桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
135 / 218
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第53話 果たし状

しおりを挟む
「ん……」

 ウツロは目を覚ました。

「いっ……」

 体の節々が痛む。

 しかし、覚えのある感じが、自分の傷をやわらげていることに気がついた。

龍子りょうこ……」

 そうだ。

 刀子かたなごに龍子がさらわれて、俺は氷潟ひがたと戦って……

 そのあとの記憶はないが、おそらく俺は負けたんだろう。

 しかしそうなると、ここは……

「保健室……それにこの治療のあとは、みやびの仕事だ……」

 実際に、感覚に頼るところだけではなく、周囲から真田龍子さなだ りょうこ星川雅ほしかわ みやびのにおいがする。

 だがそれは、ウツロの鼻でもやっと捉えられる程度のものだった。

「誰も、いない……」

 暮れなずむ室内。

 自分がベッドに寝ているほかは、人気はまったくない。

 氷潟に敗北したはずの自分がなぜここにいるのかはともかく、いったい何が起こっているのか、さっぱりつかめない。

 なんだろう?

 猛烈な胸騒ぎがする……

「これは、柾樹まさきがつけている整髪剤のにおい……彼も、いたのか……?」

 南柾樹みなみ まさきの気配も感じ取り、いよいよ事態がわからなくなってくる。

 いったいなんだ?

 何が起きているというんだ?

「――っ!?」

 強烈な殺気、すぐ横からだ。

 ベッドわきのサイドボード、見覚えのある雰囲気の封筒が、ちょこんとおいてある。

「まさか、万城目日和まきめ ひより……」

 そうだ。

 以前、自分の靴箱に入れられていたものと同じもの……

 殺気の出どころはまさに、その封筒からだった。

「……」

 ウツロは震える手を黙らせ、おそるおそる封を開けた。

「これは……」

 折りたたまれたごく平凡なコピー用紙。

 生唾を飲みつつそれを開いてみる。

「……」

 彼は戦慄した、その文言に。

 前回と同じく、古風にも新聞や雑誌を切り抜いて作られた言葉。

――

ウツロ

仲間たちは預かった

湾岸の倉庫へ来い

これは

果たし状だ

――

「果たし状、だと……?」

 彼は頭を整理しようと試みた。

「落ち着け、落ち着け……」

 龍子たちは万城目日和の手にかかって、拉致されたと考えるのが妥当な線だ。

 そして、湾岸の倉庫……

 朽木市くちきしのブロック分けでいうと、現在地である黒帝こくてい高校が位置する朔良区さくらくの南、坊松区ぼうのまつく朽木湾くちきわんに面した港にある廃工場、あそこには確か、使われていない倉庫があった。

 おそらくはそこに違いない。

「早く、しなければ……」

 封筒の近くにはご丁寧に、ウツロの使っている端末も置いてあった。

「万城目日和め、いったい何を考えている……?」

 彼はそれをひったくると、ハンガーにかかっていたブレザーを着込み、床にそろえてある革靴にはきかえた。

 これも準備されたことなのかと、とても奇妙な感じがした。

「しちめんどうだ」

 昇降口へ行くのではなく、保健室の窓を開け、そこからジャンプした。

 そして夕闇迫る中、学校の門を抜け、そのまま南へと走った。

「果たし状、果たし状か……」

 万城目日和の父・優作ゆうさくは、ウツロの父・似嵐鏡月にがらし きょうげつの手にかかって殺害されている。

 似嵐鏡月が今わの際に教えた情報だ。

 おそらく、息子である自分への復讐を考えているのだろう。

 ゆえに、果たし状……

 そんなことを考えた。

「みんな、どうか無事でいてくれ……!」

 きっとこれから、おそろしいことが待っているに違いない。

 しかし、選択肢などない。

 ウツロはただ、湾岸の倉庫へ向け、ひたすらに地面を蹴った――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

武神少女R 陰キャなクラスメイトが地下闘技場のチャンピオンだった

朽木桜斎
ライト文芸
高校生の鬼神柊夜(おにがみ しゅうや)は、クラスメイトで陰キャのレッテルを貼られている鈴木理子(すずき りこ)に告ろうとするが、路地裏で不良をフルボッコにする彼女を目撃してしまう。 理子は地下格闘技のチャンピオンで、その正体を知ってしまった柊夜は、彼女から始末されかけるも、なんとか事なきを得る。 だがこれをきっかけとして、彼は地下闘技場に渦巻く数々の陰謀に、巻き込まれていくことになるのだった。 ほかのサイトにも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...