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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第17話 プライド
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体育倉庫をあとにした刀子朱利は、痛む体を黙らせながら、校舎裏へと向かった。
「……っ!?」
教職員用出入口わきの壁にもたれかかって、氷潟夕真が待っていた。
彼女が近づくと、彼はスッと目を開け、鋭い視線を送った。
「ふん、ぜんぶ『観察』してたってわけだね」
「……」
状態を維持したまま、氷潟夕真は黙っている。
「何よ? 何か言いたいことがあるんでしょ?」
「……」
相変わらず彼は沈黙している。
「ああ、もう。こっちはヘトヘトだってのに、ああイラつく……まったく、もう少しで雅のやつをぶっ殺せたってのにさ。毒虫のウツロ……あいつさえ邪魔に入らなかったらね……」
刀子朱利は正直な胸中を、幼なじみの前で吐露した。
「……敗者の弁、か」
氷潟夕真は静かに、しかしはっきりとそう言った。
「てめえ、夕真、口のきき方に気をつけろよ? もういっぺん言ってみろ、八つ裂きにしてやる……!」
「……吠えるな、負け犬がよ」
その言葉に、彼女は怒髪天に達した。
「てめえ、ぶっ殺してや……」
セリフをしゃべり終える前に、氷潟夕真の大きな手が、刀子朱利の首に食らいついていた。
「んぐ、んんん……!」
首根っこを引っつかまれたまま中空へと持ち上げられ、彼女は激しく嗚咽した。
「……こういうことだ、朱利。お前は詰めが甘すぎる……だから勝てないんだぜ、雅ごときにな……」
淡々とした口調で、彼は吐き捨てた。
だが刀子朱利の耳には、ほとんど入っていない。
呼吸が困難なあまり、体をバタつかせ、苦悶の表情を浮かべている。
「ぶはっ……!?」
灸を据えたと思ったタイミングで、氷潟夕真はスッと手を放した。
「げほっ、げほ……」
刀子朱利は酸素を取り戻そうと必死になっている。
そんな彼女を、金髪の少年は冷ややかな目線で見下ろした。
「夕真……げほっ、げほ……なにすん、だよ……」
刀子朱利は地面に伏した状態で、彼を見上げた。
その目からは苦痛の涙が垂れている。
「……朱利、お前は頭が悪いんじゃない、学習能力がなさすぎるんだ……それを伝えたかったんだよ……」
氷潟夕真は冷い表情を変えず、そう言い放った。
「何を、生意気な……」
ようやく呼吸が落ち着いてきたが、幼なじみからの通達が悔しくてしかたなかった。
それが図星であることを、彼女はわかっていたからだ。
決して認めたくはなかったが。
「……屈辱だろ? それでいい……その屈辱で、今度こそ雅を殺せばいい……」
屈折してはいるが、これが彼なりの、幼なじみへの応対だった。
彼は踵を返すと、歩き出した。
「ふん……」
刀子朱利はやっと立ち上がり、氷潟夕真の遠ざかっていく背中をにらんだ。
「わかってるし、そんなこと。次こそ雅をぶち殺す……それは確定してるんだからね?」
歩きながら彼は、心の中でため息をついた。
「……やっぱりお前、バカだよな……」
刀子朱利はギリギリと歯軋りをした。
「……ああ、そうだ……」
「な、何よ……」
氷潟夕真は突然立ち止まって、なにやら切り出した。
「……万城目日和」
「……!?」
「……ウツロと接触したようだ。お前たちが倉庫でドンパチやってるのを、わざわざ教えてやったみたいだぜ……」
刀子朱利は驚愕した。
万城目日和――
かつてウツロの父・似嵐鏡月が殺害した政治家・万城目優作のひとり娘。
実は似嵐鏡月に保護されており、ウツロと同様、暗殺のイロハを叩き込まれた。
特定生活対策室のデータベースから『失敬した』情報には、確かにそうあった。
「万城目日和、ついに動いたんだね……何が目的? ウツロやわたしたちを、かく乱したいってこと……?」
刀子朱利はのどを詰まらせながら、氷潟夕真に問いただした。
「……さあな、そこまではわからない。だが確実にいえるのは、俺たちも油断はできないってことだ……」
「ぐ……」
彼は再び歩き出した。
「待ちなさいよ、話はまだ……」
「俺の話は終わった。少なくともな……」
「く……」
大きな背中がどんどん遠ざかっていく。
「はん、どうせまた、あの南柾樹と仲良くケンカでもしようってんでしょ!? いいよねえ、かまってくれるお友達がいてさ!」
氷潟夕真は何も答えない。
彼の姿はついに、校舎の陰へと消えた。
「う……」
刀子朱利は拳を握った。
強さのあまり、血がにじんでくる。
それほどの屈辱だったのだ。
仇敵である星川雅に敗北した挙句、幼なじみの氷潟夕真にまで虚仮にされた――
「ぐ、うう……」
彼女は涙を流した。
今度は苦痛からではない。
そのプライドを、強すぎる自身のプライドを、ずたずたに引き裂かれたことによるものだった。
「ちく、しょう……」
全身を震わせ、刀子朱利は咆哮した。
「ちっく、しょおおおおおおおおおおっ……!」
