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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第25話 ウツロ、推参
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「似嵐ウツロ、助太刀のため、推参つかまつる!」
「ウツロ……」
鬼堂龍門の前に立ちはだかったウツロ。
感極まった万城目日和は、その雄姿に涙をこぼした。
「ふんっ!」
「おわっと」
ハンマーをはじき返され、鬼堂龍門は後ずさりをした。
「ふん」
鈍器がスルッとしぼみ、もとの手の形に戻る。
「おまえがウツロか、かっこいいじゃねえか。仲間を助けるために参上とは、いかにも泣かせるぜ」
手をさすりながらウツロを挑発する。
「おたわむれを、鬼堂総理。俺が来たからには、日和に指の一本も触れさせませんよ?」
「ひゅ~っ、イケメンだねえ。こうやってあうのははじめてだが、すでにおまえがどういう人間なのかわかってきたぜ。どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのかもな」
「このような蛮行、断じて許されるものではありません!」
「蛮行? 蛮行だあ? つけあがるなよ、毒虫が」
「う……」
久しぶりに浴びせられた「毒虫」という単語。
しかし彼は、ここで気圧されてはあいならんと、眼前の男の動きを冷静に観察した。
「おまえの親父、似嵐鏡月には世話になったぜ? 政敵である日和の親父をぶっ殺してくれてありがとうよ。聞くところによると、くたばったらしいじゃねえか。本人の代わりに礼を言うぜ?」
「ぐ……!」
ウツロは内心激怒した。
自分の都合で父を利用し、あまつさえ平然と侮辱してのける。
しかしここで行動をせっては負けだ。
すべてがこの男の思う壺になってしまう。
そう思索し、必死になって怒りを抑えた。
「てめえ、鬼堂! ウツロに謝れ! このクズ野郎が!」
うしろのほうで万城目日和が吠えた。
「ほれてんだろ、あ? この毒虫野郎によ? おまえの親父を殺した男の息子なんだぜ?」
「……」
二人は押し黙った。
あまりにも複雑な関係性である。
万城目日和は確かに憎んだ。
かつては。
そしてウツロもそれに苦しんだ。
いまでもだ。
だが違う、俺たちはわかりあったはずだ。
あの死闘をとおして、向きあったはずだ。
結果は結果だが、すべてを受けいれ、歩みよることができた。
そうだ、それこそが俺たちの、「人間論」だ。
彼らは心の中を共有でもするように、くもりかけたまなこに光を取り戻した。
「確かに、俺の親父はウツロの親父の手にかかって死んだ。それをずっと憎んできた。本人に対してだけじゃなく、息子であるウツロにも憎悪をぶつけた。その結果、みんなを傷つけちまって、いまだって後悔のしっぱなしさ。だがな鬼堂、人間ってえのは、考え方をアップグレードすることだってできるんだぜ? 苦しみも痛みも受けいれて、それに向きあうことができる。ウツロが教えてくれたんだ!」
「……」
喝破する万城目日和を、鬼堂龍門は黙して見下ろしている。
「日和の言うとおりです、総理。確かに人は互いに傷つけ、戦いあってしまう存在です。しかしどこかで、その連鎖を断ち切らなければならないのです。それはやろうとしてできるものではないのかもしれない。しかし、しかしです! 悟りなど得られないと悟りながら、なおも悟ろうとする行為。そこに悟りは宿るのではないでしょうか!? 人間とて同じこと、わかりあえないとわかりきっていても、なおもわかりあおうとすれば、あるいは――」
「ああ、もういい。わかったわかった」
「……」
決然として矜持を示す二人を、鬼堂龍門は手をかざして制した。
「そんなことは、とうにわかりきってるんだよ。人類の歴史がどれくらいの長さだか、学校の授業で習っただろ? 俺だって仮にも、一国の命運を背負うだけの男なんだぜ? 高校生のガキどもが到達できる境地にくらい、とっくの昔に到達してるっつーの」
「それでは……」
「ちげーよ、俺が言いたいことは」
何を言いたいのかわからない。
俺たちの話を理解してくれたように見えたが……
彼らは鬼堂龍門の意図をはかりかねた。
「なあ、ウツロ。おまえはずいぶんと、人間のことが好きみてえじゃねえか。人間という存在を信じている、そうだろ?」
「おそれながら、そのとおりでございます」
「じゃあ、なおさらだな。そんなの、信じるに値しねえぜ?」
「……と、申しますと?」
鬼堂龍門は深く息を吐き、背後の花壇へゆっくりと腰を下ろした。
「これから俺がする話は、実に退屈な内容だ。もしあまりにもくだらなかったら、遠慮なく言ってくれ」
「……」
ウツロと万城目日和はキョトンとした。
