桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第49話 ウツロ、敗北

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「行くぞ、ウツロっ――!」

 目にも止まらないようなスピードで、氷潟夕真ひがた ゆうまは襲いかかってきた。

「ぐっ――」

 瞬間移動でもしたかのようなそれにたじろいだウツロは、反射的に両腕で前方をガードした。

「遅い――!」

「なっ……」

 しかし完全に防御を固める前に、氷潟夕真はウツロの眼前にまで迫っていた。

「ぐっ……!」

 甘かったガードはたやすく弾かれ、すぐに次の攻撃が来る。

「ぐふっ――!」

 胸もとの急所をモロに突かれ、ウツロは後方へ吹き飛ばされた。

「ぐあっ――!」

 勢いで後ろにあったモミの大木へと叩きつけられる。

「ふんっ――!」

 氷潟夕真は間髪入れずに次の攻撃をしかけようとした、が……

「うっ……」

 頭が割れるような感覚が走る。

 彼は苦痛あまって、その場で動けなくなってしまった。

「ちょっと夕真、どうしたってのよ!?」

 戦いを観察していた刀子朱利かたなご しゅりが叫んだ。

「ウツロ、貴様……」

 氷潟夕真は依然、頭をかかえている。

「鈴虫の出す超音波さ。動きを封じさせてもらうぞ、氷潟?」

「ぐっ……」

 ウツロはこの間に、いましがた受けたダメージを少しでも回復しようと試みた。

「しっかりしなさい、バカ!」

「これしきのこと、なめるなよ……!」

 刀子朱利の叱責を受け、氷潟夕真は全身を少しずつ反らせると、大きく口を開いた。

「な、何をする気だ……」

 得体の知れない行動に、ウツロは戦慄を覚えた。

「――っ!」

 波動のような咆哮。

 ライオンの獣人はそれを響きわたらせた。

パキッ――

 ガラスにひびが入るような小さな音が、ウツロの体内から漏れ聞こえた。

 鈴虫の機能を持つ部位。

 体のどこかに隠してあるそれが、破壊されたのだ。

「くっ……」

 氷潟夕真は悠然としてウツロへ向き直った。

「あははっ! これで鈴虫の力はもう使えないってわけだ。残念だねえ、ウツロ? せっかく夕真の動きを封じて、回復するチャンスだったのにさあ?」

「くそっ……!」

 窮地に陥ったウツロ。

 彼は思わず歯がみをした。

「そういうことだ、ウツロ。今後こそ覚悟しな? 行くぞっ――!」

 氷潟夕真は再びものすごい速さでウツロへ襲いかかった。

「んっ……」

 さきほどのダメージで体がうまく動かない。

 こうなってしまってはもはやサンドバッグも同然だ。

「ぐあっ――!」

 ライオンの獣人はさらに加速し、全方向からウツロを攻め立てた。

 残像が見えるほどの勢い。

 防戦いっぽうどころか、ウツロは延々と袋叩きにされた。

「ん……」

 すさまじい打撃音に、ベンチに横にされていた真田龍子さなだ りょうこが目を覚ました。

「あら、真田さん、おはよう」

「刀子さん、ここは、いったい……」

 当身がまだ効いていて、彼女は朦朧としている。

 となりに座っていた刀子朱利は、最高のタイミングとばかりに語りかけた。

「ほら、あれ、見てごらん?」

「な……」

 毒虫の姿をした戦士、ウツロだ。

 しかし彼は一方的に叩きのめされている。

 強烈なショックを受けると同時に、状況がなんとなく飲み込めてきた。

「そんな、夕真くんまで、アルトラ使いだったの……?」

 ライオンの獣人がその名残から氷潟夕真であることを、真田龍子は直感的に理解した。

「そういうことになるね。それよりも見なよ、真田さんのだ~いじな毒虫のウツロくんが、あ~あ、あんなにズタボロになっちゃって」

「ウツロ……」

 ウツロの意識はどんどん薄れていっていた。

 もう、何をされているのかさえわからない。

「氷潟くん、やめて! ウツロが死んじゃう!」

 当然、聞く耳など持つはずがない。

「そろそろ幕の引きどきだな、ふんっ――!」

 氷潟夕真は後方へジャンプし、勢いをつけてウツロへ突進した。

「とどめだ、ウツロっ――!」

「――っ!」

 正拳がウツロの胸にめり込んだ。

「……」

 彼の瞳孔は吹っ飛び、その場へ崩れ落ちた。

「そんな……」

「ふふっ、ふふふ……あはははははっ!」

 体を震わせる真田龍子を意に介さず、刀子朱利は狂笑した。

「ウツロが、負けた……?」

 少女のまなじりが濁った。
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