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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第13話 御前試合
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「森花炉之介、父の仇……!」
「姫神さん――!」
とびかかろうとした姫神壱騎を察し、ウツロは手首をつかんでその動きを制した。
「なんでえ、また知り合いか?」
真田夫婦はキョトンとしている。
「ここではご迷惑になります。場所を変えて話したほうがよいでしょう」
森花炉之介はそう提案した。
*
「ここなら人気はない」
森花炉之介を先導にして、姫神壱騎とウツロは近くの森林公園の奥へと移動した。
真田姉弟には食堂で待機しているよう促しておいた。
「さて、姫神さん、お久しぶり――」
言い終えないうちに、盲目の中年男性の顔面に鉄拳がぶち込まれた。
「がはっ……」
森花炉之介は杖を落として地面へ転がった。
「なぜよけない?」
姫神壱騎は怒りの表情で彼を見下ろしている。
ウツロはもう少し状況を見守ることにした。
「よける意味がないからですよ。わたしはそれだけのことをした。みずからの欲に負け、あなたの父君を手にかけてしまったのです」
「で?」
「このとおりです、姫神さん」
「……」
森花炉之介は地面に両手をつき、深々と頭を下げた。
「狡猾ですね、森さん。どうせ腹の中でせせら笑っているのでしょう?」
「そう思われてもしかたがありません。そして、許してくれなどとは申し上げません。どうかこの場で、このわたしを手打ちにしてください」
「殊勝な心がけですね」
姫神壱騎は剣を抜いた。
こんなこともあろうかと、木刀に擬態させた真剣を包みに入れて所持していたのだ。
「姫神さん、なりません!」
ウツロはたまらず静止を試みる。
「なに、ウツロ? 止める気なの?」
「いまは戦国の世ではない。そんなことをすればどうなるか、わからないはずがないでしょう?」
「だから? こいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃなんだ。わざわざ打たれてくれるって言ってるのに、黙ってろっていうの?」
魔道に落ちかけている。
ウツロの脳裏にはかつての自分や父・似嵐鏡月、あるいはかつての万城目日和のことがよぎった。
「なりません、なりません……!」
「さあ、姫神さん、お早く」
ウツロは焦ったが、止められそうな雰囲気ではない。
森花炉之介は平にひざをついている。
「森花炉之介、覚悟……!」
姫神壱騎は垂直にかまえた刀をそのまま振り下ろした。
ウツロを思わず目を背けてしまった。
「……」
止まっていた、頭のすぐ上で。
少年剣士の体は震えている。
「ウツロ、俺が魔道に落ちている。そう思ったでしょ?」
「姫神さん……」
「こいつを殺したって、父さんは帰ってこないんだ……!」
唇をかみしめ、涙を流している。
その色はいまにも、血の色に変わりそうだ。
「よろしいのですか、それで?」
森花炉之介は顔を上げた。
彼には目視不可能だが、圧倒的な熱量が上方から伝わってくる。
「御前試合」
「?」
「一週間後、朽木市斑曲輪区人首山、そこで御前試合をとりおこないたく思います」
「と、申しますと?」
「京都からはるばる、父・姫神龍聖の盟友である剣神・三千院静香さまがお見えになります。そこで決着をつけさせていただきたい」
「……」
姫神壱騎はこのように申し立てた。
森花炉之介はあごに手を当てる。
「なるほど、天下の静香さまであれば、見届け人としての資格はじゅうぶんすぎる。了解いたしました、姫神さん。この森花炉之介、必ずや馳せ参じるとお誓いしましょう」
彼は杖を探って手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
「しかし姫神さん、静香さまほどの方の御前での試合ともなれば、わたしもやすやすと切り捨てられるわけにもいきませんが?」
「もとよりそれが望みです。古臭いと思われるかもしれませんが、俺には俺の信念がある」
「確かに、クラシックですね。しかし、いまの時代においては見上げたもののふの精神。畏敬の念を禁じえません」
「では、当日。時刻は正午にて」
「かしこまってございます」
このように時代劇のようなやり取りが交わされた。
ウツロは神妙な面持ちをしている。
「姫神さん……」
「ウツロ、とりあえず、行こう……」
戦士はあいかわらず震えていた。
怒り、悲しみ、それだけではない。
さまざまな感情がジャムのようにごちゃ混ぜになっている。
それを察したウツロは、いまはそっとしておくのがよいと判断した。
うしろのほうで森花炉之介が、深く頭を下げている。
生まれる時代を間違えたような三名。
仇討ちのときは、一週間後に迫った。
いっぽうことの一部始終を、森の陰にひそんだ数匹の「妖精」たちがながめていた――
「姫神さん――!」
とびかかろうとした姫神壱騎を察し、ウツロは手首をつかんでその動きを制した。
「なんでえ、また知り合いか?」
真田夫婦はキョトンとしている。
「ここではご迷惑になります。場所を変えて話したほうがよいでしょう」
森花炉之介はそう提案した。
*
「ここなら人気はない」
森花炉之介を先導にして、姫神壱騎とウツロは近くの森林公園の奥へと移動した。
真田姉弟には食堂で待機しているよう促しておいた。
「さて、姫神さん、お久しぶり――」
言い終えないうちに、盲目の中年男性の顔面に鉄拳がぶち込まれた。
「がはっ……」
森花炉之介は杖を落として地面へ転がった。
「なぜよけない?」
姫神壱騎は怒りの表情で彼を見下ろしている。
ウツロはもう少し状況を見守ることにした。
「よける意味がないからですよ。わたしはそれだけのことをした。みずからの欲に負け、あなたの父君を手にかけてしまったのです」
「で?」
「このとおりです、姫神さん」
「……」
森花炉之介は地面に両手をつき、深々と頭を下げた。
「狡猾ですね、森さん。どうせ腹の中でせせら笑っているのでしょう?」
「そう思われてもしかたがありません。そして、許してくれなどとは申し上げません。どうかこの場で、このわたしを手打ちにしてください」
「殊勝な心がけですね」
姫神壱騎は剣を抜いた。
こんなこともあろうかと、木刀に擬態させた真剣を包みに入れて所持していたのだ。
「姫神さん、なりません!」
ウツロはたまらず静止を試みる。
「なに、ウツロ? 止める気なの?」
「いまは戦国の世ではない。そんなことをすればどうなるか、わからないはずがないでしょう?」
「だから? こいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃなんだ。わざわざ打たれてくれるって言ってるのに、黙ってろっていうの?」
魔道に落ちかけている。
ウツロの脳裏にはかつての自分や父・似嵐鏡月、あるいはかつての万城目日和のことがよぎった。
「なりません、なりません……!」
「さあ、姫神さん、お早く」
ウツロは焦ったが、止められそうな雰囲気ではない。
森花炉之介は平にひざをついている。
「森花炉之介、覚悟……!」
姫神壱騎は垂直にかまえた刀をそのまま振り下ろした。
ウツロを思わず目を背けてしまった。
「……」
止まっていた、頭のすぐ上で。
少年剣士の体は震えている。
「ウツロ、俺が魔道に落ちている。そう思ったでしょ?」
「姫神さん……」
「こいつを殺したって、父さんは帰ってこないんだ……!」
唇をかみしめ、涙を流している。
その色はいまにも、血の色に変わりそうだ。
「よろしいのですか、それで?」
森花炉之介は顔を上げた。
彼には目視不可能だが、圧倒的な熱量が上方から伝わってくる。
「御前試合」
「?」
「一週間後、朽木市斑曲輪区人首山、そこで御前試合をとりおこないたく思います」
「と、申しますと?」
「京都からはるばる、父・姫神龍聖の盟友である剣神・三千院静香さまがお見えになります。そこで決着をつけさせていただきたい」
「……」
姫神壱騎はこのように申し立てた。
森花炉之介はあごに手を当てる。
「なるほど、天下の静香さまであれば、見届け人としての資格はじゅうぶんすぎる。了解いたしました、姫神さん。この森花炉之介、必ずや馳せ参じるとお誓いしましょう」
彼は杖を探って手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
「しかし姫神さん、静香さまほどの方の御前での試合ともなれば、わたしもやすやすと切り捨てられるわけにもいきませんが?」
「もとよりそれが望みです。古臭いと思われるかもしれませんが、俺には俺の信念がある」
「確かに、クラシックですね。しかし、いまの時代においては見上げたもののふの精神。畏敬の念を禁じえません」
「では、当日。時刻は正午にて」
「かしこまってございます」
このように時代劇のようなやり取りが交わされた。
ウツロは神妙な面持ちをしている。
「姫神さん……」
「ウツロ、とりあえず、行こう……」
戦士はあいかわらず震えていた。
怒り、悲しみ、それだけではない。
さまざまな感情がジャムのようにごちゃ混ぜになっている。
それを察したウツロは、いまはそっとしておくのがよいと判断した。
うしろのほうで森花炉之介が、深く頭を下げている。
生まれる時代を間違えたような三名。
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