桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第25話 昼食への勧誘

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「ウツロくん」

 いくらか時間がち、ノックの音に続いて、ドアしに真田龍子さなだ りょうこの声が聞こえた。

 ウツロは部屋の中で、顔をそちらのほうへ向けた。

「はい」

 もっとも、人の気配は感じ取っていたから、返事をする「準備」はしていたのだけれど。

「入ってもいいかな?」

「……どうぞ」

 ドアが少し開いて、その隙間から彼女がひょいと顔をのぞかせた。

 ノブがひねられる独特の人工的な音も、山で育ったウツロには、まだ不思議な響きに感じられた。

「昼食の用意ができたから、食堂に来てほしいんだ。わたしが案内するから」

「……うん、ありがとう」

「体調は大丈夫? 少しは落ちついたかな?」

「すっかり回復してきたよ。もうピンピンさ」

「そう、よかった。でも、しばらくは絶対、安静にね? 何か困ったことがあったら、遠慮なく言っていいから」

「……本当に、ありがとう、真田さん。こんなによくしてくれて」

「謙虚だなー。もっと堂々とふるまっていいんだよ? ほら、わたしみたいにさ」

「え、ああ……」

「そんなんじゃ女子にモテないよ?」

「え、どういうこと?」

 はずみで言ったに過ぎなかったが、ウツロが食い下がってしまったので、真田龍子はあわてた。

 彼は言葉の意味に、納得する解答を求めている表情だ。

 真田龍子は「しまった」と思い、考えをめぐらせた。

「えー、あー、その……あんまりこだわりすぎると、答えのほうが逃げちゃうよ、ってことかなー……?」

 彼女は相当苦しい言い訳をした、つもりだったが――

 ウツロはなにやら目を丸くして、硬直している。

「……ウツロ、くん?」

「……なるほど、『人間論』に固執こしつしすぎると、その解答は逆に遠ざかる。逆説的だけれど、真理の持つ本質からかんがみれば理にかなっている。そう言いたいんだね、真田さん!?」

「え、あー、まあね……」

「すごい、すごいよ、真田さん! ぜひ真田さんとゆっくり議論したい! 一緒に『人間論』を完成させよう!」

「……あははー」

 何度でも言おう。

 ウツロはあまりにも純粋なのである。

 いったい何者が彼を責められようか?

 彼女はそれをすっかり理解して、今後はじゅうぶんに気をつけなければと、肝にきもじたのだった。

(『第26話 前狂言まえきょうげん』へ続く)
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