38 / 235
第1作 桜の朽木に虫の這うこと
第37話 再会
しおりを挟む
ウツロは山を伝い、北へ向かってひたすら駆け抜けた。
アパートが山麓に建てられていたことが幸いした。
山中を行くのは骨が折れる。
しかもただでさえ、痛手を負った体だ。
肉体の節々が軋む。
だが、アクタと師・似嵐鏡月が無事であったという事実が、ウツロの苦痛を吹き飛ばした。
俺を待ってくれている――
承認欲求を満たしてあまりある興奮が、彼の足に拍車をかけた。
時間にして三十分ほど。
常人であれば不可能なタイムを、歓喜のウツロは叩き出した。
人首山の入り口には、褪せた朱塗りの鳥居がそびえていた。
招き入れるかのようなその佇まいに、彼は一瞬、足を止めた。
しかし、行くしかない――
ためらいはすぐ、わき上がる期待感にかき消された。
頂上へ向かって螺旋状の石段を一気に駆け上がる。
等間隔に配置された石灯籠の電飾が、ウツロを幻惑するようにゆらゆらと点滅している。
それが逆に、不安よりもむしろ焦燥を彼へあおった。
再び鳥居が見える。
あそこを越えれば中腹の辺りへ出るはずだ。
はやる気持ちを抑えながら、鳥居が作る暗黒の闇を、ウツロはくぐった。
*
「アクタ、お師匠様……いったい、どこに……」
鳥居をくぐると、桜の森に囲まれた広い空間に出た。
風もなく、辺りはしんと静まり返っている。
かすかな月明かりを頼りに、ところどころ草の生える地面を、ウツロはおそるおそる前進した。
「あれは……」
広場の中心に、ひときわ大きな一本の桜の木が、どっしりと根を下ろしている。
太い幹の周りに、注連縄らしきものが巻きつけられているのが見える。
どうやらここは鎮守の森らしい。
そのとき、雲間から少し春の満月が顔を出して、周囲をほのかに照らし出した。
「――!」
一本桜の根もとに大きな人影が浮かび上がった。
「アクタっ!」
アクタ、確かにアクタだ――
彼は大木の根に体を預け、うなだれたまま動かない。
気絶しているのか?
それとも、まさか――
ウツロは大地を蹴ってアクタに駆け寄った。
「アクタ、大丈夫か!? いったい何が――」
ウツロは反射的に足を止め、後方へ跳んだ。
強烈な殺気を感じたのだ。
桜の木からまがまがしい気配が伝わってくる。
「何者だ!? 出てこい!」
ぬうっと、大木の左側から、長身巨躯の男が姿を見せる。
「お師匠様っ!」
似嵐鏡月――
確かに彼だ。
ウツロの歓喜は頂点へ達した。
慌てて肩膝をつき、師の前へかしずく。
似嵐鏡月はゆっくりとアクタの横まで歩み寄り、ウツロのほうへ向き直った。
「お師匠様っ、無礼をお許しください! ご無事でなによりです!」
ウツロは顔を上げて率直な気持ちを述べた。
だが似嵐鏡月は、何も言わない。
黙ったままウツロを見つめているだけだ。
「アクタが、アクタが動かなくて……」
時が止まったようにそのままだ。
人形でも見ているように映る。
ウツロにはそれが何を意味しているのか、皆目わからなかった。
「お師匠様……?」
様子がおかしい。
その表情はまるで、感情が排除されたようだ。
「ウツロ」
やっと似嵐鏡月は、能面のような顔つきで、口を無理やりこじ開けるように言い放った。
「この、毒虫が」
(『第38話 否定』へ続く)
アパートが山麓に建てられていたことが幸いした。
山中を行くのは骨が折れる。
しかもただでさえ、痛手を負った体だ。
肉体の節々が軋む。
だが、アクタと師・似嵐鏡月が無事であったという事実が、ウツロの苦痛を吹き飛ばした。
俺を待ってくれている――
承認欲求を満たしてあまりある興奮が、彼の足に拍車をかけた。
時間にして三十分ほど。
常人であれば不可能なタイムを、歓喜のウツロは叩き出した。
人首山の入り口には、褪せた朱塗りの鳥居がそびえていた。
招き入れるかのようなその佇まいに、彼は一瞬、足を止めた。
しかし、行くしかない――
ためらいはすぐ、わき上がる期待感にかき消された。
頂上へ向かって螺旋状の石段を一気に駆け上がる。
等間隔に配置された石灯籠の電飾が、ウツロを幻惑するようにゆらゆらと点滅している。
それが逆に、不安よりもむしろ焦燥を彼へあおった。
再び鳥居が見える。
あそこを越えれば中腹の辺りへ出るはずだ。
はやる気持ちを抑えながら、鳥居が作る暗黒の闇を、ウツロはくぐった。
*
「アクタ、お師匠様……いったい、どこに……」
鳥居をくぐると、桜の森に囲まれた広い空間に出た。
風もなく、辺りはしんと静まり返っている。
かすかな月明かりを頼りに、ところどころ草の生える地面を、ウツロはおそるおそる前進した。
「あれは……」
広場の中心に、ひときわ大きな一本の桜の木が、どっしりと根を下ろしている。
太い幹の周りに、注連縄らしきものが巻きつけられているのが見える。
どうやらここは鎮守の森らしい。
そのとき、雲間から少し春の満月が顔を出して、周囲をほのかに照らし出した。
「――!」
一本桜の根もとに大きな人影が浮かび上がった。
「アクタっ!」
アクタ、確かにアクタだ――
彼は大木の根に体を預け、うなだれたまま動かない。
気絶しているのか?
それとも、まさか――
ウツロは大地を蹴ってアクタに駆け寄った。
「アクタ、大丈夫か!? いったい何が――」
ウツロは反射的に足を止め、後方へ跳んだ。
強烈な殺気を感じたのだ。
桜の木からまがまがしい気配が伝わってくる。
「何者だ!? 出てこい!」
ぬうっと、大木の左側から、長身巨躯の男が姿を見せる。
「お師匠様っ!」
似嵐鏡月――
確かに彼だ。
ウツロの歓喜は頂点へ達した。
慌てて肩膝をつき、師の前へかしずく。
似嵐鏡月はゆっくりとアクタの横まで歩み寄り、ウツロのほうへ向き直った。
「お師匠様っ、無礼をお許しください! ご無事でなによりです!」
ウツロは顔を上げて率直な気持ちを述べた。
だが似嵐鏡月は、何も言わない。
黙ったままウツロを見つめているだけだ。
「アクタが、アクタが動かなくて……」
時が止まったようにそのままだ。
人形でも見ているように映る。
ウツロにはそれが何を意味しているのか、皆目わからなかった。
「お師匠様……?」
様子がおかしい。
その表情はまるで、感情が排除されたようだ。
「ウツロ」
やっと似嵐鏡月は、能面のような顔つきで、口を無理やりこじ開けるように言い放った。
「この、毒虫が」
(『第38話 否定』へ続く)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる