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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第16話 空が青い理由
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自販機で飲み物を購入したウツロと姫神壱騎は、公園のベンチに並んで座り、少し落ち着くことにした。
二人ともブラックコーヒーの缶を開け、一口すすった。
ウツロは気をつかって、姫神壱騎が口を開くまで待つことにした。
「ウツロはさ、どうしてそんなに強いの?」
「……」
いつの間にか呼び捨てに変わったのは、それだけ信頼を置くようになってきた証左であった。
「強い、強いですか……姫神さんには、俺が強いように見えるんですか?」
「遠慮するなって、壱騎でいいよ」
「では壱騎さん、どうして俺を強いと?」
姫神壱騎はコーヒーの缶を見つめている。
「見そこなわいでほしいな、いっしょにいればわかるよ。君がどれだけの苦難・苦痛と向き合ってきたかを」
「ん……」
ウツロは懐古した、自分の人生を。
兄・アクタのこと、そして父・似嵐鏡月のこと。
向き合う、向き合うか。
確かにそうなのかもしれない。
俺は毒虫だ、矮小な存在だ。
強い?
そんな俺が、強いだって?
それが言えるのは、いや、そんなことを考えることができるのは、壱騎さんもやはり、知っているからなのだろう。
「壱騎さん」
「ん?」
「あなたとの立ち合いをとおして、いや、これまでのやり取りを通じて、わかったことがあります」
「それは?」
「あなたは剣術の技量だけではない、それを持つことの重さ、そして確かな覚悟をお持ちのお方だ」
「よしてよ、ほめたってなんにも出せないよ?」
「それを支えているのはほかでもない、姫神壱騎というひとりの人間、それに尽きるのではないかと思います」
「ウツロ……」
「宝は器だけでは成り立たず、中身だけでもしかりではないでしょうか。あなたは俺を強いとおっしゃった。苦難・苦痛に向き合っているとおっしゃった。そこまで見つめることができるあなたこそ、強さの意味を真に理解していらっしゃり、実際に強い存在なのだと思います」
「……」
ウツロの目には例により、くもりなど一切ない。
ともすればおかたい説教にも取られそうなことを平然と言ってのけ、しかも大真面目に語っている。
それは何よりも、目の前の傷ついた戦士のため。
真剣に向き合えばこその行動であった。
「ふっ」
姫神壱騎は顔を緩めた。
打ち負かされた気がする、しかし不快なものには感じない。
むしろ気が晴れてくる。
なんだろう、この感覚は?
視線を上げてみる。
「空ってさ」
「?」
「こんなに、青かったんだね」
「壱騎さん……」
涙が止まらない。
なんだこれは?
人間。
そうだ、きっとこれが、「人間」ということなのだろう。
「ストイックなんだね、ウツロ」
気恥ずかしくなって、姫神壱騎は袖で目もとをぬぐった。
信用が完全に信頼へと変わる。
「強さとはおのれの弱さを認め、それと必死に向き合うということ。父さんがよく言ってたよ」
「……」
「強くなれるのかなんてわからない。でも、それでも向き合いつづけることがすなわち、強さだってね」
似ている、俺の「人間論」と。
その本質が。
這いつづけることに意味がある、そうだった。
兄さん、父さん、空はこんなにも、青いですよ。
「そうやってほかのメンバーも懐柔したの?」
「そんな、懐柔だなんて……」
「やだな、冗談だよ。わかるでしょ? この毒虫野郎」
「ふっ」
笑いあう。
気持ちがいい、こんなのは久しぶりだ。
互いに救いあったことを、二人とも理解していた。
「ねえ、ウツロ」
「はい」
「空が青い理由、それがこれなんだね」
「詩人ですね、壱騎さん」
「バカにすんな、毒虫野郎」
再び破顔する。
パッパラパーか。
また救われたよ、アクタ。
「そろそろ行こうか。きっとみんな心配してるよ?」
「龍子に手を出したらただではおきませんからね?」
「う~ん、君次第かな?」
「ちゃらちゃらしているピンキー野郎には負けませんよ?」
「なにそれ、昭和のオヤジ?」
「言ってなさい」
こんなふうにして、彼らは公園を通り抜けていった。
青く光り輝いているのは、大空だけではなかった。
二人ともブラックコーヒーの缶を開け、一口すすった。
ウツロは気をつかって、姫神壱騎が口を開くまで待つことにした。
「ウツロはさ、どうしてそんなに強いの?」
「……」
いつの間にか呼び捨てに変わったのは、それだけ信頼を置くようになってきた証左であった。
「強い、強いですか……姫神さんには、俺が強いように見えるんですか?」
「遠慮するなって、壱騎でいいよ」
「では壱騎さん、どうして俺を強いと?」
姫神壱騎はコーヒーの缶を見つめている。
「見そこなわいでほしいな、いっしょにいればわかるよ。君がどれだけの苦難・苦痛と向き合ってきたかを」
「ん……」
ウツロは懐古した、自分の人生を。
兄・アクタのこと、そして父・似嵐鏡月のこと。
向き合う、向き合うか。
確かにそうなのかもしれない。
俺は毒虫だ、矮小な存在だ。
強い?
