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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第21話 クロックタワー
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「ディオティマ、そうやって各国に根回しをして、全世界をウツロへ差し向ける気なのかしら?」
英国大使館の応接室。
ブロンドの中年女性がロングヘアをかきわけながらたずねた。
黒いドレスが静かに揺れる。
彼女はベアトリックス・センティミリオン駐日英国大使。
その正体はイギリスの秘密結社・クロックタワーの大幹部であり、ヨーロッパに古来から根づく吸血鬼一族の頭領である。
ディオティマはすました顔で紅茶をすすっている。
「ベアーテ、別に他意などないのです。わたしがやっていることは、みなさんにとり有益なことなのですよ? まあ、チーム・ウツロにとっては最悪でしょうが」
愛称を使って気をそらしつつ、魔女は横目にほほえんでみせた。
(君の考えそうなことだね、ディオティマ。おおかたドイツ大使館でも同じことを話すのだろう? ベアトリックスはディアフローネと深い因縁があることを忘れないでほしいな)
テーブルの上のモニターごしに、跳ねた金髪の青年がニコっと語りかける。
イギリスからリモートでこの談話に参加している若い貴族、スティングレイ卿エドワード・バークハイアット。
やはりくだんの組織・クロックタワーの最高幹部である通称・クロックナイツのリーダー格だ。
そのとなりには彼の姪・アリスが控えている。
彼女はひょいひょいと飛び跳ね、がんばって画面へ移ろうとしていた。
(バニーハートくん! ウサギはアリスの言うことをきくものよ! ほら、ニンジンをかじってごらんなさい!)
「ぎひい……」
バニーハートはこの少女にうんざりしている。
「ほほほ、バニーハートくん。ご主人さまがこれではさぞ疲れるでしょう? こちらの組織へいらっしゃいな。アリスと仲よくなれるわよ?」
「ぎひ、ディオティマさまへの侮辱は、許さない……!」
「たいした忠誠心だこと。イギリス人のわたしたちも真っ青だわ」
ベアトリックスとバニーハートはきなくさいやり取りをした。
「ふふ、よく言いました、バニーハート。この子はねベアーテ、戦争孤児としてさまよっていたところをわたしがスカウトし、このように無敵の戦闘員として教育を施したのです」
「ぎひっ!」
ウサギ少年はうれしそうに体を揺らした。
「よりにもよってディオティマ、あなたに目をつけられるとはね。拾いあげる者が違っていたのなら、あるいは君の人生も別なものになったかもしれないのに」
「ぎひ、また悪口! やっつけてやる!」
バニーハートは目を光らせた。
(おすわり!)
「ぎひっ!?」
体が自分の意思とは無関係に動き出す。
地面に這いつくばり、ひれ伏しているようなかっこうだ。
「ふむ。アルトラ、ホーリー・オーダー。アリスは指名した対象を、その意志とは関係なく支配することができる。命令するようにね」
ディオティマはのん気な口調で解説した。
「ぎひ、ぎひ……」
(おほほ! いいかっこうね、ウサギちゃん! さあ、ニンジンをお食べ!)
身動きの取れないバニーハートを、アリスは屈辱を与えるようにののしった。
「ふふ、ディオティマ、あなたがこんなふうになるところだけは、見たくはないわねえ」
「……」
ベアトリックスは鋭い視線を魔女に送った。
その眼光は血に飢えた吸血鬼のそれである。
(アリス、おやめ。大切な客人に失礼じゃないか。ほら、能力を解除なさい)
(おじさま、お断りしますわ。アリスはバニーハートくんをペットにするのよ)
(ふう、しかたがない。アルトラ、オッフェルトリウム)
(あ)
バニーハートの体が自由を取り戻す。
「ぎひ、動ける……」
何が起こったのかわからず、頭の中がこんがらがった。
「ふっ、相対時間を支配する能力。敵に回したくはないですねえ」
ディオティマはまた紅茶をすすった。
「あなた次第じゃない、ディオティマ? おそれおおくもクロックタワーを利用するような真似、ことによっては容赦しないわよ?」
ベアトリックスは険しい顔をしたが、魔女はといえば余裕の表情だ。
「その少年、ウツロが、あなたたちの脅威になると知ってもですか?」
「どういう意味?」
「わたしに言わせれば、ウツロが成長する速度はまさに異常。総合的なスキルから見てもね。そう遠くなく、あなたたち、いえ、世界中の同胞にとって、非常に危険な存在となりえるでしょう」
「……」
ベアトリックスとエドワードは考えた。
これもディオティマの狡猾な罠に違いない。
しかし、しかしだ。
確かに気になる、そのウツロという少年のことが。
ここは穏便に済ますのがよいだろう。
そう思索した。
「なるほど、わかりました。われわれもウツロのことを見張ることにしましょう。内容が内容だけに、看過はできないわ。それでいいかしら、エドワード?」
(ああ、そうだねベアトリックス。とりあえず今回は、客人を平穏無事に帰してさしあげようか。ただしだ、ディオティマ。われわれはあくまで、利害のみで結びついているということを、ゆめゆめ忘れないようにね?)
