桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第68話 甍田美吉良

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美吉良よしきらあああああっ……!」

 星川皐月ほしかわ さつきの顔面がマグマのようにゆがんだ。

 出現した中年女性、それは内閣防衛大臣・甍田美吉良いらかだ よしきらだった。

 秘密結社・龍影会りゅうえいかいの大幹部・兵部卿ひょうぶきょうを務め、星川皐月とは幼なじみの関係にあり、同時に不俱戴天のライバル同士でもあった。

「皐月、これ以上の無駄な行動は、慎んでおいたほうが身のためよ? 現実として組織の法、ならびに戒律に触れる可能性があり、それ以前に、閣下の逆鱗に触れることだってありえる。さあ、おとなしく武装を解除するのよ」

 甍田美吉良は淡々と、しかしナイフのような視線を送っている。

「ふん、せっかくいいところだったのに、邪魔なんかしちゃってさ。それに言わせておけば美吉良、役職上の立場がわたしよりも高いからって、ずいぶんと偉そうな態度を取るようになってきたじゃない? そもそも兵部卿は、龍影会が開設されて以来、開祖・葉月丸はづきまるさまの血を受け継ぐ、われら似嵐にがらしの一族が代々守ってきたポジションであって……」

「よく回る舌ね、皐月。葉月丸さまのことなんて、正直どうでもいいくせに。あなたは自分が楽しければそれでいい、そういう人間だわ。実際にその一環として、弟である鏡月にまで手をかけたしね。そこにいるウツロくんに、あなたこそよくも顔を合わせられるものだわ。かわいそうに、あなたのおかげで、彼の人生はメチャクチャでしょう」

 二人の中年女性はこのように、静かに、しかし熱量のこめて腹の探り合いをした。

 ウツロはおぼろげな頭で考えていた。

 入ってくる情報の量が多すぎる……

 断片的な単語ですら、聞いたことがある程度なのだから、なおさらだ。

 しかし話の筋から、やはり似嵐の家には深い、そして重すぎる歴史があるようだ。

 ほとんど自覚すらできないでいるが、俺にも流れているということになる、その血脈が。

 何かが起こるというのか?

 似嵐の血が巻き起こす、想像もできないような、何かが……

「ふん、舌が回るのはあなたのほうじゃない? おまけにこんな毒虫にまで何? 同情してるつもりなの? そうやってまた、閣下のポイントを稼ごうって腹なんでしょ? あなたはそういう、こすずるい女だわ。ほんと、メギツネが」

「皐月、わたしに対する侮辱はともかく、どうするの? いまわたしは、閣下の命で動いているのよ?。それに不服を申し立てることの意味は、いくらなんでもわかるわよね?」

「はん、どうだか。ほんとに閣下の命令だって証拠でもあるの? あなたの単独での行動じゃあないでしょうね? あなたは昔から、そういうところはキレッキレだものねえ?」

 彼女らはあいかわらず、丁々発止のやり取りを繰り広げている。

「どうやら、話は通じないようね。どうする、皐月? 似嵐家初代・葉月丸さま、そしてわれらが刀子家かたなごけ初代・利平太りへいたさま。戦国の世から続く、長きにわたる因縁、今宵この場で、晴らしてみせましょうか?」

「ふはっ! 面白い! やってやろうじゃあないの! 来なさいよ、美吉良っ!」

 甍田美吉良の挑発に、星川皐月はあえて乗ってみせた。

「お待ちなさい」

「は?」

 しかしそれを反らすように、黒衣の麗人はウツロのほうまで視線を伸ばした。

「ウツロくん、初めまして。刀子朱利かたなご しゅりの母・甍田美吉良です。娘があなたにたいへんな失礼を働いたらしいわね。母親として、謝罪させてちょうだい」

「は、はあ……」

 軽く飛び出した「謝罪」という単語。

 ペコリとこうべを垂れる現役大臣の姿に、ウツロはポカンとした。

「そしてウツロくん、あなたそれ、たいへんな出血ね。その量から察するに、早いところ適切な処置をおこなわなければ、命にかかわることは間違いないと思うの」

 何を言っているんだ?

 ウツロは率直にそう思った。

 気づかってくれているらしいことはわかる。

 だが、この状況で?

 いまのいま、因縁のあるというみやびの母と、きなくさい合図を出しあったというのに?

 彼にはこの甍田美吉良の人間像が、まったくもって理解できなかった。

「外に出た血は残念ながら、もとの体に返ることはない。まさに、覆水盆に返らずというわけね。ウツロくん、無礼は承知のうえで、使わせてもらうわよ?」

「……」

 ウツロの足もとを濡らしている大量の血液が、生き物のようにうごめきだす。

 意志を宿したかのようなそれは、たちどころに星川皐月の周りを取り囲んだ。

「しっ、しまった……! これは液体を操る美吉良の能力……」

 円を描いた血液は、規則的に屹立する。

 それはまるで、大きな赤い王冠のようにも見えた。

「アルトラ、マディ・ウォー」

 王冠はすぐに、人の形をなしていく。

 そのひとつひとつが、がいこつを模した兵隊の姿に変貌した。

「おのれ、美吉良あああああっ!」

 赤い軍勢は手にしている「やり」を、噴火する女医のほうへと突きつけた――
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