その声はただ、氷潟夕真の耳にだけ届いていた。
それ以外は人気のない放課後の黄昏に、溶け込むように消えていったのだった――
(『第18話 保健室の鼎談』へ続く)
「……っ!?」
教職員用出入口わきの壁にもたれかかって、氷潟夕真が待っていた。
彼女が近づくと、彼はスッと目を開け、鋭い視線を送った。
「ふん、ぜんぶ『観察』してたってわけだね」
「……」
状態を維持したまま、氷潟夕真は黙っている。
「何よ? 何か言いたいことがあるんでしょ?」
「……」
相変わらず彼は沈黙している。
「ああ、もう。こっちはヘトヘトだってのに、ああイラつく……まったく、もう少しで雅のやつをぶっ殺せたってのにさ。毒虫のウツロ……あいつさえ邪魔に入らなかったらね……」
刀子朱利は正直な胸中を、幼なじみの前で吐露した。
「……敗者の弁、か」
氷潟夕真は静かに、しかしはっきりとそう言った。
「てめえ、夕真、口のきき方に気をつけろよ? もういっぺん言ってみろ、八つ裂きにしてやる……!」
「……吠えるな、負け犬がよ」
その言葉に、彼女は怒髪天に達した。
「てめえ、ぶっ殺してや……」
セリフをしゃべり終える前に、氷潟夕真の大きな手が、刀子朱利の首に食らいついていた。
「んぐ、んんん……!」
首根っこを引っつかまれたまま中空へと持ち上げられ、彼女は激しく嗚咽した。
「……こういうことだ、朱利。お前は詰めが甘すぎる……だから勝てないんだぜ、雅ごときにな……」
淡々とした口調で、彼は吐き捨てた。
だが刀子朱利の耳には、ほとんど入っていない。
呼吸が困難なあまり、体をバタつかせ、苦悶の表情を浮かべている。
「ぶはっ……!?」
灸を据えたと思ったタイミングで、氷潟夕真はスッと手を放した。
「げほっ、げほ……」
刀子朱利は酸素を取り戻そうと必死になっている。
そんな彼女を、金髪の少年は冷ややかな目線で見下ろした。
「夕真……げほっ、げほ……なにすん、だよ……」
刀子朱利は地面に伏した状態で、彼を見上げた。
その目からは苦痛の涙が垂れている。
「……朱利、お前は頭が悪いんじゃない、学習能力がなさすぎるんだ……それを伝えたかったんだよ……」
氷潟夕真は冷い表情を変えず、そう言い放った。
「何を、生意気な……」
ようやく呼吸が落ち着いてきたが、幼なじみからの通達が悔しくてしかたなかった。
それが図星であることを、彼女はわかっていたからだ。
決して認めたくはなかったが。
「……屈辱だろ? それでいい……その屈辱で、今度こそ雅を殺せばいい……」
屈折してはいるが、これが彼なりの、幼なじみへの応対だった。
彼は踵を返すと、歩き出した。
「ふん……」
刀子朱利はやっと立ち上がり、氷潟夕真の遠ざかっていく背中をにらんだ。
「わかってるし、そんなこと。次こそ雅をぶち殺す……それは確定してるんだからね?」
歩きながら彼は、心の中でため息をついた。
「……やっぱりお前、バカだよな……」
刀子朱利はギリギリと歯軋りをした。
「……ああ、そうだ……」
「な、何よ……」
氷潟夕真は突然立ち止まって、なにやら切り出した。
「……万城目日和」
「……!?」
「……ウツロと接触したようだ。お前たちが倉庫でドンパチやってるのを、わざわざ教えてやったみたいだぜ……」
刀子朱利は驚愕した。
万城目日和――
かつてウツロの父・似嵐鏡月が殺害した政治家・万城目優作のひとり娘。
実は似嵐鏡月に保護されており、ウツロと同様、暗殺のイロハを叩き込まれた。
特定生活対策室のデータベースから『失敬した』情報には、確かにそうあった。
「万城目日和、ついに動いたんだね……何が目的? ウツロやわたしたちを、かく乱したいってこと……?」
刀子朱利はのどを詰まらせながら、氷潟夕真に問いただした。
「……さあな、そこまではわからない。だが確実にいえるのは、俺たちも油断はできないってことだ……」
「ぐ……」
彼は再び歩き出した。
「待ちなさいよ、話はまだ……」
「俺の話は終わった。少なくともな……」
「く……」
大きな背中がどんどん遠ざかっていく。
「はん、どうせまた、あの南柾樹と仲良くケンカでもしようってんでしょ!? いいよねえ、かまってくれるお友達がいてさ!」
氷潟夕真は何も答えない。
彼の姿はついに、校舎の陰へと消えた。
「う……」
刀子朱利は拳を握った。
強さのあまり、血がにじんでくる。
それほどの屈辱だったのだ。
仇敵である星川雅に敗北した挙句、幼なじみの氷潟夕真にまで虚仮にされた――
「ぐ、うう……」
彼女は涙を流した。
今度は苦痛からではない。
そのプライドを、強すぎる自身のプライドを、ずたずたに引き裂かれたことによるものだった。
「ちく、しょう……」
全身を震わせ、刀子朱利は咆哮した。
「ちっく、しょおおおおおおおおおおっ……!」
その声はただ、氷潟夕真の耳にだけ届いていた。
それ以外は人気のない放課後の黄昏に、溶け込むように消えていったのだった――
(『第18話 保健室の鼎談』へ続く)
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