桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
145 / 217
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第63話 ここから、また――

しおりを挟む
「めそめそ、するんじゃあ、ねえええええっ……!」

 万城目日和まきめ ひよりのほほを、ウツロの平手が打った。

 痛みがじわじわと伝わってくる。

 それと並行して、わき上がる感覚があった。

 正体のわからない、だが精神から膿が抜けていくような感覚が。

「俺を八つ裂きにしたって、おまえの父さんは帰ってこないんだぞ!? 向き合え、万城目日和! 向き合うんだ!」

 ウツロの一喝。

 万城目日和はそのまなざしに、みずからを照らし出すような輝きを見た。

「うっ、ウツロ! てめえ、開き直ってんじゃねえぞ!」

「ぐっ――!」

 トカゲは力強く、毒虫の顔面に拳を見舞った。

 そのまま馬乗りになり、ひたすらにぶん殴りつづける。

「てめえの親父が俺の親父を殺した! 俺の人生はメチャクチャだ! 責任を取れ、ウツロ! 責任をっ!」

「バカ野郎っ!」

「うぐっ――!」

 態勢を逆転し、今度はウツロのほうが殴り返す。

「何が責任だ! 無責任なやつほどそういう口をきくんだ! 自分の人生の始末くらい、自分でつけてみせろ!」

 また逆転。

「うるせえ、この偽善者が! 悟ったような口をききやがって! てめえだって蒙に沈んでたんだろうが!」

 また。

「ああ、そうさ! いまのおまえのようにな!」

 繰り返し。

「俺は昔のてめえか! 偉そうに上からしゃべりやがって!」

 以下同文。

「うるさい、この、トカゲ女!」

「なんだと、この、毒虫野郎があっ!」

 こんなふうにして、二人はずっと、取っ組み合いのケンカに興じていた。

 しかしそのうち、さすがにばててきて、コンクリートの上に寝そべったまま、動くのをやめてしまった。

 なんかもうどうでもいい、面倒くさい……

 そんな心境だった。

「はあ、はあっ……」

「ふう、ふうっ……」

 万城目日和は気がついた。

 不思議なことに、どこか心が晴れわたっていく。

 またウツロが俺に何かしたのか?

 いや、そうじゃない。

 彼女は涙を流した。

 しかしそれは、先ほどのものとは違う。

 人間としての涙――

 これが「人間になる」ってことなのか……

 悔しい、悔しいが、ウツロの気持ちが伝わってくる。

 それは決して見せかけのものではなく、まさに人間の本質としての……

「万城目日和」

「ああ?」

「ここから、また、はじめてみないか?」

「……」

「気が変わったら、いつでも俺をぶち殺せばいい。どうかな?」

「クソッタレ……」

 肯定。

 それは無理やりにではなく、ごく自然に。

 彼女はまた、深く落涙した。

「また、ここから、か……」

「……」

「ははっ、はははっ……!」

 万城目日和はなんだかおかしくなって、肩を震わせて笑いはじめた。

 ウツロはそこに、やはりかつての自分の姿を見た。

 パッパラパーになっちまえよ。

 兄・アクタがかけてくれた言葉。

 腹をかかえるトカゲの姿に、彼もいつしか破顔していた。

 ひとしきり笑い転げたあと、何かの気配に気づいた二人は、おもむろにそちらへ視線を移した。

「貴様ら……」

 倉庫の入口から、白衣の女性が彼らをにらんでいる。

 星川皐月ほしかわ さつきだ。

みやびちゃん……」

 彼女は奥にあるコンテナの上を見た。

 そしてその顔は、破裂したマグマのようにゆがんだ――

「いったい何を、さらしとんじゃあああああっ――!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

武神少女R 陰キャなクラスメイトが地下闘技場のチャンピオンだった

朽木桜斎
ライト文芸
高校生の鬼神柊夜(おにがみ しゅうや)は、クラスメイトで陰キャのレッテルを貼られている鈴木理子(すずき りこ)に告ろうとするが、路地裏で不良をフルボッコにする彼女を目撃してしまう。 理子は地下格闘技のチャンピオンで、その正体を知ってしまった柊夜は、彼女から始末されかけるも、なんとか事なきを得る。 だがこれをきっかけとして、彼は地下闘技場に渦巻く数々の陰謀に、巻き込まれていくことになるのだった。 ほかのサイトにも投稿しています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...