130 / 235
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第48話 外来談話
しおりを挟む
ウツロと氷潟夕真が戦いをはじめたころ。
黒帝高校からほど近い、黒龍館大学病院の精神科外来。
診察時間も終わり、人気のなくなったそこに、二つの人影があった。
診察室でコーヒーをすする科長・星川皐月、そして差し向いに座っているのは、内閣法制局長官・黒水小鷹だ。
「皐月、朱利ちゃんと夕真くんが、あなたのかわいい甥っ子をいじめているようだわよ?」
黒水小鷹ははねた黒髪で大気を切り裂くように、悠々とする女医に向かって顔を寄せた。
「そのようね」
星川皐月はあいかわらず悠々としている。
「ずいぶん余裕だわね。かわいそうなウツロくん、彼女を人質に取られてさ、おまけに殺されるかもしれないってのに。まったく、冷たい伯母さんだわよ」
黒水小鷹は大げさに手を開いて、あきれるしぐさをした。
「わざとらしいわね、小鷹。はっきり言ってこの程度、試練にすらならない。もしウツロが夕真くんに敗北でもするようなら、わが家の敷居をまたぐ資格など、なし」
「はっ、甥っ子を試すだなんてねえ! あなたのこと、どうせ彼を雅ちゃんと同じく、人形にしようってえ腹づもりなんでしょ?」
「もちろん、それも考えてるわよ。でも、まだ、まだなのよ、小鷹。ウツロはしょせん、まだまだ青瓢箪に過ぎない。収穫するのは、食べごろになってから、ね?」
「はあ、なんという鬼畜! ほんと、鏡月に同情したくなるわ。暗月さまがかわいそう。あなたに跡継ぎを奪われてさ」
「しかし、お父さまはわたしに何もできない。魔人と呼ばれた似嵐暗月も、実の娘には手を出せないのよ。まあ、仮に戦ったって、いまのあの人じゃわたしにはかなわないわねえ」
「そうやって似嵐の家を乗っ取るつもりなの? 開祖・葉月丸さまに合わす顔があるの?」
「ふん、くだらない。わたしはね、小鷹、わたしが楽しければそれでいいのよ。いかにもいまっぽい生き方じゃない? そのためなら、なんでも利用してやるんだわ。閣下だろうと、あのディオティマだろうともね」
「ああ、おそろしい! 幼なじみのよしみで黙っておいてあげてるけど、本当にやる気なの? あれ」
「さあねえ、それも、ウツロ次第かな」
「また人のせいにして、とんだ傀儡師だわよ、あなたわ」
「そうよ、わたしは傀儡師。人形で遊ぶのが趣味なの。多いほどいい、人形はね」
星川皐月はずずっとコーヒーをすすると、カップをデスクの上に置いた。
「ただ、気になるのはやはり、万城目日和。いったいどこに潜んでいるんだか。彼女はもしかしたら、よろしくない因子になるうるかもしれない。小鷹、引き続き探ってくれるかしら?」
「あなたのためにじゃないわよ、皐月? 龍影会をおびやかす存在など、この世にあってはならない。それにもし、万城目日和があのことにたどり着いているとしたら」
「父親の仇が鏡月じゃなく、すべては現・内閣総理大臣、鬼堂龍門が仕込んだことだと知っているとしたら、めんどうなことになるかもしれないわね」
「あれは出世のためなら手段を選ばない男、浅倉と同じく、閣下の寝首をかこうだなんて考えているかもしれないわ」
「元帥に征夷大将軍、身内にこうも危険人物がいると、気が休まらないわ」
「あら、楽しんでるんじゃないの? 少なくとも、閣下とあなたはね?」
「ふふっ、そう見えるかしら?」
「ええ、あなたは昔から、そういうやつだわ、皐月」
「したたかさでは負けるわよ、小鷹?」
二人はくつくつと笑いあった。
「いずれにせよ、龍影会に逆らうものは、ひとり残らず始末しなければならない。このわたしが、刑部卿としてね」
「裁きの爪が首を狩りたがっているのね、ふふっ」
「皐月、万城目日和はウツロに近づいてきている。そっちのほうは、よろしく頼むわよ?」
「ええ、いいエサになりそうだわ、ウツロわね」
「甥っ子をダシに使うなんてね」
「楽しければなんでもいいのよ、わたしは」
「あなたの首だけはちょん切りたくないわねえ」
「嘘ばっかり」
魔性のようなせせら笑いが、閑散とした外来に響きわたった。
「ウツロ、万城目日和を引きずり出すのよ、わたしのためにね?」
星川皐月は静かに笑っていた。
だが、彼女はまだ気がついていなかった。
悪魔も道を開けるとまで呼ばれる彼女が。
実の娘である雅に、危機が迫っているということを――
黒帝高校からほど近い、黒龍館大学病院の精神科外来。
診察時間も終わり、人気のなくなったそこに、二つの人影があった。
診察室でコーヒーをすする科長・星川皐月、そして差し向いに座っているのは、内閣法制局長官・黒水小鷹だ。
「皐月、朱利ちゃんと夕真くんが、あなたのかわいい甥っ子をいじめているようだわよ?」
黒水小鷹ははねた黒髪で大気を切り裂くように、悠々とする女医に向かって顔を寄せた。
「そのようね」
星川皐月はあいかわらず悠々としている。
「ずいぶん余裕だわね。かわいそうなウツロくん、彼女を人質に取られてさ、おまけに殺されるかもしれないってのに。まったく、冷たい伯母さんだわよ」
黒水小鷹は大げさに手を開いて、あきれるしぐさをした。
「わざとらしいわね、小鷹。はっきり言ってこの程度、試練にすらならない。もしウツロが夕真くんに敗北でもするようなら、わが家の敷居をまたぐ資格など、なし」
「はっ、甥っ子を試すだなんてねえ! あなたのこと、どうせ彼を雅ちゃんと同じく、人形にしようってえ腹づもりなんでしょ?」
「もちろん、それも考えてるわよ。でも、まだ、まだなのよ、小鷹。ウツロはしょせん、まだまだ青瓢箪に過ぎない。収穫するのは、食べごろになってから、ね?」
「はあ、なんという鬼畜! ほんと、鏡月に同情したくなるわ。暗月さまがかわいそう。あなたに跡継ぎを奪われてさ」
「しかし、お父さまはわたしに何もできない。魔人と呼ばれた似嵐暗月も、実の娘には手を出せないのよ。まあ、仮に戦ったって、いまのあの人じゃわたしにはかなわないわねえ」
「そうやって似嵐の家を乗っ取るつもりなの? 開祖・葉月丸さまに合わす顔があるの?」
「ふん、くだらない。わたしはね、小鷹、わたしが楽しければそれでいいのよ。いかにもいまっぽい生き方じゃない? そのためなら、なんでも利用してやるんだわ。閣下だろうと、あのディオティマだろうともね」
「ああ、おそろしい! 幼なじみのよしみで黙っておいてあげてるけど、本当にやる気なの? あれ」
「さあねえ、それも、ウツロ次第かな」
「また人のせいにして、とんだ傀儡師だわよ、あなたわ」
「そうよ、わたしは傀儡師。人形で遊ぶのが趣味なの。多いほどいい、人形はね」
星川皐月はずずっとコーヒーをすすると、カップをデスクの上に置いた。
「ただ、気になるのはやはり、万城目日和。いったいどこに潜んでいるんだか。彼女はもしかしたら、よろしくない因子になるうるかもしれない。小鷹、引き続き探ってくれるかしら?」
「あなたのためにじゃないわよ、皐月? 龍影会をおびやかす存在など、この世にあってはならない。それにもし、万城目日和があのことにたどり着いているとしたら」
「父親の仇が鏡月じゃなく、すべては現・内閣総理大臣、鬼堂龍門が仕込んだことだと知っているとしたら、めんどうなことになるかもしれないわね」
「あれは出世のためなら手段を選ばない男、浅倉と同じく、閣下の寝首をかこうだなんて考えているかもしれないわ」
「元帥に征夷大将軍、身内にこうも危険人物がいると、気が休まらないわ」
「あら、楽しんでるんじゃないの? 少なくとも、閣下とあなたはね?」
「ふふっ、そう見えるかしら?」
「ええ、あなたは昔から、そういうやつだわ、皐月」
「したたかさでは負けるわよ、小鷹?」
二人はくつくつと笑いあった。
「いずれにせよ、龍影会に逆らうものは、ひとり残らず始末しなければならない。このわたしが、刑部卿としてね」
「裁きの爪が首を狩りたがっているのね、ふふっ」
「皐月、万城目日和はウツロに近づいてきている。そっちのほうは、よろしく頼むわよ?」
「ええ、いいエサになりそうだわ、ウツロわね」
「甥っ子をダシに使うなんてね」
「楽しければなんでもいいのよ、わたしは」
「あなたの首だけはちょん切りたくないわねえ」
「嘘ばっかり」
魔性のようなせせら笑いが、閑散とした外来に響きわたった。
「ウツロ、万城目日和を引きずり出すのよ、わたしのためにね?」
星川皐月は静かに笑っていた。
だが、彼女はまだ気がついていなかった。
悪魔も道を開けるとまで呼ばれる彼女が。
実の娘である雅に、危機が迫っているということを――
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる