桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
149 / 218
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第67話 帰ってきた招かれざる客

しおりを挟む
「イージスっ……!」

 ウツロの体が、緑色の光に包まれた。

「は……?」

 大刀をはじき返された星川皐月ほしかわ さつきは、声のした後ろをひょっこりと振り返った。

 真田虎太郎さなだ こたろう

 バリアを張るアルトラを使ったのだ。

「虎太郎くん、いけない……! 逃げるんだ……!」

 ウツロは刀にすがりながら、必死になって叫んだ。

 しかし少年は、実に凛然としている。

「ウツロさん! GPSアプリの動きからこの状況を知り、ここまでやってきたのです! もうすぐみなとさんたちが、特生対のメンバーを率いて応援に来る手はずになっています!」

「虎太郎くん……」

 救助が来るとの知らせに、ウツロはホッとした。

 しかしいっぽうで、危険な状況に変わりはない。

 彼は狂気の女医に立ち向かう少年が心配でならなかった。

 真田虎太郎は例によって目を丸くし、体を震わせながら、星川皐月のほうを見つめている。

「虎太郎く~ん、邪魔しちゃあダメじゃないの。それよりも何よりも、見ちゃったわね? せっかくあなたには、秘密にしてたのにさあ」

「皐月先生、こんなことは、やめてください……!」

「あらあら~、虎太郎くん。あなただけは、殺したくはないわ、ねっ――!」

「――っ!?」

 そう言いながらも、彼女は片方の柳葉刀を、少年のほうへ投げつけた。

「イージス!」

 刀は再び弾かれ、カランと脇のほうへ転がった。

「ふん、軽蔑したかしら? あなたの前では『いい人』を演じていたにすぎないってわけよ」

「そんなことはありません! 皐月先生はすばらしいお医者さんです! だからこそ、こんなことはもう、やめてください!」

「あら、わたしの何がわかるっていうの? 虎太郎くん、あなたも鏡月きょうげつから、さんざんいびられたそうじゃない。まったく、クソだったわよ、あいつは。わが弟ながら、情けないかぎりだわ。虎太郎くん、あなたはさて、どうなのかしらねえ?」

「……」

 以前から気になって思索していたこと、姉と弟の関係。

 星川皐月と似嵐鏡月にがらし きょうげつ姉弟きょうだい、そして真田龍子さなだ りょうこと自分。

 それをどうしても対比して考えてしまう。

 姉さん……

 真田虎太郎は遠目に、「ステージ」の上で気絶している姉を見た。

 いや、自分は違う。

 僕は、姉さんを守る……!」

 それだけは断じて変わらない。

 彼はあらためてそう決意し、目の前にいる「もうひとりの姉」を見つめた。

「は~あ、なんだか興を失ってきたわ。ま、こいつをぶち殺すってことだけは、変わらないけどねっ――!」

 星川皐月はウツロのほうへ向き直り、片方だけになった大刀を勢いよく振り下ろした。

「なんの、イージスっ!」

「くっ……!」

 切っ先がまた弾かれそうになるも、殺意の女医は力技で、緑色のバリアに刀を食い込ませようとする。

「皐月先生、何度でも言います! こんなことはもう、おやめください!」

 決然と言い放つ真田虎太郎に、星川皐月は狂気のまなざしを送った。

「虎太郎くん、あなた、ウツロに出会ってから、ずいぶんと変わったわよね? 蚊トンボが獅子にとは、まさにこれだわよ。いいでしょう、あなたがそう来るのなら、こちらも相応の態度を取るのが礼儀よねえ?」

 彼女は口角をつり上げた。

「ワルプルギスっ!」

 再びおどろおどろしい「手」が姿を現す。

 それはウツロを守っているバリアをつかみ上げた。

「あはは、虎太郎くん! こんなちゃちなもの、握りつぶりしてあげるわ!」

「ぬぬっ……!」

 真田虎太郎はがんばって、アルトラのパワーをアップさせた。

 しかし悲しいかな、これは完全に時間の問題である。

 彼の精神力が尽き果て、結界が破られるのは目に見えていた。

 それこそが星川皐月の狙いであり、真田虎太郎の限界でもあった。

「虎太郎くん、もういい! 君だけでも、逃げるんだ……!」

 ウツロの意識はすでに遠くなってきている。

 かすれるような声をかけるのが精いっぱいだった。

「あはは、ウツロお! あなたとそこのトカゲを始末したら、虎太郎くんもすぐに送ってあげるわよお! あなたの大切なものは、ぜ~んぶ粉々にしてやるんだから! それこそ、あなたのパパがそうしたようにねえ! あはっ、ははは!」

「ぐっ……」

 ウツロは屈辱の極みだったが、もはや抵抗する力など残されてはいない。

 真田虎太郎の能力にすがっているだけにすぎなかった。

「ウツロさん、すみません……! 僕は、もう、ダメです……!」

 バリアがどんどんと薄れていく。

 ウツロも真田虎太郎も、最後を迎えることを覚悟した。

「あははっ、取った! 死ねえ、ウツロおおおおおっ!」

 ワルプルギスの拳が、一気に力を加える。

「そこまでよ、皐月」

 また背後から声。

 今度は中年の女性のようだ。

 ウツロと真田虎太郎、そして星川皐月。

 みなが一様に、倉庫の入口に視線を送った。

「その子の言うとおり、これ以上の無駄な行動は、わたしが許可しないわ」

 すらりとした体形に、黒いスーツを身にまとった女性。

 腕を組み、ナイフのようなまなざしを送っている。

 ウツロと真田虎太郎は同様に思った。

 テレビでよく見る顔、内閣防衛大臣・甍田美吉良いらかだ よしきら、その人である。

 秘密結社・龍影会りゅうえいかいの大幹部・七卿しちきょうの一角・兵部卿ひょうぶきょう

 そして、刀子朱利かたなご しゅりの母。

美吉良よしきらあああああっ……!」

 星川皐月の顔面が、またマグマのようにゆがんだ――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

武神少女R 陰キャなクラスメイトが地下闘技場のチャンピオンだった

朽木桜斎
ライト文芸
高校生の鬼神柊夜(おにがみ しゅうや)は、クラスメイトで陰キャのレッテルを貼られている鈴木理子(すずき りこ)に告ろうとするが、路地裏で不良をフルボッコにする彼女を目撃してしまう。 理子は地下格闘技のチャンピオンで、その正体を知ってしまった柊夜は、彼女から始末されかけるも、なんとか事なきを得る。 だがこれをきっかけとして、彼は地下闘技場に渦巻く数々の陰謀に、巻き込まれていくことになるのだった。 ほかのサイトにも投稿しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...