二人はこのように話をつけた。
「よかったですよ、命拾いできて。帰り道には注意しなければ」
「アメリカの後ろ盾がなければ、あなたなんてすぐにでも始末するんだけれどね」
「ほほ、そうですか」
このようにして、ディオティマとバニーハートは大使館を去っていった。
「エドワード、あの女、何を考えていると思って?」
(さあね、年寄りの頭の中をおしはかるのは骨が折れるよ。少なくともベアトリックス、われわれもじゅうぶんに気をつけなければならないということだろうね)
「どうせあの足で、ディアフローネのところへ行くに違いないんだわ。ひょっとして、わたしたちを共倒れさせたいんじゃない?」
(そうかもしれない。龍影会も含めて、グリモアとて決して一枚岩ではないからね)
「シルヴィオ・マクガイナー大総統に言上してみては?」
(それにはまず、ローレンスに嘆願しないとね。はあ、めんどうだなあ)
「まさかカサンドラの予言のとおり、本当に起きるというのかしら? 第四次アルトラ戦争が」
(やめておくれ、めまいがする。できれば考えたくはないのだから)
「エドワード、あなたはクロックタワーのナンバー2なのよ? しっかりしてもらわないと困るわ」
(疲れるなあ)
会話にあきたアリスはいつの間にか退室していて、残された二人はもうしばらく話し合っていた。
迫りくる恐るべき事態に、ウツロをはじめとして、まだ何者も気がついてはいなかったのだ。
ただひとり、あの魔女をのぞいては。
英国大使館の応接室。
ブロンドの中年女性がロングヘアをかきわけながらたずねた。
黒いドレスが静かに揺れる。
彼女はベアトリックス・センティミリオン駐日英国大使。
その正体はイギリスの秘密結社・クロックタワーの大幹部であり、ヨーロッパに古来から根づく吸血鬼一族の頭領である。
ディオティマはすました顔で紅茶をすすっている。
「ベアーテ、別に他意などないのです。わたしがやっていることは、みなさんにとり有益なことなのですよ? まあ、チーム・ウツロにとっては最悪でしょうが」
愛称を使って気をそらしつつ、魔女は横目にほほえんでみせた。
(君の考えそうなことだね、ディオティマ。おおかたドイツ大使館でも同じことを話すのだろう? ベアトリックスはディアフローネと深い因縁があることを忘れないでほしいな)
テーブルの上のモニターごしに、跳ねた金髪の青年がニコっと語りかける。
イギリスからリモートでこの談話に参加している若い貴族、スティングレイ卿エドワード・バークハイアット。
やはりくだんの組織・クロックタワーの最高幹部である通称・クロックナイツのリーダー格だ。
そのとなりには彼の姪・アリスが控えている。
彼女はひょいひょいと飛び跳ね、がんばって画面へ移ろうとしていた。
(バニーハートくん! ウサギはアリスの言うことをきくものよ! ほら、ニンジンをかじってごらんなさい!)
「ぎひい……」
バニーハートはこの少女にうんざりしている。
「ほほほ、バニーハートくん。ご主人さまがこれではさぞ疲れるでしょう? こちらの組織へいらっしゃいな。アリスと仲よくなれるわよ?」
「ぎひ、ディオティマさまへの侮辱は、許さない……!」
「たいした忠誠心だこと。イギリス人のわたしたちも真っ青だわ」
ベアトリックスとバニーハートはきなくさいやり取りをした。
「ふふ、よく言いました、バニーハート。この子はねベアーテ、戦争孤児としてさまよっていたところをわたしがスカウトし、このように無敵の戦闘員として教育を施したのです」
「ぎひっ!」
ウサギ少年はうれしそうに体を揺らした。
「よりにもよってディオティマ、あなたに目をつけられるとはね。拾いあげる者が違っていたのなら、あるいは君の人生も別なものになったかもしれないのに」
「ぎひ、また悪口! やっつけてやる!」
バニーハートは目を光らせた。
(おすわり!)
