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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第23話 亀裂
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下校の道すがら、移動販売車で購入したスイーツを食べ、橋を渡っていたウツロと真田龍子。
眼下の河川敷でケンカをしている南柾樹と氷潟夕真を発見した真田龍子は、それを止めようとするが――
「待ってくれ龍子。落ち着いて、そしてきいてほしいんだ」
「ウツロ……?」
ウツロは食事をやめ、急に真剣な表情になって、彼女に顔を合わせた。
「いいかい? 第一に、さっきの雅の話によれば、この国を掌握している謎の組織があって、刀子朱利や氷潟夕真は、その組織とのつながりがあるらしい。第二に、刀子朱利の告白どおりなら、その組織は、俺たち特定生活対策室の情報を握っているということになる。そして、柾樹と氷潟は、いつもあの河川敷でケンカをしている。龍子、これが何を意味すると思う?」
「まさか、ウツロ……」
真田龍子の脳裏に不安がよぎった。
彼女はそれを隠せない顔を、ウツロに送った。
「そう、氷潟夕真は、刀子朱利とはあるいは単独で、柾樹から情報を収集している可能性がある、ということだね」
「……」
果たしてその不安は、ウツロが言い当てたのである。
「信じたくはない……特生対のデータベースから情報を搾取だとか、もしくは特生対がそもそも、その組織とつながっているだとか、考えられる選択肢はいくらでもある……でも、あくまで可能性の一つだけれど、存在すると思うんだ」
「……柾樹が、その組織の、スパイだっていうの……?」
柾樹が謎の組織のスパイ――
ウツロはそう疑っている。
真田龍子は舌の先がこわばっていく感覚に陥った。
「誤解しないでほしい、龍子。俺が言っているのはあくまで、形式上のことなんだ。もちろん、ただの憶測であることを願っているけれどね」
ウツロの言うことはもっともかもしれない。
しかし、言い方というものがある。
彼女はここで、愛する存在に対し、はじめて軽蔑の念をいだいた。
「……ウツロ、こんなこと言うのはつらいけど……あなた、最低だよ」
「……」
最低――
そんな単語を吐かれ、ウツロはショックを受けた。
しかし燃料を投下したのは間違いなく自分だ。
彼は黙って、真田龍子の言い分をきこうと思った。
「柾樹がそんなこと、するわけないじゃない……それはあなたが、ウツロがいちばんよく知っていることでしょう?」
「もちろん、俺は柾樹のことをよく知っている……と、思い込んでいるだけなのかもしれない」
「……」
反抗したかったわけでは、決してない。
しかしウツロの真正面な性格が、そんな言葉をそらんじさせた。
「俺は少なくとも、柾樹と出会ってからのことしか、柾樹のことを知らない。柾樹は重い過去を背負っている。そのことについて、問いただそうなんて、俺にはできない。だから俺は、柾樹のことをすべて知っているとは、決して言えないんだ」
「ウツロ……」
彼は続けたが、真田龍子はますます軽蔑の念を強く持ってしまった。
二人ともバカ正直な性格だが、その微妙な認識のズレが、齟齬として爆発してしまった。
「信じたい……俺だって、柾樹のことを信じたい……でも……」
ぱしんっ!
「いいかげんにして……ウツロ、あなたがそんな人間だなんて、思いもしなかった……あなた、柾樹に助けてもらったでしょう……? 絶望的な状況に置かれたあなたを、柾樹は自分を犠牲にして救ったんだよ……!? その恩も忘れて、柾樹を疑うだなんて……恥ずかしくないの、人として……!?」
「龍子……」
真田龍子はウツロを平手打ちにし、怒りの形相をぶつけた。
直情的な彼女ではあったが、今回ばかりは間が悪すぎた。
それでもなお、その憎悪は収まらない。
「ああ、人じゃなかったんだっけ? 毒虫だもんね、ウツロは!」
勢いのあまり真田龍子は、よりにもよってタブー中のタブーを、愛するウツロに向け、吐き捨ててしまった。
「……ごめん、ウツロ……わたし、なんてことを……」
彼女は言い放ったあと、とんでもないことをしてしまったことに気づき、みるみる顔がこわばってきた。
「いや、いいんだ、龍子……それだけのことを、俺はしたんだから……」
察したウツロが声をかける。
だが真田龍子は思い出してしまった。
かつて自分が弟にしてしまったように――
苦しみを吐露する弟・虎太郎を罵倒し、最悪の事態を招きかけたように、いま自分は、あろうことか愛の対象であるウツロに対し、同じことをしてしまった。
クズだ、わたしは人間のクズだ……
トラウマがよみがえってくる。
爆発しそうだ……
終わりだ、わたしは……
そんな葛藤に強襲された。
「……ごめんなさい、ウツロ……ごめんなさい……」
彼女は顔を抑えながら、全身を震わせている。
「龍子……」
ウツロは耐えられなかった。
自分が余計なことを言ってしまったせいで……
「龍子、すまない……!」
抱きしめる。
ウツロには真田龍子の体が、冷凍されていたかのように冷たく感じた。
こんなに苦しい思いをさせてしまったのか……
彼はおのれのおこないをひどく後悔した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「龍子……」
不器用だった。
それは単に、彼らがまだ幼いからというだけではなく――
地面に食べかけのフーガスが落ちていた。
真田龍子が自分の分を手放したのだ。
