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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第34話 浅倉喜代蔵
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「黒帝高校のお三方、本日は遠路はるばる、わが事業所へよくたずねてきてくださった。わたしがたこぐも代表の浅倉です。どうぞよろしく」
さらっとしたあいさつをされ、ウツロたちは拍子抜けした。
顔は確かにネットにあった浅倉喜代蔵その人だが、くたびれた農作業着を身にまとっているし、経済界の番人にはとても映らなかった。
「さてさて、ではさっそく実際に作業を体験しながら、わが事業所の活動内容や、福祉のシステムについて学んでいきましょう。それぞれ担当者とグループを用意しましたので、三方にわかれてください」
このように誘導される形で、ウツロは聖川清人、柿崎景太とわかれた。
ウツロは浅倉喜代蔵と作業をすることになったが、やはりなんだかできすぎていると、彼の心には疑念があった。
「佐伯悠亮といいます。よろしくお願いします」
「おお、佐伯くん、よろしくね。なんでもすごいエリートだって聞いてるよ」
「いや、そんな……」
「さ、さ。とりまネギ、掘ろうか」
「あ、はい」
浅倉喜代蔵は軽い応対で、ウツロをネギ掘りへと誘った。
「佐伯くん、慣れてる感じだね。経験あるの?」
「はい。実家がネギ農家で、小さいころからよく手伝わされたんです」
とっさについた方便だったが、まさか隠れ里での経験だと話すわけにもいかない。
うしろめたさを感じつつ、ウツロはネギを収穫していった。
「ほう、それはそれは。食は人間の生活と切りはなせないから、手に職なスキルだよ。高校生なのに、すごいよね」
浅倉喜代蔵はのんきな口調でネギを引っこ抜いている。
何か会話を切り出そう。
あわよくば、この男の正体をあぶり出せるような。
ウツロはそう考えた。
「農業に未来はあるのでしょうか?」
「はは、直球だねえ。いま注目されているものにスマート農業とスモール農業があるけど、要はでっかくやるかちっちゃくやるかの違い、両極端だね。ビジネスモデルを作るのはムズいかもしれないけど、いまECサイト系のサービスが盛り上がってるから、波に乗れればってとこかな。ビジネスは面白いよ、佐伯くん。コツがわかるとクセになるぜ?」
「とても興味深いです。浅倉先生とゆっくりお話したいものですね」
「おお、いいねえ。虎ノ門にたこぐもの本部オフィスがあるんだ。遊びにきてくれたら、顔パスで通るようにしておいてあげるよ」
こうやって二人はとりとめもない会話に花を咲かせていた。
「まったく、秋田の百姓の家に生まれた俺が、いまじゃ霞が関を拝んでるんだぜ? 人生って、わからないよね」
浅倉喜代蔵はスティック状の電子タバコを取り出して、一服ふかした。
「ああ、これ、メンソール100パーセントだから。定義上はタバコじゃないから安心して」
「……」
このにおい、間違いない。
さくら館を訪れた妹・浅倉卑弥呼の体についていたにおいと同じものだ。
ウツロはやはり、何かが引っかかってしかたがなかった。
しかし悟られては決してならない。
この男・浅倉喜代蔵が、くだんの組織との関係があるかどうか。
それを疑っていることに気づかれないようにしなくては。
彼はそう、自分に言いきかせた。
「相当なご苦労をなさったとか。それこそ血のにじむようなご努力をされたのでしょう」
「わかってくれるかい、佐伯くん?」
浅倉喜代蔵はまなじりをにじませてウツロに顔を合わせた。
「大学んときにメンタルを病んでさ、俺はもうおしまいだと思ったもんだが、それこそ血ににじむような努力で会計士に受かって、大手監査法人に就職、さんざんいびられながら力を蓄え、センロン事件のドサクサで組織がガタガタになったところを、実質的に俺がのっとってやった。ははっ、ざまあみろって感じだよな」
「センロン事件……アメリカの巨大企業センロンが、大規模な不正会計をおこなった事件ですね。それにより、会計業界ひいては会計士の名誉は地に落ちてしまった」
「くわしいね、佐伯くん。さすがは黒帝の学生だよ。そこで俺は新法人、現在のたこぐもの前身を組織し、わが国における会計士の名誉を回復するため、死にものぐるいで働いた。結果、たこぐまはいまじゃ、日本の経済界を影で牛耳るまでに成長した。いやいや、苦労したよ」
「自分などには、想像もつかない修羅場をくぐっていらっしゃるようにお見受けします。先生のバイタリティには、畏敬の念を禁じえません」
「君は最高だね、佐伯くん。人の痛みがわかる人間だよ。仕事に困ったらいつでも俺のところに来なさい。君のような人材こそが、日本の未来を支えるのだよ」
「そんな、おそれおおいことです」
浅倉喜代蔵は涙ぐみながらうなずいていたが、おもむろに顔を上げると、ウツロのほうをのぞき込んだ。
「ところでさあ、ネギを掘るときって、いつもお兄さんといっしょだったんだよね?」
「は……」
出し抜けにそんなことを口走った。
ウツロは何が起こったのかわからなかった。
「道を踏みはずしたお父さんから、さんざん苦しめられたでしょ?」
「……」
ちょっと待て、まさか……
今度は背筋が寒くなってきた。
「どうしたの? 顔が青いよ? 毒虫のウツロくん?」
「……」
ウツロはギョッとして、隣にいる中年男の顔を凝視した。
(『第35話 元帥試験』へ続く)
さらっとしたあいさつをされ、ウツロたちは拍子抜けした。
顔は確かにネットにあった浅倉喜代蔵その人だが、くたびれた農作業着を身にまとっているし、経済界の番人にはとても映らなかった。
「さてさて、ではさっそく実際に作業を体験しながら、わが事業所の活動内容や、福祉のシステムについて学んでいきましょう。それぞれ担当者とグループを用意しましたので、三方にわかれてください」
このように誘導される形で、ウツロは聖川清人、柿崎景太とわかれた。
ウツロは浅倉喜代蔵と作業をすることになったが、やはりなんだかできすぎていると、彼の心には疑念があった。
「佐伯悠亮といいます。よろしくお願いします」
「おお、佐伯くん、よろしくね。なんでもすごいエリートだって聞いてるよ」
「いや、そんな……」
「さ、さ。とりまネギ、掘ろうか」
「あ、はい」
浅倉喜代蔵は軽い応対で、ウツロをネギ掘りへと誘った。
「佐伯くん、慣れてる感じだね。経験あるの?」
「はい。実家がネギ農家で、小さいころからよく手伝わされたんです」
とっさについた方便だったが、まさか隠れ里での経験だと話すわけにもいかない。
うしろめたさを感じつつ、ウツロはネギを収穫していった。
「ほう、それはそれは。食は人間の生活と切りはなせないから、手に職なスキルだよ。高校生なのに、すごいよね」
浅倉喜代蔵はのんきな口調でネギを引っこ抜いている。
何か会話を切り出そう。
あわよくば、この男の正体をあぶり出せるような。
ウツロはそう考えた。
「農業に未来はあるのでしょうか?」
「はは、直球だねえ。いま注目されているものにスマート農業とスモール農業があるけど、要はでっかくやるかちっちゃくやるかの違い、両極端だね。ビジネスモデルを作るのはムズいかもしれないけど、いまECサイト系のサービスが盛り上がってるから、波に乗れればってとこかな。ビジネスは面白いよ、佐伯くん。コツがわかるとクセになるぜ?」
「とても興味深いです。浅倉先生とゆっくりお話したいものですね」
「おお、いいねえ。虎ノ門にたこぐもの本部オフィスがあるんだ。遊びにきてくれたら、顔パスで通るようにしておいてあげるよ」
こうやって二人はとりとめもない会話に花を咲かせていた。
「まったく、秋田の百姓の家に生まれた俺が、いまじゃ霞が関を拝んでるんだぜ? 人生って、わからないよね」
浅倉喜代蔵はスティック状の電子タバコを取り出して、一服ふかした。
「ああ、これ、メンソール100パーセントだから。定義上はタバコじゃないから安心して」
「……」
このにおい、間違いない。
さくら館を訪れた妹・浅倉卑弥呼の体についていたにおいと同じものだ。
ウツロはやはり、何かが引っかかってしかたがなかった。
しかし悟られては決してならない。
この男・浅倉喜代蔵が、くだんの組織との関係があるかどうか。
それを疑っていることに気づかれないようにしなくては。
彼はそう、自分に言いきかせた。
「相当なご苦労をなさったとか。それこそ血のにじむようなご努力をされたのでしょう」
「わかってくれるかい、佐伯くん?」
浅倉喜代蔵はまなじりをにじませてウツロに顔を合わせた。
「大学んときにメンタルを病んでさ、俺はもうおしまいだと思ったもんだが、それこそ血ににじむような努力で会計士に受かって、大手監査法人に就職、さんざんいびられながら力を蓄え、センロン事件のドサクサで組織がガタガタになったところを、実質的に俺がのっとってやった。ははっ、ざまあみろって感じだよな」
「センロン事件……アメリカの巨大企業センロンが、大規模な不正会計をおこなった事件ですね。それにより、会計業界ひいては会計士の名誉は地に落ちてしまった」
「くわしいね、佐伯くん。さすがは黒帝の学生だよ。そこで俺は新法人、現在のたこぐもの前身を組織し、わが国における会計士の名誉を回復するため、死にものぐるいで働いた。結果、たこぐまはいまじゃ、日本の経済界を影で牛耳るまでに成長した。いやいや、苦労したよ」
「自分などには、想像もつかない修羅場をくぐっていらっしゃるようにお見受けします。先生のバイタリティには、畏敬の念を禁じえません」
「君は最高だね、佐伯くん。人の痛みがわかる人間だよ。仕事に困ったらいつでも俺のところに来なさい。君のような人材こそが、日本の未来を支えるのだよ」
「そんな、おそれおおいことです」
浅倉喜代蔵は涙ぐみながらうなずいていたが、おもむろに顔を上げると、ウツロのほうをのぞき込んだ。
「ところでさあ、ネギを掘るときって、いつもお兄さんといっしょだったんだよね?」
「は……」
出し抜けにそんなことを口走った。
ウツロは何が起こったのかわからなかった。
「道を踏みはずしたお父さんから、さんざん苦しめられたでしょ?」
「……」
ちょっと待て、まさか……
今度は背筋が寒くなってきた。
「どうしたの? 顔が青いよ? 毒虫のウツロくん?」
「……」
ウツロはギョッとして、隣にいる中年男の顔を凝視した。
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