「ぎひっ!?」
体が自分の意思とは無関係に動き出す。
地面に這いつくばり、ひれ伏しているようなかっこうだ。
「ふむ。アルトラ、ホーリー・オーダー。アリスは指名した対象を、その意志とは関係なく支配することができる。命令するようにね」
ディオティマはのん気な口調で解説した。
「ぎひ、ぎひ……」
(おほほ! いいかっこうね、ウサギちゃん! さあ、ニンジンをお食べ!)
身動きの取れないバニーハートを、アリスは屈辱を与えるようにののしった。
「ふふ、ディオティマ、あなたがこんなふうになるところだけは、見たくはないわねえ」
「……」
ベアトリックスは鋭い視線を魔女に送った。
その眼光は血に飢えた吸血鬼のそれである。
(アリス、おやめ。大切な客人に失礼じゃないか。ほら、能力を解除なさい)
(おじさま、お断りしますわ。アリスはバニーハートくんをペットにするのよ)
(ふう、しかたがない。アルトラ、オッフェルトリウム)
(あ)
バニーハートの体が自由を取り戻す。
「ぎひ、動ける……」
何が起こったのかわからず、頭の中がこんがらがった。
「ふっ、相対時間を支配する能力。敵に回したくはないですねえ」
ディオティマはまた紅茶をすすった。
「あなた次第じゃない、ディオティマ? おそれおおくもクロックタワーを利用するような真似、ことによっては容赦しないわよ?」
ベアトリックスは険しい顔をしたが、魔女はといえば余裕の表情だ。
「その少年、ウツロが、あなたたちの脅威になると知ってもですか?」
「どういう意味?」
「わたしに言わせれば、ウツロが成長する速度はまさに異常。総合的なスキルから見てもね。そう遠くなく、あなたたち、いえ、世界中の同胞にとって、非常に危険な存在となりえるでしょう」
「……」
ベアトリックスとエドワードは考えた。
これもディオティマの狡猾な罠に違いない。
しかし、しかしだ。
確かに気になる、そのウツロという少年のことが。
ここは穏便に済ますのがよいだろう。
そう思索した。
「なるほど、わかりました。われわれもウツロのことを見張ることにしましょう。内容が内容だけに、看過はできないわ。それでいいかしら、エドワード?」
(ああ、そうだねベアトリックス。とりあえず今回は、客人を平穏無事に帰してさしあげようか。ただしだ、ディオティマ。われわれはあくまで、利害のみで結びついているということを、ゆめゆめ忘れないようにね?)
二人はこのように話をつけた。
「よかったですよ、命拾いできて。帰り道には注意しなければ」
「アメリカの後ろ盾がなければ、あなたなんてすぐにでも始末するんだけれどね」
「ほほ、そうですか」
このようにして、ディオティマとバニーハートは大使館を去っていった。
「エドワード、あの女、何を考えていると思って?」
(さあね、年寄りの頭の中をおしはかるのは骨が折れるよ。少なくともベアトリックス、われわれもじゅうぶんに気をつけなければならないということだろうね)
「どうせあの足で、ディアフローネのところへ行くに違いないんだわ。ひょっとして、わたしたちを共倒れさせたいんじゃない?」
(そうかもしれない。龍影会も含めて、グリモアとて決して一枚岩ではないからね)
「シルヴィオ・マクガイナー大総統に言上してみては?」
(それにはまず、ローレンスに嘆願しないとね。はあ、めんどうだなあ)
「まさかカサンドラの予言のとおり、本当に起きるというのかしら? 第四次アルトラ戦争が」
(やめておくれ、めまいがする。できれば考えたくはないのだから)
「エドワード、あなたはクロックタワーのナンバー2なのよ? しっかりしてもらわないと困るわ」
(疲れるなあ)
会話にあきたアリスはいつの間にか退室していて、残された二人はもうしばらく話し合っていた。
迫りくる恐るべき事態に、ウツロをはじめとして、まだ何者も気がついてはいなかったのだ。
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