そんな俺が、強いだって?
それが言えるのは、いや、そんなことを考えることができるのは、壱騎さんもやはり、知っているからなのだろう。
「壱騎さん」
「ん?」
「あなたとの立ち合いをとおして、いや、これまでのやり取りを通じて、わかったことがあります」
「それは?」
「あなたは剣術の技量だけではない、それを持つことの重さ、そして確かな覚悟をお持ちのお方だ」
「よしてよ、ほめたってなんにも出せないよ?」
「それを支えているのはほかでもない、姫神壱騎というひとりの人間、それに尽きるのではないかと思います」
「ウツロ……」
「宝は器だけでは成り立たず、中身だけでもしかりではないでしょうか。あなたは俺を強いとおっしゃった。苦難・苦痛に向き合っているとおっしゃった。そこまで見つめることができるあなたこそ、強さの意味を真に理解していらっしゃり、実際に強い存在なのだと思います」
「……」
ウツロの目には例により、くもりなど一切ない。
ともすればおかたい説教にも取られそうなことを平然と言ってのけ、しかも大真面目に語っている。
それは何よりも、目の前の傷ついた戦士のため。
真剣に向き合えばこその行動であった。
「ふっ」
姫神壱騎は顔を緩めた。
打ち負かされた気がする、しかし不快なものには感じない。
むしろ気が晴れてくる。
なんだろう、この感覚は?
視線を上げてみる。
「空ってさ」
「?」
「こんなに、青かったんだね」
「壱騎さん……」
涙が止まらない。
なんだこれは?
人間。
そうだ、きっとこれが、「人間」ということなのだろう。
「ストイックなんだね、ウツロ」
気恥ずかしくなって、姫神壱騎は袖で目もとをぬぐった。
信用が完全に信頼へと変わる。
「強さとはおのれの弱さを認め、それと必死に向き合うということ。父さんがよく言ってたよ」
「……」
「強くなれるのかなんてわからない。でも、それでも向き合いつづけることがすなわち、強さだってね」
似ている、俺の「人間論」と。
その本質が。
這いつづけることに意味がある、そうだった。
兄さん、父さん、空はこんなにも、青いですよ。
「そうやってほかのメンバーも懐柔したの?」
「そんな、懐柔だなんて……」
「やだな、冗談だよ。わかるでしょ? この毒虫野郎」
「ふっ」
笑いあう。
気持ちがいい、こんなのは久しぶりだ。
互いに救いあったことを、二人とも理解していた。
「ねえ、ウツロ」
「はい」
「空が青い理由、それがこれなんだね」
「詩人ですね、壱騎さん」
「バカにすんな、毒虫野郎」
再び破顔する。
パッパラパーか。
また救われたよ、アクタ。
「そろそろ行こうか。きっとみんな心配してるよ?」
「龍子に手を出したらただではおきませんからね?」
「う~ん、君次第かな?」
「ちゃらちゃらしているピンキー野郎には負けませんよ?」
「なにそれ、昭和のオヤジ?」
「言ってなさい」
こんなふうにして、彼らは公園を通り抜けていった。
青く光り輝いているのは、大空だけではなかった。
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