ウツロは彼女を抱擁したまま、クリームだの溶けたバターなどがごちゃごちゃになって、ドロっとしたそれを見下ろしていた。
虚ろになった目つきで。
これが俺の心の中なのかもしれない、と――
(『第24話 河川敷の決闘』へ続く)
眼下の河川敷でケンカをしている南柾樹と氷潟夕真を発見した真田龍子は、それを止めようとするが――
「待ってくれ龍子。落ち着いて、そしてきいてほしいんだ」
「ウツロ……?」
ウツロは食事をやめ、急に真剣な表情になって、彼女に顔を合わせた。
「いいかい? 第一に、さっきの雅の話によれば、この国を掌握している謎の組織があって、刀子朱利や氷潟夕真は、その組織とのつながりがあるらしい。第二に、刀子朱利の告白どおりなら、その組織は、俺たち特定生活対策室の情報を握っているということになる。そして、柾樹と氷潟は、いつもあの河川敷でケンカをしている。龍子、これが何を意味すると思う?」
「まさか、ウツロ……」
真田龍子の脳裏に不安がよぎった。
彼女はそれを隠せない顔を、ウツロに送った。
「そう、氷潟夕真は、刀子朱利とはあるいは単独で、柾樹から情報を収集している可能性がある、ということだね」
「……」
果たしてその不安は、ウツロが言い当てたのである。
「信じたくはない……特生対のデータベースから情報を搾取だとか、もしくは特生対がそもそも、その組織とつながっているだとか、考えられる選択肢はいくらでもある……でも、あくまで可能性の一つだけれど、存在すると思うんだ」
「……柾樹が、その組織の、スパイだっていうの……?」
柾樹が謎の組織のスパイ――
ウツロはそう疑っている。
真田龍子は舌の先がこわばっていく感覚に陥った。
「誤解しないでほしい、龍子。俺が言っているのはあくまで、形式上のことなんだ。もちろん、ただの憶測であることを願っているけれどね」
ウツロの言うことはもっともかもしれない。
しかし、言い方というものがある。
彼女はここで、愛する存在に対し、はじめて軽蔑の念をいだいた。
「……ウツロ、こんなこと言うのはつらいけど……あなた、最低だよ」
「……」
最低――
そんな単語を吐かれ、ウツロはショックを受けた。
しかし燃料を投下したのは間違いなく自分だ。
彼は黙って、真田龍子の言い分をきこうと思った。
「柾樹がそんなこと、するわけないじゃない……それはあなたが、ウツロがいちばんよく知っていることでしょう?」
「もちろん、俺は柾樹のことをよく知っている……と、思い込んでいるだけなのかもしれない」
「……」
反抗したかったわけでは、決してない。
しかしウツロの真正面な性格が、そんな言葉をそらんじさせた。
「俺は少なくとも、柾樹と出会ってからのことしか、柾樹のことを知らない。柾樹は重い過去を背負っている。そのことについて、問いただそうなんて、俺にはできない。だから俺は、柾樹のことをすべて知っているとは、決して言えないんだ」
「ウツロ……」
彼は続けたが、真田龍子はますます軽蔑の念を強く持ってしまった。
二人ともバカ正直な性格だが、その微妙な認識のズレが、齟齬として爆発してしまった。
「信じたい……俺だって、柾樹のことを信じたい……でも……」
ぱしんっ!
「いいかげんにして……ウツロ、あなたがそんな人間だなんて、思いもしなかった……あなた、柾樹に助けてもらったでしょう……? 絶望的な状況に置かれたあなたを、柾樹は自分を犠牲にして救ったんだよ……!? その恩も忘れて、柾樹を疑うだなんて……恥ずかしくないの、人として……!?」
「龍子……」
真田龍子はウツロを平手打ちにし、怒りの形相をぶつけた。
直情的な彼女ではあったが、今回ばかりは間が悪すぎた。
それでもなお、その憎悪は収まらない。
「ああ、人じゃなかったんだっけ? 毒虫だもんね、ウツロは!」
勢いのあまり真田龍子は、よりにもよってタブー中のタブーを、愛するウツロに向け、吐き捨ててしまった。
「……ごめん、ウツロ……わたし、なんてことを……」
彼女は言い放ったあと、とんでもないことをしてしまったことに気づき、みるみる顔がこわばってきた。
「いや、いいんだ、龍子……それだけのことを、俺はしたんだから……」
察したウツロが声をかける。
だが真田龍子は思い出してしまった。
かつて自分が弟にしてしまったように――
苦しみを吐露する弟・虎太郎を罵倒し、最悪の事態を招きかけたように、いま自分は、あろうことか愛の対象であるウツロに対し、同じことをしてしまった。
クズだ、わたしは人間のクズだ……
トラウマがよみがえってくる。
爆発しそうだ……
終わりだ、わたしは……
そんな葛藤に強襲された。
「……ごめんなさい、ウツロ……ごめんなさい……」
彼女は顔を抑えながら、全身を震わせている。
「龍子……」
ウツロは耐えられなかった。
自分が余計なことを言ってしまったせいで……
「龍子、すまない……!」
抱きしめる。
ウツロには真田龍子の体が、冷凍されていたかのように冷たく感じた。
こんなに苦しい思いをさせてしまったのか……
彼はおのれのおこないをひどく後悔した。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「龍子……」
不器用だった。
それは単に、彼らがまだ幼いからというだけではなく――
地面に食べかけのフーガスが落ちていた。
真田龍子が自分の分を手放したのだ。
ウツロは彼女を抱擁したまま、クリームだの溶けたバターなどがごちゃごちゃになって、ドロっとしたそれを見下ろしていた。
虚ろになった目つきで。
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