桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
178 / 235
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第16話 空が青い理由

しおりを挟む
 自販機で飲み物を購入したウツロと姫神壱騎ひめがみ いっきは、公園のベンチに並んで座り、少し落ち着くことにした。

 二人ともブラックコーヒーの缶を開け、一口すすった。

 ウツロは気をつかって、姫神壱騎が口を開くまで待つことにした。

「ウツロはさ、どうしてそんなに強いの?」

「……」

 いつの間にか呼び捨てに変わったのは、それだけ信頼を置くようになってきた証左であった。

「強い、強いですか……姫神さんには、俺が強いように見えるんですか?」

「遠慮するなって、壱騎でいいよ」

「では壱騎さん、どうして俺を強いと?」

 姫神壱騎はコーヒーの缶を見つめている。

「見そこなわいでほしいな、いっしょにいればわかるよ。君がどれだけの苦難・苦痛と向き合ってきたかを」

「ん……」

 ウツロは懐古した、自分の人生を。

 兄・アクタのこと、そして父・似嵐鏡月にがらし きょうげつのこと。

 向き合う、向き合うか。

 確かにそうなのかもしれない。

 俺は毒虫だ、矮小な存在だ。

 強い?

 そんな俺が、強いだって?

 それが言えるのは、いや、そんなことを考えることができるのは、壱騎さんもやはり、知っているからなのだろう。

「壱騎さん」

「ん?」

「あなたとの立ち合いをとおして、いや、これまでのやり取りを通じて、わかったことがあります」

「それは?」

「あなたは剣術の技量だけではない、それを持つことの重さ、そして確かな覚悟をお持ちのお方だ」

「よしてよ、ほめたってなんにも出せないよ?」

「それを支えているのはほかでもない、姫神壱騎というひとりの人間、それに尽きるのではないかと思います」

「ウツロ……」

「宝は器だけでは成り立たず、中身だけでもしかりではないでしょうか。あなたは俺を強いとおっしゃった。苦難・苦痛に向き合っているとおっしゃった。そこまで見つめることができるあなたこそ、強さの意味を真に理解していらっしゃり、実際に強い存在なのだと思います」

「……」

 ウツロの目には例により、くもりなど一切ない。

 ともすればおかたい説教にも取られそうなことを平然と言ってのけ、しかも大真面目に語っている。

 それは何よりも、目の前の傷ついた戦士のため。

 真剣に向き合えばこその行動であった。

「ふっ」

 姫神壱騎は顔を緩めた。

 打ち負かされた気がする、しかし不快なものには感じない。

 むしろ気が晴れてくる。

 なんだろう、この感覚は?

 視線を上げてみる。

「空ってさ」

「?」

「こんなに、青かったんだね」

「壱騎さん……」

 涙が止まらない。

 なんだこれは?

 人間。

 そうだ、きっとこれが、「人間」ということなのだろう。

「ストイックなんだね、ウツロ」

 気恥ずかしくなって、姫神壱騎は袖で目もとをぬぐった。

 信用が完全に信頼へと変わる。

「強さとはおのれの弱さを認め、それと必死に向き合うということ。父さんがよく言ってたよ」

「……」

「強くなれるのかなんてわからない。でも、それでも向き合いつづけることがすなわち、強さだってね」

 似ている、俺の「人間論」と。

 その本質が。

 這いつづけることに意味がある、そうだった。

 兄さん、父さん、空はこんなにも、青いですよ。

「そうやってほかのメンバーも懐柔したの?」

「そんな、懐柔だなんて……」

「やだな、冗談だよ。わかるでしょ? この毒虫野郎」

「ふっ」

 笑いあう。

 気持ちがいい、こんなのは久しぶりだ。

 互いに救いあったことを、二人とも理解していた。

「ねえ、ウツロ」

「はい」

「空が青い理由、それがこれなんだね」

「詩人ですね、壱騎さん」

「バカにすんな、毒虫野郎」

 再び破顔する。

 パッパラパーか。

 また救われたよ、アクタ。

「そろそろ行こうか。きっとみんな心配してるよ?」

「龍子に手を出したらただではおきませんからね?」

「う~ん、君次第かな?」

「ちゃらちゃらしているピンキー野郎には負けませんよ?」

「なにそれ、昭和のオヤジ?」

「言ってなさい」

 こんなふうにして、彼らは公園を通り抜けていった。

 青く光り輝いているのは、大空だけではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...