桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第14話 デーモン・ペダル

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「見せてやるよ、わたしのアルトラ、『デーモン・ペダル』を……!」

 刀子朱利かたなご しゅりの姿が、一匹の巨大な毒虫どくむしの形に変わった。

「ふん、正体を現したね。ムカデ女・・・・

 よどんだ緑色のボディ、おびただしい数の赤色の足、体育倉庫を埋めつくさんばかりの巨体……

 星川雅ほしかわ みやびの言うとおり、それは規格外に大きな『ムカデ』だった。

「きゃはは雅! このデーモン・ペダルで粉々こなごなにしてあげるよ!」

 獰猛どうもうな頭部のすぐ下に張りついた刀子朱利は、邪悪な表情でケラケラと笑った。

「あ、あ……」

 真田龍子さなだ りょうこは恐怖のあまり足がすくんでしまった。

「龍子、あれが朱利のアルトラ『デーモン・ペダル』だよ。見てのとおり、ムカデに変身できるんだ。まったく、おぞましい能力だよね」

 星川雅は大ムカデのみにくさをさげすみつつ、戦闘態勢をとった。

「はっ、頭に口がついてるバケモノに言われたくないなあ。さあ雅、行くよっ!」

 ムカデの頭部がこっちに突っこんでくる。

「くっ……!」

 星川雅はそれをよけ、背後をとった。

「雅っ、後ろ……!」

 真田龍子の声にふり返ると、ムカデの尻尾しっぽせまっていた。

「あがあっ!」

 思いきり打ちのめされ、コンクリートの地面に叩きつけられる。

「うぐ、んん……」

 二竪にじゅつえにして、星川雅はやっと立ち上がった。

「きゃはは、た~のしいっ! あんのをいたぶるのはねえ、雅?」

「ちょーし、乗ってんじゃあねえぞ、朱利いいい……」

「へえ、まだそんな減らず口がきけるんだ。どう、ギブアップする?」

「誰が、するかよ……!」

 星川雅はアルトラ『ゴーゴン・ヘッド』で、髪の毛を刀子朱利のほうへしゅるしゅるとばした。

「んっ……!?」

 なにこれ、心臓が……

 動悸どうき息切いきぎれにおそわれ、体から力が抜けていく。

「ふふふ、きいてきたみたいだね」

 足がいうことをきかない。

 彼女はそのまま地面にひれ伏してしまった。

「あーらどうしたの雅? 気が変わったの? 土下座なんてしちゃってさ」

「てめえ、朱利……なに、しやがった……」

 ぜえぜえと荒い呼吸をしながら、星川雅は二竪にじゅでふんばってやっと顔を上げている状態だ。

「毒だよ、ムカデのね。さっき攻撃したとき、しこんでおいたのさ。ちょっと引っかいた程度だけど、効果はテキメンでしょ?」

 星川雅は太ももの裏に、ちっぽけな切り傷がついていることに気づいた。

 患部かんぶは赤くただれている。

「雅っ……!」

 真田龍子がかけよった。

 彼女は星川雅を抱きしめ、身をていしてかばった。

「ダメ、龍子……このままじゃ、あなたまで……」

「できないってそんなこと! これ以上、雅が傷つくとこなんて見てられないよ!」

「龍子……」

 やり取りを傍観ぼうかんしていた刀子朱利は、気が抜けていくのを感じた。

「アホらしい。友情ごっこってゆーの? 真田さん、知ってるんだよ? そいつがあなたのこと、ていのいいオモチャにしてるってこととかさ。守る価値なんてあると思う? 切っちゃいなよそんなやつ。そうすればあなたは自由だよ?」

 星川雅を罵倒ばとうする刀子朱利を、真田龍子は見上げた。

「お願い、刀子さん。もうやめて、雅を傷つけないで……!」

 涙を流すその顔は本心から――

 刀子朱利はそれが無性むしょうにイライラしてきた。

「お願い、刀子さん! わたしでいいなら、きにでもなんでもしていいから!」

 真田龍子は決然とそう言い放った。

「ふーん、そう……」

 ムカデの触手が後ろから彼女を捕らえた。

「きゃあっ!」

 高い位置、刀子朱利と目線のあうところまで引っ張りあげられ、はりつけのようなかっこうにされる。

「どう? 屈辱くつじょくじゃない、こんなことされてさ? これでもまだ、雅がうーたらなんて言えるの?」

「あああああっ!」

 ムカデのおびただしい足が、捕らえた真田龍子をめあげる。

 激痛と恐怖に彼女の顔がゆがんだ。

「さあ真田さん、雅の代わりにわたしに謝ってよ? そうすれば考えてあげないこともないからさ?」

 真田龍子は口をパクパク動かしている。

「うーん、なに? 聞こえないなあ」

 刀子朱利はムカデの体を尻尾のほうへと近づけた。

「……あなたの負けよ、刀子さん」

 真田龍子がそう言ったのを、刀子朱利は確かに聞いた。

「なにを言って……」

 刀子朱利のむなもとに、柳葉刀りゅうようとうが突き刺さった。

「あ……」

 何が起こった?

 これは、雅の二竪にじゅ……

「あっ、があああああっ!」

 次の瞬間襲ってきた激痛に、ムカデの巨体が震え、もだえた。

 苦しみあまって、彼女は捕らえていた真田龍子を放してしまった。

「わあっ!」

 放り出された真田龍子が落下する。

 目前もくぜんにコンクリートの地面が迫って――

「ふう、やっぱりバカだよねあなた?」

 星川雅――

 激突する寸前で真田龍子をキャッチした彼女が、りんとしてそこに立っていた。

 刀子朱利にはわけがわからなかった。

「雅、なんで……わたしの毒で、動けないはずじゃ……」

 胸もとに突き刺さった大刀だいとうつかを握りしめ、いまいましいという表情をする。

「ありがとう龍子。さすがはわたしの優秀な『ペット』。ほめてつかわす」

「うーん、喜んでいいんだか……」

 っこされた真田龍子は、照れくさい顔をした。

「ま、まさか……」

「いまごろ気づいたの? ずいぶんのんびりだね、朱利?」

 星川雅の体がうっすらと光のまくに包まれているのに、刀子朱利は気づいた。

「貴様、真田龍子……アルトラを雅に使ったな……!?」

「えへへ」

 真田龍子は星川雅の腕の中で頭をさすった。

「そ、あの『友情ごっこ』のとき、龍子が『パルジファル』で、わたしの体に回った毒を吸い出してくれてたってわけ。おわかり、おバカちゃん?」

 刀子朱利は歯ぎしりをしてくやしがった。

 星川雅は真田龍子をやさしく地面へ下ろす。

「て、てめえ、雅いいいいい! ぶっ殺してやる!」

 いよいよ鬼の形相ぎょうそうとなった刀子朱利は、突き刺さっている柳葉刀を勢いよく引き抜いた。

 胸もとからだらだらと、汚水おすいのようなおぞましい色の体液があふれ出る。

「あんたの『ぶっ殺す』はもう聞き飽きたって。いったいいつになったら『ぶっ殺す』が完了するのさ? そういうのって、『ぶっ殺したあと』に言ったほうがかっこよくない?」

「うるさい! 死ねえええええっ!」

 刀子朱利は引き抜いた柳葉刀を、星川雅へ向け、投げつけた。

 だが星川雅はいともたやすく、それをキャッチしてみせた。

「ありがとう、返してくれて」

「ぐぬう、ぐぐぐ……」

 大ムカデは体を震わせていかくるっている。

「さあ朱利、フィナーレといきましょうか?」

「雅いいいいいっ!」

 刀子朱利はムカデの巨体で突っ込んでくる。

「龍子、放れてて!」

「う、うん!」

 破れかぶれの一撃、星川雅はそれを軽々かるがるとかわし、中空ちゅうくう跳躍ちょうやくした。

「バーカ、八角八艘跳はっかくはっそうとびなんて、とっくに見切ってるって!」

「ほんとうにそうかしら?」

 星川雅の数が増殖ぞうしょくする。

 分身の術よろしく、体育倉庫中、大ムカデの体のいたるところにまで、彼女の姿が映し出された。

「バカな、これは……この技は・・・・あのお方の・・・・・……」

 倉庫内を埋め尽くした星川雅の『分身』は、口角こうかくを上げて一様いちようにほほんだ。

五月雨影月さみだれえいげつ……!」

(『第15話 五月雨影月さみだれえいげつ』へ続く)
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