桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

文字の大きさ
上 下
84 / 113
第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)

第2話 音楽室のウツロ

しおりを挟む
「うわー……」

 真田龍子さなだ りょうこが三階の音楽室に到着とうちゃくしたとき、ごったがえした野次馬やじうまれが目に入ってきて、ひどくうんざりした。

 女子たちはこぞって、うわさの美少年と揶揄やゆされるウツロを見ようと、わいわいがやがやさわいでいる。

「あれが佐伯悠亮さえき ゆうすけくん?」

「春の終わりころ、二年部に編入してきたんだって」

「クールイケメンで、ピアノもうまいなんてね」

頭脳ずのう明晰めいせきらしいよ。アメリカがえりで英語もペラペラらしいし」

「すごいチートスペックじゃん!」

「あ、でも、いるらしいよ、お相手」

「えーっ、マジでー!?」

「そりゃ、あんな完璧超人かんぺきちょうじん、フリーなわけないって」

「女子なの?」

「は?」

「いや、ああいうタイプって、意外にこっちとか」

「うーん、言われてみれば、なきにしもあらず……」

 こんな調子で取り巻きたちは、勝手かってにかしましくしていた。

「うーん、うーむ……」

 彼女たちの背中がかべになって、どうにも前には進めない。

 真田龍子はやきもきしてうなっていた。

「龍子、こっちだよ!」

瑞希みずき!」

 『壁』の上から手が上がって、クラスメイト・長谷川瑞希はせがわ みずきの声が聞こえた。

「こっちこっち、早く!」

「わ、わあっ!」

 『壁』の中心をつらぬいて、少女のうでがにゅっと差し出された。

「ひゃあっ!」

 驚いている取り巻きたちを尻目しりめに、その手は真田龍子のむなぐらをつかむと、いきおいをつけて手前てまえに引き込んだ。

「はい、いっちょあがりー」

「もう、瑞希! はは、すみません……」

 白い目を向けられて、真田龍子はしかたなく、もうわけなさそうにふるまってみせた。

 長谷川瑞希は黄色いカチューシャをカリカリといじっている。

 彼女はバレー部に所属していて、同じ体育会系の真田龍子とは、奇妙きみょうなくらい馬が合う。

 肩口かたぐちにのぞいたストレートヘアーをさらりと返して、長谷川瑞希は遅れてきた親友に、小憎こにくらしい顔を向けた。

「ったく、遅刻ちこくなんてしてんじゃあないよー、このこの。ねえ、先輩せんぱい?」

「長谷川さんの言うとおりね」

「あ、日下部くさかべ先輩……」

 バッハの肖像画しょうぞうがの前に陣取じんどっていた三年部の先輩・日下部百合香くさかべ ゆりかが、眼鏡めがねのメタルフレームをくいっと直して、真田龍子をじろりとにらんだ。

「真田さん、この演奏会に遅刻とは、あなたらしくないわね」

「すみません、先輩。わたしったら、そそっかしいから……」

「言い訳なんて聞くたくないわね。聴きたいのは音楽よ?」

「はあ、あはは……」

 本人はハイセンスな表現だと思っているのだが、実際はただのダジャレである。

 日下部百合香は音楽部の部長で、実質的にこの音楽室のぬしだ。

 真田龍子の所属している弁論部にも、客員きゃくいんしょうしてかけもちをしているから、彼女のことは目にかけて、よくしている。

 日下部百合香はまたメタルフレームを直すと、真田龍子の視線を『音源おんげん』のほうへと誘導ゆうどうした。

「ほら、前をごらん。あれを見に来たんでしょう?」

「……」

 真田龍子は体をひるがえして、それにしたがった。

 ウツロ、ウツロだ。
 ウツロが、いる。
 ピアノを、いている。

 ボリュームのある黒髪くろかみ、けっこうクセがあるんだよね。
 黒帝こくていの制服、黒いブレザーとズボン、似合ってるよ。
 桜色のネクタイだって、素敵だよ。

 ああ、ウツロ……
 好き、愛してる……

 こんなふうに彼女は、自分の気持ちをおもえがいた。
 しかしいっぽうで、ウツロが自分以外の存在から注目されることに嫉妬しっとした。

 どうして?
 わたしとウツロは愛しあっているのに……

 どうしてわたしだけのものじゃないの……?
 ウツロをひとめにしたい……

 わたしとウツロだけがいればいい……
 それがかなうなら、こんな世界なんて、いっそ、壊れてしまえばいい……

 真田龍子の愛の深さは、そのまま彼女のやみの深さなのかもしれない。
 それは誰よりも彼女自身が、いちばんよく理解していた。

 それでもなお、愛することをやめられない。
 やめられるわけがない。

 いつかこの気持ちが悪いほうへ向かうのではないかという不安を胸にいだきながら、さらに彼女はウツロのことを強くおもった。

 そしてそんな真田龍子の心をなだめるように、ピアノの調べはいよいよやさしく、音楽室にひびきわたった――

(『第3話 氷潟夕真ひがた ゆうま刀子朱利かたなご しゅり』へ続く)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

拷問部屋

荒邦
ホラー
エログロです。どこからか連れてこられた人たちがアレコレされる話です。 拷問器具とか拷問が出てきます。作者の性癖全開です。 名前がしっくり来なくてアルファベットにしてます。

【R18】セーラー美少女戦士アクア 誘拐強姦調教姦落 そして……

瀬緋 令祖灼
ファンタジー
月野市は日本の小さな地方都市。  ここには異次元の狭間があり時折ゲートが開き、異次元から怪人がやってくる。  この町を守るのがセーラー美少女戦士の役目であり高校生水野美紀は高校生活を送りつつ、セーラー美少女戦士の一員であるアクアとして、日々怪人と戦い撃退していた。  しかし、長くセーラー美少女戦士をしているため浮いた話の一つも無く、さみしいと感じるようになっていた。  そんなとき、彼女の通う学校が怪人に襲撃されてしまう。  すぐに迎撃に向かうが怪人の強さは圧倒的で、アクアは倒されて異世界にある怪人のアジトへ連れ去られて仕舞う。  そこで行われたのは度重なる戦いと負けた後に待っている恥ずかしい調教の日々だった。  それでもアクアは果敢に挑み、脱出の隙を窺い、挑戦する。  しかし、何回も負けて調教されている間にアクアに変化が。  ピクシブと、なろうのノクターンでも連載しています  *Rー18 強姦 拘束 レイプ グロ表現あり

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

処理中です...