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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第4話 森花炉之介
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昼下がりの摩天楼の足もとを、ひとりの中年男性が歩いていた。
藍色の着流しに茶色の羽織り姿で、細長い杖をついている。
灰色がかった髪の毛は歩みに合わせてひらひらと揺れていた。
「はあ、今日は暑いですねぇ」
浅黒い肌に汗がにじむ。
アスファルトを杖で弾きながら、しかし確かに進んでいく。
瞳孔は動かず、錆びたパイプの断面のような輪郭をしていた。
「鏡月、後生ですよ? 君のご子息を手にかけなければならないかもしれません」
男は着物の襟を少し崩した。
彼の名は森花炉之介、先天性の全盲ながら居合の手練れである殺し屋である。
ウツロの父・似嵐鏡月とはかつて、「雪月花」というトリオでフリーランスの傭兵をやっていた。
もうひとりは君島雪人という体術家で、現在はテロリストとして国際指名手配を受けている。
「まだ信じられませんよ、君がもうこの世にはいないなんてね」
ときおりひとりごとを唱えながら、森は歩みを進めた。
かねてから暗殺の仕事を斡旋している組織・龍影会の総帥・刀隠影司に謁見するため。
そもそも彼を育て、剣術の手ほどきを指南するよう仕向けたのは、組織の先々代総帥・刀隠影光である。
実際の指導は似嵐鏡月の父・似嵐暗月が行った。
「ああ、暗月さま、あなたさまにも合わす顔がございません……」
こんなふうにてくてくと歩いていると、うしろから忍び足で近づく者がある。
パーカーにジーンズ、ひどくくたびれている。
この世が面白くなくて仕方がないというタイプの中年男である。
彼はそっと森の横まで近づくと、追い抜きざまに杖に足を引っかけた。
「いづっ――!」
しかし次の瞬間、むこうずねをその先端で鋭く打ちすえられる。
「おや、どなたかそこに、いらっしゃるのですか?」
知らぬ顔で語りかける森に、大きく拳を振りあげた。
「ひっ……」
なくなっていた、二の腕から先が。
血は出ない。
傷口はからからに干からび、どんどん砂のように崩れていく。
「アルトラ、エンジェル・ダスト……」
アスファルトの地面から塵が舞いあがり、たちどころに下手人を包みこんだ。
「う、あ……」
男の体はミイラのようになり、そして土へと返っていく。
土から砂へ、砂から塵へ。
そして風に乗り、それはどこかへと消えていった。
「あの魔女が来日しているらしい。ディオティマめ、いったい何をたくらんでいるのやら」
森は杖を持ち直し、再び歩きはじめた。
春の暑い昼下がり、なんでもないような街の光景。
そこからひとつの存在が消え去ったことに、行きかう人々の誰も気がつくよしもなかった。
藍色の着流しに茶色の羽織り姿で、細長い杖をついている。
灰色がかった髪の毛は歩みに合わせてひらひらと揺れていた。
「はあ、今日は暑いですねぇ」
浅黒い肌に汗がにじむ。
アスファルトを杖で弾きながら、しかし確かに進んでいく。
瞳孔は動かず、錆びたパイプの断面のような輪郭をしていた。
「鏡月、後生ですよ? 君のご子息を手にかけなければならないかもしれません」
男は着物の襟を少し崩した。
彼の名は森花炉之介、先天性の全盲ながら居合の手練れである殺し屋である。
ウツロの父・似嵐鏡月とはかつて、「雪月花」というトリオでフリーランスの傭兵をやっていた。
もうひとりは君島雪人という体術家で、現在はテロリストとして国際指名手配を受けている。
「まだ信じられませんよ、君がもうこの世にはいないなんてね」
ときおりひとりごとを唱えながら、森は歩みを進めた。
かねてから暗殺の仕事を斡旋している組織・龍影会の総帥・刀隠影司に謁見するため。
そもそも彼を育て、剣術の手ほどきを指南するよう仕向けたのは、組織の先々代総帥・刀隠影光である。
実際の指導は似嵐鏡月の父・似嵐暗月が行った。
「ああ、暗月さま、あなたさまにも合わす顔がございません……」
こんなふうにてくてくと歩いていると、うしろから忍び足で近づく者がある。
パーカーにジーンズ、ひどくくたびれている。
この世が面白くなくて仕方がないというタイプの中年男である。
彼はそっと森の横まで近づくと、追い抜きざまに杖に足を引っかけた。
「いづっ――!」
しかし次の瞬間、むこうずねをその先端で鋭く打ちすえられる。
「おや、どなたかそこに、いらっしゃるのですか?」
知らぬ顔で語りかける森に、大きく拳を振りあげた。
「ひっ……」
なくなっていた、二の腕から先が。
血は出ない。
傷口はからからに干からび、どんどん砂のように崩れていく。
「アルトラ、エンジェル・ダスト……」
アスファルトの地面から塵が舞いあがり、たちどころに下手人を包みこんだ。
「う、あ……」
男の体はミイラのようになり、そして土へと返っていく。
土から砂へ、砂から塵へ。
そして風に乗り、それはどこかへと消えていった。
「あの魔女が来日しているらしい。ディオティマめ、いったい何をたくらんでいるのやら」
森は杖を持ち直し、再び歩きはじめた。
春の暑い昼下がり、なんでもないような街の光景。
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