150 / 235
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第68話 甍田美吉良
しおりを挟む
「美吉良あああああっ……!」
星川皐月の顔面がマグマのようにゆがんだ。
出現した中年女性、それは内閣防衛大臣・甍田美吉良だった。
秘密結社・龍影会の大幹部・兵部卿を務め、星川皐月とは幼なじみの関係にあり、同時に不俱戴天のライバル同士でもあった。
「皐月、これ以上の無駄な行動は、慎んでおいたほうが身のためよ? 現実として組織の法、ならびに戒律に触れる可能性があり、それ以前に、閣下の逆鱗に触れることだってありえる。さあ、おとなしく武装を解除するのよ」
甍田美吉良は淡々と、しかしナイフのような視線を送っている。
「ふん、せっかくいいところだったのに、邪魔なんかしちゃってさ。それに言わせておけば美吉良、役職上の立場がわたしよりも高いからって、ずいぶんと偉そうな態度を取るようになってきたじゃない? そもそも兵部卿は、龍影会が開設されて以来、開祖・葉月丸さまの血を受け継ぐ、われら似嵐の一族が代々守ってきたポジションであって……」
「よく回る舌ね、皐月。葉月丸さまのことなんて、正直どうでもいいくせに。あなたは自分が楽しければそれでいい、そういう人間だわ。実際にその一環として、弟である鏡月にまで手をかけたしね。そこにいるウツロくんに、あなたこそよくも顔を合わせられるものだわ。かわいそうに、あなたのおかげで、彼の人生はメチャクチャでしょう」
二人の中年女性はこのように、静かに、しかし熱量のこめて腹の探り合いをした。
ウツロはおぼろげな頭で考えていた。
入ってくる情報の量が多すぎる……
断片的な単語ですら、聞いたことがある程度なのだから、なおさらだ。
しかし話の筋から、やはり似嵐の家には深い、そして重すぎる歴史があるようだ。
ほとんど自覚すらできないでいるが、俺にも流れているということになる、その血脈が。
何かが起こるというのか?
似嵐の血が巻き起こす、想像もできないような、何かが……
「ふん、舌が回るのはあなたのほうじゃない? おまけにこんな毒虫にまで何? 同情してるつもりなの? そうやってまた、閣下のポイントを稼ごうって腹なんでしょ? あなたはそういう、こすずるい女だわ。ほんと、メギツネが」
「皐月、わたしに対する侮辱はともかく、どうするの? いまわたしは、閣下の命で動いているのよ?。それに不服を申し立てることの意味は、いくらなんでもわかるわよね?」
「はん、どうだか。ほんとに閣下の命令だって証拠でもあるの? あなたの単独での行動じゃあないでしょうね? あなたは昔から、そういうところはキレッキレだものねえ?」
彼女らはあいかわらず、丁々発止のやり取りを繰り広げている。
「どうやら、話は通じないようね。どうする、皐月? 似嵐家初代・葉月丸さま、そしてわれらが刀子家初代・利平太さま。戦国の世から続く、長きにわたる因縁、今宵この場で、晴らしてみせましょうか?」
「ふはっ! 面白い! やってやろうじゃあないの! 来なさいよ、美吉良っ!」
甍田美吉良の挑発に、星川皐月はあえて乗ってみせた。
「お待ちなさい」
「は?」
しかしそれを反らすように、黒衣の麗人はウツロのほうまで視線を伸ばした。
「ウツロくん、初めまして。刀子朱利の母・甍田美吉良です。娘があなたにたいへんな失礼を働いたらしいわね。母親として、謝罪させてちょうだい」
「は、はあ……」
軽く飛び出した「謝罪」という単語。
ペコリとこうべを垂れる現役大臣の姿に、ウツロはポカンとした。
「そしてウツロくん、あなたそれ、たいへんな出血ね。その量から察するに、早いところ適切な処置をおこなわなければ、命にかかわることは間違いないと思うの」
何を言っているんだ?
ウツロは率直にそう思った。
気づかってくれているらしいことはわかる。
だが、この状況で?
いまのいま、因縁のあるという雅の母と、きなくさい合図を出しあったというのに?
