桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第24話 河川敷の決闘

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 介錯橋かいしゃくばしを渡りきったウツロと真田龍子さなだ りょうこは右へ折れ、会話もなく歩きつづけた。

 さきほどのこと、ウツロが親友であるはずの南柾樹みなみ まさきを『謎の組織』のスパイ呼ばわりし、真田龍子が激昂げきこうした出来事。

 それをお互いに意識し、きまずかったからだ。

 二人とも仲直りの機会をうかがってはいるものの、なかなかその糸口が見えない。

 そうこうしている内に、ことの発端ほったんである南柾樹と、そのケンカ相手・氷潟夕真ひがた ゆうまの人影が大きくなってくる。

 ウツロたちが歩いている歩道の法面のりめんを下りたところと、流れる手洗川てあらいがわの中間付近、河川敷かせんじきの地面に大の字になって、頭をつき合わせてぜえぜえ呼吸している様子がうかがえる。

 どうやら『決着』はついているようだ。

 ウツロたちが法面のりめんの階段を下りていくと、向こうも気づいたらしく、お互いに視線を送ってきた。

「その辺にしなよ、二人とも」

 ウツロはたいして意にかいしていない素振そぶりだが、真田龍子は早歩きで近づいた。

「もう、柾樹っ! なにやってるの! 氷潟くんも! 二人ともボロボロじゃない!」

「うっせーの龍子、男のケンカに口出すんじゃねえよ」

 彼女は南柾樹を案じたが、彼自体はつっけんどんな態度だ。

「そんな昭和みたいなこと言ってないで! ほら、手当てしてあげるから!」

 真田龍子が倒れている南柾樹を起こそうとすると、すぐそこで横たわっていた氷潟夕真がにわかに体勢をそちらへよこした。

「お前のアルトラでか?」

「……!?」

 やにわに吐き出されたその言葉――

 どうしてそれをと、彼女はびっくりした。

「真田、回復能力を持つお前のアルトラ、『パルジファル』を使わないのか?」

「……」

 恐怖がじわじわと真田龍子を侵食しんしょくする。

 自分の秘密をあいさつでもするように暴露ばくろされ、彼女は混乱した。

「やはりな、氷潟……」

 ウツロが近づいてくる。

 氷潟夕真は姿勢を変えず、するどい視線だけを彼に送った。

「その口ぶり、俺たちの情報は筒抜つつぬけらしいな。なら、話は早い」

毒虫どくむしのウツロか……」

 直球の情報を、氷潟夕真は放った。

 ウツロは自身の予測していたことが、パズルのピースのようにかみ合っていく感触を得た。

「やはりな……龍子、おそらく俺たちがさっきみやびから聞いたことも、全部れているんだよ。そうだな、氷潟?」

 氷潟夕真は地面にあぐらをかき、ウツロをにらみつづけた。

「頭の回転が早いんだな。さすがは似嵐にがらしの血を引く者、と言ったらいいのか……」

 ここで言い負けてはならないと、ウツロは思考をめぐらせた。

「機先を制しようというつもりだろうが、そうはさせない。内閣官房室長・氷潟夕慶ひがた ゆうけい……いや、その正体は、この日本を影で掌握しょうあくする組織の幹部・中務大輔なかつかさたいふのご子息殿しそくどの?」

 氷潟夕真の顔がけわしくなる。

 しかし彼もまた、目の前の相手に言い負けてはならないと思った。

「機先を制しようとしているのはお互いさまだろう? 似嵐鏡月にがらし きょうげつのご子息殿?」

 ぎりぎりと火花が散るような応酬おうしゅう――

 互いが互いに、腹の内を探ろうと脳みそをフル回転させていた。

 真田龍子はすっかり気圧けおされて、息をのんで見守っている。

「その辺にしとけよ、おめえら。龍子がおびえてるだろ?」

 南柾樹――

 彼が険悪になった場を取り持とうと、口火くちびを切った。

 その言葉に受け、萎縮いしゅくしている真田龍子を確認したウツロは、少し冷静になった。

「す、すまない、龍子……」

「え、いや……」

 さきほどのこともあるし、ウツロは南柾樹の件を切り出したらいいものかと、かなり迷っていた。

「南が『組織』のスパイ、お前はそう疑ってるんだろ?」

「……!」

 氷潟夕真に脳内を見透かされ、ウツロは言葉を失った。

「安心しな、こいつが知ってる範囲はイコール、お前らの知ってる範囲だ。俺はただ、純粋にこいつが気に食わねえから、こうやってタイマンはってるってだけだ」

 南柾樹はだまっている。

 ウツロは不思議に思った。

 氷潟夕真の態度は、まるで南柾樹をかばっているかのようだ――

 それが彼にはとても奇妙に思え、引き続き口をつぐんでいた。

「ウツロ、龍子、わりぃ。そういうことなんだ。いままで知らねえフリして悪かった。俺もなかなか、タイミングってやつがわからなくてよ……」

 この流れによって、真田龍子は胸をろした。

 ウツロには悪いけれど、やっぱり勘違いだったんだ。

 そうだよ、柾樹はそんなやつじゃない。

 日本を掌握しょうあくしているという組織から放たれたスパイなんかじゃ、断じてない――

 彼女はすっかり安心した。

「おトモダチどうし、仲間割れはよくねえぜ?」

 氷潟夕真はそう言うと立ち上がり、その場をあとにする素振そぶりを見せた。

「待ってくれ、氷潟」

「……?」

 帰ろうとした彼を呼びとめ、ウツロは手にしているフーガスを差し出した。

「これ、よかったら」

「……」

 氷潟夕真は足を止め、キョトンとした。

「お前から、いや、お前たちから聞きたいことは山のようにある……でもいまは、少なくともそうするべきじゃないと思うんだ」

 理由はよくわからないが、彼がこの場を取り持ってくれた――

 感謝というと奇妙だけれど、ウツロはとりあえず、氷潟夕真の顔を立てることにしたのだ。

「……俺は、甘いものが嫌いでね」

 そう言いながらも、彼はすれ違いざまに、ウツロの手からフーガスをひったくった。

「忘れるなウツロ、お前を狙っているのは、俺や朱利しゅりだけじゃないってことをな……」

「……」

 ぬぐい去れない不安感、それがウツロの中にはあった。

 氷潟夕真はフーガスに食らいつきながら、法面のりめんの階段を上がっていった。

「柾樹、大丈夫か?」

 氷潟夕真の姿が視界から消えるのを確認し、ウツロは南柾樹の身を案じた。

「ああ、ご覧のとおり、ピンピンしてらあ」

 南柾樹は立ち上がり、体をこきこき言わせた。

「もう、柾樹っ! 本当に心配したんだから!」

「だから悪かったって龍子。ウツロも、心配かけたな」

「あ、いや、いいんだよ。さあみんな、もう日が暮れるから、帰ろうよ」

 どうやら一段落いちだんらくはついたようだ。

 ウツロは『組織』にまつわる事柄ことがらに、不安がぬぐえなかった。

 だが自分の疑念は誤解であったようだと、その部分は安心した。

 たほう親友を疑ってしまったことに対し、彼の心には、久しぶりに自己否定の衝動が芽生めばえ、精神的に複雑だった。

「さ、行こうよ柾樹」

「ああ……」

 真田龍子が南柾樹を誘導する。

 彼女もまた、疑念が晴れたことに安心しつつ、ウツロに対してひどい態度を取ってしまった自分を、激しく呪った。

 三人の少年少女、そのあまりにも不器用すぎるひとコマだった。

「今日の夕飯ゆうはん、なんだろうね」

「いまごろ虎太郎こたろうが気合いを入れて作ってるだろうから、楽しみだね」

 ウツロと真田龍子は、とりとめのない会話で盛り上がりながら歩いた。

 その背中を見つめながら、南柾樹は思索しさくしていた。

 こいつらには言ったほうがいいんだろうな……

 とりあえずいまは、やめとくけど……

「ウツロ、おなか鳴ってるし!」

「鳴ってないよ! 龍子こそ!」

「失礼だなあ、女子に向かって!」

「龍子の場合はドラゴン級だろう?」

「なんだって~、この昭和野郎!」

「な、なんだよそれ!」

 こんなふうに二人は、どうでもいいノリツッコミに花を咲かせている。

 南柾樹はそれを見ていて、逆に憂鬱ゆううつになってきた。

 そんなこと言われてもね……

 俺の親父が、その『組織』のボスだとかさ……

(『第25話 洋館アパート「さくらかん」』へ続く)
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