にあおうが、知ったこっちゃねえ。むしろ飯ウマだ。パンとサーカスをよこせだあ? 潤沢にあるじゃねえか、てめえらの養分がよ!」

 ウツロと万城目日和まきめ ひよりは押し黙った。

 鬼堂総理の言うことには、一理以上あるかもしれない。

 俺たちの考えていることは、しょせん理想論なのか?

 そんなふうにみずからを懐疑した。

「何も言い返せんか? そうだ、おまえたちの考えているとおりさ。人間論だなんてのは、しょせんは理想論なのさ。よりよい人間を目指そうだなんて連中ばかりなら、この世の中は少なくとも、いまよりもずっとマシな世界になっている。そうじゃねえか、あ?」

 何も言えない。

 そのとおりすぎる。

「与えてもらうのが当たり前、そのくせ1ミリでも気に食わなければ、鬼だ悪魔だと唾を吐きかけてきやがる。少しは俺らの気持ちも考えてほしいもんだ。どう思う? まるで大量に置いてあるゆりかごの中の赤ん坊を、たったひとりでめんどうを見てる気分なんだぜ? ガキみてえな年寄りと、年寄りみてえなガキばっかだ。俺はそんなクズどもの親か? てめえのめんどうくれえ、一度でいいからてめえで見てみろってんだ」

 劇毒のような言葉の応酬。

 しかし表現こそ過激ではあるが、鬼堂龍門の言説は思いのほか的を射ている。

 二人の心はだんだんとぐらついてきた。

「しかしな、ウツロ。それでも俺は国民を見捨てたりはせん。なぜか? 俺は国家に忠誠を誓っているからだ。特定の誰かじゃねえ、おまえの大嫌いな、概念としての国家だ。その国家を守るためなら、どんな末路でも受け入れるつもりでいる。それがたとえ、後世において最悪の暗君・暴君だったとののしられるようなことだろうがな」

 彼らには見えた。

 どす黒い悪党のひとりだとばかり思っていた鬼堂龍門が、不思議なことにいまは光り輝いて見える。

 なぜだ?

 これが悪のカリスマというものなのか?

 いや、果たしてそれは、悪と呼べるものなのか?

 そもそも、「悪」とは?

 わからない、何も……

 二人は次第に、思考の迷宮へと陥っていった。

「正直言って、ここでおまえらの手にかけられたら、どんなに楽なことか。それほどのものを、俺は背負ってるんだぜ? わかるか? この重さが?」

 もう言葉を発する気力すらない。

 仮にあったとして、何を言うことがあるというのか?

 現実、そうだ。

 俺たちの考えてきたことは、やはりあくまでも理想にすぎず、目の前に座る男・鬼堂龍門の言うことこそが、まさに現実なのではないか?

 大きく見える。

 これが国家を背負う者の器だとでもいうのか?

 石像にでも変えられてしまったかのように、ウツロと万城目日和はまったく動くことができなくなった。

「やっぱり、退屈な話だったな。わりい、大人の言うことなんて、そんなもんさ」

 鬼堂龍門はすっくと立ちあがり、向こうのほうへ歩いていく。

 二人はあいかわらず、みじろぎすらできない状態だった。

「今回は痛み分けってことにしてくれや。だが日和、もしその気になったのなら、いつだって俺を殺しにきていいんだぜ? 寝こみだろうが、国会答弁中だろうがな」

 何も返せない。

 少し曲がった背中。

 しかしそこには、何者をもよせつけない王者然とした覇気が漂っていた。

「風邪引いちまうから、とっとと帰って温まんな」

 彼は片手を挙げ、そしてアトラクションの奥へと消えていった。

 あとには夜をほのかに照らす遊園地の明かりと、静かに降り注ぐ雨音だけが残される。

「ウツロ、俺……」

 万城目日和の顔はくしゃくしゃにゆがんでいる。

 茫然自失、まさにその単語がぴったりだった。

「日和……」

 二人は自然に身を重ねた。

 体が冷たい。

 早くここから移動しないと。

 互いにそう考えた。

 もぬけの殻になったウツロと万城目日和は、魂を抜かれたようにとぼとぼと歩きはじめた。
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