「ウツロ、日和、おまえらはまだ、人間の本質ってえのをわかっちゃいねえ、まるでな」
このようにしてとくとくと、総理の答弁は開始された。
「ウツロ……」
鬼堂龍門の前に立ちはだかったウツロ。
感極まった万城目日和は、その雄姿に涙をこぼした。
「ふんっ!」
「おわっと」
ハンマーをはじき返され、鬼堂龍門は後ずさりをした。
「ふん」
鈍器がスルッとしぼみ、もとの手の形に戻る。
「おまえがウツロか、かっこいいじゃねえか。仲間を助けるために参上とは、いかにも泣かせるぜ」
手をさすりながらウツロを挑発する。
「おたわむれを、鬼堂総理。俺が来たからには、日和に指の一本も触れさせませんよ?」
「ひゅ~っ、イケメンだねえ。こうやってあうのははじめてだが、すでにおまえがどういう人間なのかわかってきたぜ。どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのかもな」
「このような蛮行、断じて許されるものではありません!」
「蛮行? 蛮行だあ? つけあがるなよ、毒虫が」
「う……」
久しぶりに浴びせられた「毒虫」という単語。
しかし彼は、ここで気圧されてはあいならんと、眼前の男の動きを冷静に観察した。
「おまえの親父、似嵐鏡月には世話になったぜ? 政敵である日和の親父をぶっ殺してくれてありがとうよ。聞くところによると、くたばったらしいじゃねえか。本人の代わりに礼を言うぜ?」
「ぐ……!」
ウツロは内心激怒した。
自分の都合で父を利用し、あまつさえ平然と侮辱してのける。
しかしここで行動をせっては負けだ。
すべてがこの男の思う壺になってしまう。
そう思索し、必死になって怒りを抑えた。
「てめえ、鬼堂! ウツロに謝れ! このクズ野郎が!」
うしろのほうで万城目日和が吠えた。
「ほれてんだろ、あ? この毒虫野郎によ? おまえの親父を殺した男の息子なんだぜ?」
「……」
二人は押し黙った。
あまりにも複雑な関係性である。
万城目日和は確かに憎んだ。
かつては。
そしてウツロもそれに苦しんだ。
いまでもだ。
だが違う、俺たちはわかりあったはずだ。
あの死闘をとおして、向きあったはずだ。
結果は結果だが、すべてを受けいれ、歩みよることができた。
そうだ、それこそが俺たちの、「人間論」だ。
彼らは心の中を共有でもするように、くもりかけたまなこに光を取り戻した。
「確かに、俺の親父はウツロの親父の手にかかって死んだ。それをずっと憎んできた。本人に対してだけじゃなく、息子であるウツロにも憎悪をぶつけた。その結果、みんなを傷つけちまって、いまだって後悔のしっぱなしさ。だがな鬼堂、人間ってえのは、考え方をアップグレードすることだってできるんだぜ? 苦しみも痛みも受けいれて、それに向きあうことができる。ウツロが教えてくれたんだ!」
「……」
喝破する万城目日和を、鬼堂龍門は黙して見下ろしている。
「日和の言うとおりです、総理。確かに人は互いに傷つけ、戦いあってしまう存在です。しかしどこかで、その連鎖を断ち切らなければならないのです。それはやろうとしてできるものではないのかもしれない。しかし、しかしです! 悟りなど得られないと悟りながら、なおも悟ろうとする行為。そこに悟りは宿るのではないでしょうか!? 人間とて同じこと、わかりあえないとわかりきっていても、なおもわかりあおうとすれば、あるいは――」
「ああ、もういい。わかったわかった」
「……」
決然として矜持を示す二人を、鬼堂龍門は手をかざして制した。
「そんなことは、とうにわかりきってるんだよ。人類の歴史がどれくらいの長さだか、学校の授業で習っただろ? 俺だって仮にも、一国の命運を背負うだけの男なんだぜ? 高校生のガキどもが到達できる境地にくらい、とっくの昔に到達してるっつーの」
「それでは……」
「ちげーよ、俺が言いたいことは」
何を言いたいのかわからない。
俺たちの話を理解してくれたように見えたが……
彼らは鬼堂龍門の意図をはかりかねた。
「なあ、ウツロ。おまえはずいぶんと、人間のことが好きみてえじゃねえか。人間という存在を信じている、そうだろ?」
「おそれながら、そのとおりでございます」
「じゃあ、なおさらだな。そんなの、信じるに値しねえぜ?」
「……と、申しますと?」
鬼堂龍門は深く息を吐き、背後の花壇へゆっくりと腰を下ろした。
「これから俺がする話は、実に退屈な内容だ。もしあまりにもくだらなかったら、遠慮なく言ってくれ」
「……」
ウツロと万城目日和はキョトンとした。
「ウツロ、日和、おまえらはまだ、人間の本質ってえのをわかっちゃいねえ、まるでな」
このようにしてとくとくと、総理の答弁は開始された。
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