彼にはこの甍田美吉良の人間像が、まったくもって理解できなかった。
「外に出た血は残念ながら、もとの体に返ることはない。まさに、覆水盆に返らずというわけね。ウツロくん、無礼は承知のうえで、使わせてもらうわよ?」
「……」
ウツロの足もとを濡らしている大量の血液が、生き物のようにうごめきだす。
意志を宿したかのようなそれは、たちどころに星川皐月の周りを取り囲んだ。
「しっ、しまった……! これは液体を操る美吉良の能力……」
円を描いた血液は、規則的に屹立する。
それはまるで、大きな赤い王冠のようにも見えた。
「アルトラ、マディ・ウォー」
王冠はすぐに、人の形をなしていく。
そのひとつひとつが、がいこつを模した兵隊の姿に変貌した。
「おのれ、美吉良あああああっ!」
赤い軍勢は手にしている「やり」を、噴火する女医のほうへと突きつけた――
星川皐月の顔面がマグマのようにゆがんだ。
出現した中年女性、それは内閣防衛大臣・甍田美吉良だった。
秘密結社・龍影会の大幹部・兵部卿を務め、星川皐月とは幼なじみの関係にあり、同時に不俱戴天のライバル同士でもあった。
「皐月、これ以上の無駄な行動は、慎んでおいたほうが身のためよ? 現実として組織の法、ならびに戒律に触れる可能性があり、それ以前に、閣下の逆鱗に触れることだってありえる。さあ、おとなしく武装を解除するのよ」
甍田美吉良は淡々と、しかしナイフのような視線を送っている。
「ふん、せっかくいいところだったのに、邪魔なんかしちゃってさ。それに言わせておけば美吉良、役職上の立場がわたしよりも高いからって、ずいぶんと偉そうな態度を取るようになってきたじゃない? そもそも兵部卿は、龍影会が開設されて以来、開祖・葉月丸さまの血を受け継ぐ、われら似嵐の一族が代々守ってきたポジションであって……」
「よく回る舌ね、皐月。葉月丸さまのことなんて、正直どうでもいいくせに。あなたは自分が楽しければそれでいい、そういう人間だわ。実際にその一環として、弟である鏡月にまで手をかけたしね。そこにいるウツロくんに、あなたこそよくも顔を合わせられるものだわ。かわいそうに、あなたのおかげで、彼の人生はメチャクチャでしょう」
二人の中年女性はこのように、静かに、しかし熱量のこめて腹の探り合いをした。
ウツロはおぼろげな頭で考えていた。
入ってくる情報の量が多すぎる……
断片的な単語ですら、聞いたことがある程度なのだから、なおさらだ。
しかし話の筋から、やはり似嵐の家には深い、そして重すぎる歴史があるようだ。
ほとんど自覚すらできないでいるが、俺にも流れているということになる、その血脈が。
何かが起こるというのか?
似嵐の血が巻き起こす、想像もできないような、何かが……
「ふん、舌が回るのはあなたのほうじゃない? おまけにこんな毒虫にまで何? 同情してるつもりなの? そうやってまた、閣下のポイントを稼ごうって腹なんでしょ? あなたはそういう、こすずるい女だわ。ほんと、メギツネが」
「皐月、わたしに対する侮辱はともかく、どうするの? いまわたしは、閣下の命で動いているのよ?。それに不服を申し立てることの意味は、いくらなんでもわかるわよね?」
「はん、どうだか。ほんとに閣下の命令だって証拠でもあるの? あなたの単独での行動じゃあないでしょうね? あなたは昔から、そういうところはキレッキレだものねえ?」
彼女らはあいかわらず、丁々発止のやり取りを繰り広げている。
「どうやら、話は通じないようね。どうする、皐月? 似嵐家初代・葉月丸さま、そしてわれらが刀子家初代・利平太さま。戦国の世から続く、長きにわたる因縁、今宵この場で、晴らしてみせましょうか?」
「ふはっ! 面白い! やってやろうじゃあないの! 来なさいよ、美吉良っ!」
甍田美吉良の挑発に、星川皐月はあえて乗ってみせた。
「お待ちなさい」
「は?」
しかしそれを反らすように、黒衣の麗人はウツロのほうまで視線を伸ばした。
「ウツロくん、初めまして。刀子朱利の母・甍田美吉良です。娘があなたにたいへんな失礼を働いたらしいわね。母親として、謝罪させてちょうだい」
「は、はあ……」
軽く飛び出した「謝罪」という単語。
ペコリとこうべを垂れる現役大臣の姿に、ウツロはポカンとした。
「そしてウツロくん、あなたそれ、たいへんな出血ね。その量から察するに、早いところ適切な処置をおこなわなければ、命にかかわることは間違いないと思うの」
何を言っているんだ?
ウツロは率直にそう思った。
気づかってくれているらしいことはわかる。
だが、この状況で?
いまのいま、因縁のあるという雅の母と、きなくさい合図を出しあったというのに?
彼にはこの甍田美吉良の人間像が、まったくもって理解できなかった。
「外に出た血は残念ながら、もとの体に返ることはない。まさに、覆水盆に返らずというわけね。ウツロくん、無礼は承知のうえで、使わせてもらうわよ?」
「……」
ウツロの足もとを濡らしている大量の血液が、生き物のようにうごめきだす。
意志を宿したかのようなそれは、たちどころに星川皐月の周りを取り囲んだ。
「しっ、しまった……! これは液体を操る美吉良の能力……」
円を描いた血液は、規則的に屹立する。
それはまるで、大きな赤い王冠のようにも見えた。
「アルトラ、マディ・ウォー」
王冠はすぐに、人の形をなしていく。
そのひとつひとつが、がいこつを模した兵隊の姿に変貌した。
「おのれ、美吉良あああああっ!」
赤い軍勢は手にしている「やり」を、噴火する女医のほうへと突きつけた――
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる