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第1作 桜の朽木に虫の這うこと
第28話 調停
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「あの……」
くだんの騒動で、一同はしばらく沈黙して食事を口に運んでいたが、それを破ってささやくように、ウツロが声を上げた。
「どうしたの?」
眉間の湿布を押さえながら、真田龍子が返答した。
「ちょっと、聞いてもいいかな?」
「なんかあるのか?」
おそるおそるな雰囲気の要求に箸を戻して、南柾樹が聞き返す。
「その、わからないことがあまりにも多すぎて……魔王桜とか、アルトラとか……」
こんなことをこんな場で聞いてもいいものかと、ウツロは躊躇したのだけれど、疑問は解消しておきたいのが本音である。
それに、好奇心も少なからずある。
ウツロを囲む面々は押し黙っている。
「やはり、まずかったか?」とウツロは思ったが、そんな彼を察してか、星川雅が両手を膝に添えて口火を切った。
「そういえば確かに、具体的なことは何も話してなかったね。フェアーじゃないし、これからのことも考えて、話しておこうか」
「うん、頼むよ」
彼女の言い方にはいくらか「含み」があったけれど、ウツロは真摯な態度で応じた。
「魔王桜とアルトラのことだね。いったい何の目的で、魔王桜がアルトラを『植えつける』のか、また何を基準に『植えつけられる者』が選ばれるのか……それはわからない。少なくともわたしたちにはね。ただ、アルトラが発動する仕組みはほぼ、解明されているそうだよ。『種』だね。魔王桜は人間の脳の中の、原始的な記憶を司る器官に、『種』のような細胞を『植えつける』らしい。それがまるで『発芽』するように、アルトラに目覚めるってわけ」
「『種』、か。魔王桜はいったい、何を考えているんだろうか……」
「『考えている』ってところがそもそも、違うのかもしれないよ? 何かしらの『条件』を満たす者の前に、機械的に現れている可能性だってある。魔王桜の正体自体が謎だしね。人間とは違う知的生命体なのか、その見た目のまんま妖怪なんてのもナンセンスだし、いずれにせよ、ファンタジーの世界だよね」
「全員、アルトラ使いだと言っていたけれど……」
空気を読まないウツロの質問に、一同はギョッとした顔つきになった。
彼としても触れるべきかかなり迷ったのだけれど、毒食らわば皿までである。
「異能力というのはおそらく、個体差があると推理するんだけれど、実際はどうなのかな?」
「なんだか、尋問されてるみてえだな」
「まあ、柾樹」
「すまない、他意はないんだ」
不快感をあらわにした南柾樹を真田龍子がいさめたので、ウツロは少し妥協してみせた。
場の雰囲気をおもんぱかった星川雅が、すかさず続きを切り出す。
「それは、おいおいね。ただ、その時が来るまでは見せられない。君もいずれ、嫌でも知ることになるはずだけれど、アルトラっていうのはその人間の『精神の投影』なんだ。アルトラを見せるってことは、自分の心を外部にさらけ出すようなもの。賢い君なら、言いたいことをくんでくれるよね、ウツロくん?」
アルトラは「精神の投影」……
なるほど、「異能力」とはよくいったものだ。
それはきっと、強みであると同時に弱みでもあるのだろう。
まだまだ謎は多い。
だがこの場はこれ以上、彼らの機嫌を損ねるべきではない。
少し話題の方向性を変えてみよう。
「俺もなったということだけれど、そのアルトラ使いに。まだ全然わからないんだ。何かしらの不思議な能力が宿った、なんて感覚はないし」
同じ内容ではあるけれど、ベクトルの向きを変えるように、ウツロは質問の仕方を変化させてみた。
「最初はみんなそうだよ。何か拍子にドヒャーッと出てきてさ、そのときはさすがに焦ったけど――」
「龍子、しゃべりすぎだぜ。俺らはまだ、おまえのことを信用したわけじゃないんだからな、ウツロくん?」
はずみで答えた真田龍子を、南柾樹はすぐさま牽制した。
その態度に、今度はウツロが不快になった。
「俺だってそうだ、『南柾樹』。やはり、むしずの走る男だ」
「ああ? もういっぺん、ドンパチやらかしてえのか?」
「おまえがその気ならな」
「はいはい、そこまで。ったく、なんで男ってこうケンカっぱやいんだろうね。何度も言うけれどウツロくん。ねじ伏せるのなんてわけない、でも私たちはそれをしていない。この意味を理解してほしいな」
いきり立った二人を、いったい何度目になるのか、星川雅が収めた。
どうにも相性の悪い彼らに、さすがの彼女もイライラしてきた。
「止めるな雅。こいつの減らず口を止めてやるんだ」
「貴様こそ、灸を据えてやる」
「あらら、ウツロくん。本当にねじ伏せることになるよ?」
「みんな、落ち着いて!」
真田龍子が必死に場を収めようとするが、三人は意に介していない。
もうダメだ。
彼女がそう思ったとき――
ぶうううーっ!
真田虎太郎が、壮大な「おなら」をかました。
一同はあ然として、彼のほうを見やった。
「す、すみません。今朝からおなかの調子が悪かったもので」
「くさ! 虎太郎! あんたのおなら、くさすぎ! せっかくのお料理がまずくなるでしょ!」
「ははは、何ともすみません」
苦笑いをしながら、真田虎太郎は後頭部をすりすりと撫でている。
ウツロは気づいた。
わざとだ。
虎太郎くんはわざと、この場を調停するため、こんな行為におよんだんだ。
なんという機転、判断力と行動力。
やはり、ただものではないぞ、この子は。
そして、真田さん。
彼女もワザと、弟をしかった。
なんというコンビネーション。
それはきっと、この姉弟の絆の深さを、如実に物語っているのだろう。
なんてことをしてしまったんだ俺は。
恥ずかしい……
「くせえ! 虎太郎! バカ、こっちによこすな!」
ひらひらと手を振って、真田虎太郎はにおいを散らそうとしたが、これでは拡散するだけである。
南柾樹は鼻を押さえながら、顔を背けた。
「虎太郎くん、あとでお薬をあげるから。ああ、もう」
星川雅も鼻から下に手を添えて隠した。
ウツロはまた気づいた。
虎太郎くんが作った流れに、みんなが乗っている。
なんなんだ、これは?
おそらく、長い間一緒に暮らしているからだろうが、これが人間の絆の力なのか?
わからない、俺にはまだ……
「さあさあ、みなさん。おいしい料理が冷めてしまいます。いただきましょう、いただきましょう」
四人は何事もなかったかのように、食事を再開した。
ウツロは眼下の澄んだスープに映る自分の顔を見つめながら、おのが浅ましさを恥じたのだった。
(『第29話 口福』へ続く)
くだんの騒動で、一同はしばらく沈黙して食事を口に運んでいたが、それを破ってささやくように、ウツロが声を上げた。
「どうしたの?」
眉間の湿布を押さえながら、真田龍子が返答した。
「ちょっと、聞いてもいいかな?」
「なんかあるのか?」
おそるおそるな雰囲気の要求に箸を戻して、南柾樹が聞き返す。
「その、わからないことがあまりにも多すぎて……魔王桜とか、アルトラとか……」
こんなことをこんな場で聞いてもいいものかと、ウツロは躊躇したのだけれど、疑問は解消しておきたいのが本音である。
それに、好奇心も少なからずある。
ウツロを囲む面々は押し黙っている。
「やはり、まずかったか?」とウツロは思ったが、そんな彼を察してか、星川雅が両手を膝に添えて口火を切った。
「そういえば確かに、具体的なことは何も話してなかったね。フェアーじゃないし、これからのことも考えて、話しておこうか」
「うん、頼むよ」
彼女の言い方にはいくらか「含み」があったけれど、ウツロは真摯な態度で応じた。
「魔王桜とアルトラのことだね。いったい何の目的で、魔王桜がアルトラを『植えつける』のか、また何を基準に『植えつけられる者』が選ばれるのか……それはわからない。少なくともわたしたちにはね。ただ、アルトラが発動する仕組みはほぼ、解明されているそうだよ。『種』だね。魔王桜は人間の脳の中の、原始的な記憶を司る器官に、『種』のような細胞を『植えつける』らしい。それがまるで『発芽』するように、アルトラに目覚めるってわけ」
「『種』、か。魔王桜はいったい、何を考えているんだろうか……」
「『考えている』ってところがそもそも、違うのかもしれないよ? 何かしらの『条件』を満たす者の前に、機械的に現れている可能性だってある。魔王桜の正体自体が謎だしね。人間とは違う知的生命体なのか、その見た目のまんま妖怪なんてのもナンセンスだし、いずれにせよ、ファンタジーの世界だよね」
「全員、アルトラ使いだと言っていたけれど……」
空気を読まないウツロの質問に、一同はギョッとした顔つきになった。
彼としても触れるべきかかなり迷ったのだけれど、毒食らわば皿までである。
「異能力というのはおそらく、個体差があると推理するんだけれど、実際はどうなのかな?」
「なんだか、尋問されてるみてえだな」
「まあ、柾樹」
「すまない、他意はないんだ」
不快感をあらわにした南柾樹を真田龍子がいさめたので、ウツロは少し妥協してみせた。
場の雰囲気をおもんぱかった星川雅が、すかさず続きを切り出す。
「それは、おいおいね。ただ、その時が来るまでは見せられない。君もいずれ、嫌でも知ることになるはずだけれど、アルトラっていうのはその人間の『精神の投影』なんだ。アルトラを見せるってことは、自分の心を外部にさらけ出すようなもの。賢い君なら、言いたいことをくんでくれるよね、ウツロくん?」
アルトラは「精神の投影」……
なるほど、「異能力」とはよくいったものだ。
それはきっと、強みであると同時に弱みでもあるのだろう。
まだまだ謎は多い。
だがこの場はこれ以上、彼らの機嫌を損ねるべきではない。
少し話題の方向性を変えてみよう。
「俺もなったということだけれど、そのアルトラ使いに。まだ全然わからないんだ。何かしらの不思議な能力が宿った、なんて感覚はないし」
同じ内容ではあるけれど、ベクトルの向きを変えるように、ウツロは質問の仕方を変化させてみた。
「最初はみんなそうだよ。何か拍子にドヒャーッと出てきてさ、そのときはさすがに焦ったけど――」
「龍子、しゃべりすぎだぜ。俺らはまだ、おまえのことを信用したわけじゃないんだからな、ウツロくん?」
はずみで答えた真田龍子を、南柾樹はすぐさま牽制した。
その態度に、今度はウツロが不快になった。
「俺だってそうだ、『南柾樹』。やはり、むしずの走る男だ」
「ああ? もういっぺん、ドンパチやらかしてえのか?」
「おまえがその気ならな」
「はいはい、そこまで。ったく、なんで男ってこうケンカっぱやいんだろうね。何度も言うけれどウツロくん。ねじ伏せるのなんてわけない、でも私たちはそれをしていない。この意味を理解してほしいな」
いきり立った二人を、いったい何度目になるのか、星川雅が収めた。
どうにも相性の悪い彼らに、さすがの彼女もイライラしてきた。
「止めるな雅。こいつの減らず口を止めてやるんだ」
「貴様こそ、灸を据えてやる」
「あらら、ウツロくん。本当にねじ伏せることになるよ?」
「みんな、落ち着いて!」
真田龍子が必死に場を収めようとするが、三人は意に介していない。
もうダメだ。
彼女がそう思ったとき――
ぶうううーっ!
真田虎太郎が、壮大な「おなら」をかました。
一同はあ然として、彼のほうを見やった。
「す、すみません。今朝からおなかの調子が悪かったもので」
「くさ! 虎太郎! あんたのおなら、くさすぎ! せっかくのお料理がまずくなるでしょ!」
「ははは、何ともすみません」
苦笑いをしながら、真田虎太郎は後頭部をすりすりと撫でている。
ウツロは気づいた。
わざとだ。
虎太郎くんはわざと、この場を調停するため、こんな行為におよんだんだ。
なんという機転、判断力と行動力。
やはり、ただものではないぞ、この子は。
そして、真田さん。
彼女もワザと、弟をしかった。
なんというコンビネーション。
それはきっと、この姉弟の絆の深さを、如実に物語っているのだろう。
なんてことをしてしまったんだ俺は。
恥ずかしい……
「くせえ! 虎太郎! バカ、こっちによこすな!」
ひらひらと手を振って、真田虎太郎はにおいを散らそうとしたが、これでは拡散するだけである。
南柾樹は鼻を押さえながら、顔を背けた。
「虎太郎くん、あとでお薬をあげるから。ああ、もう」
星川雅も鼻から下に手を添えて隠した。
ウツロはまた気づいた。
虎太郎くんが作った流れに、みんなが乗っている。
なんなんだ、これは?
おそらく、長い間一緒に暮らしているからだろうが、これが人間の絆の力なのか?
わからない、俺にはまだ……
「さあさあ、みなさん。おいしい料理が冷めてしまいます。いただきましょう、いただきましょう」
四人は何事もなかったかのように、食事を再開した。
ウツロは眼下の澄んだスープに映る自分の顔を見つめながら、おのが浅ましさを恥じたのだった。
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