桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第15話 光の中で

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 真田龍子さなだ りょうこはウツロに飛びつき、両腕で力強く抱きしめた。

「あっ……?」

 ウツロはびっくりしたが、彼女はさらに強く体を圧迫してくる。

「ちょ……」

 その体がほのかに光り出した。

「え……?」

 温かい、やさしい光。

 何が起こっているのか、ウツロはわからなかった。

 わからないが、これは?

 楽になってくる。

 傷ついた体も、心さえも。

 うまく表現できないけれど、心身からうみが消えていくような……

 体の痛みがやわらいでくる。

 心に巣食う毒虫の群れが消えていく。

 安らぐ、こうしていると。

 この少女のおかげなんだろう。

 その慈しみは、それがそのままこの子の存在であるような……

「ん……」

「どう、ウツロくん?」

「……何だか、とても楽になったよ」

「よかっ、た……」

「姉さん!」

 ウツロを抱いたまま、真田龍子はベッドに崩れ落ちかけ、あわてた弟にすかさず支えられた。

「真田さんっ! 大丈夫!?」

「ええ、全然平気だから……」

「全然平気そうじゃないよ! 誰か、人を――」

「いいんだ、ウツロくん。『この力』を使うとね、けっこう疲れちゃうんだ。いつものことだから、安心して」

「……まさか、俺にずっと『それ』を?」

「えへへ」

「なんで、そんなこと……自分を犠牲にして……他人を癒やすなんて」

「だって、見てらんないでしょ? 目の前に傷ついた人がいるのに」

 ウツロは自分を呪った。

 他でもない、自分の身勝手な思いこみについてだ。

 俺は、苦しいのは、自分だけだとでも思っていたのか?

 この子を見ろ。

 真田龍子という、この高潔な少女を。

 彼女の力について、何なのかはわからない。

 だがそれは少なくとも、わが身を犠牲にして、他人を癒やすというもののようだ。

 彼女はそれを使った。

 俺のために、こんな俺を救うために……

 お師匠様も、アクタも、この真田龍子も、自分を賭して俺を助けてくれた。

 それなのに俺はなんだ?

 自分だけ苦しいとのたまい、他者に施しなどせず、なんて自分勝手なんだ。

 それは結局、自分のことしか考えていないということだ。

 恥ずかしい、俺は自分が恥ずかしい……

「ウツロくん」

 自分を卑下した彼が顔を上げると、真田龍子がほほえんでいる。

 その表情は、神仏しんぶつが持つと聞いた慈悲の心、まさにそれが表われていた。

「また、余計なこと考えてるでしょ?」

 彼女はウツロの額をやさしく打った。

 そのしぐさに、いやおうなくアクタが重なる。

 みんな、こんな風に俺を、心配してくれていたんだな……

「あ、俺は……」

「バカのほうがいいこともあるんだよ?」

「……そう、かもね」

「パッパラパーになっちゃえばいいのに」

「え? パッパラパーか、はは……」

 まさにアクタ、いや、上辺のことだけではなく、その本質的な部分が、アクタと似通っているのだろう。

 人間。

 これが、人間なのかもしれない……

「ウツロさん、よかったです」

虎太郎こたろうくん、ごめんね。お姉さんにつらい思いをさせてしまって」

「いえいえ、何にもです。姉さんは『ドラゴン』だからタフなのです」

「こら、虎太郎! 人を怪物みたいに!」

「食欲だけなら、怪物かもしれません」

「こらっ! わたしの恥部をさらすな!」

「ははは」

「ははは、じゃなーい!」

 真田姉弟きょうだいは仲良くじゃれ合っている。

 ウツロはますます気持ちが安らいだ。

 先ほどの不思議な力なしで。

 何だかアクタとのやり取りを思い出す。

 人間か。

 やっぱりこれが、人間ってことなのかもな……

「そろそろ……」

「え?」

「入ってきたらどう?」

 ウツロの遠い呼びかけに、何事かと驚いた真田龍子が後ろを振り向くと、半開きのドアの隙間から、星川雅ほしかわ みやび南柾樹みなみ まさきがそっと顔を出した。

 いかにも気まずそうな表情を浮かべている。

「二人とも、そういうのはよくないよ」

「いや、いいんだ、真田さん」

 星川雅と南柾樹は、そそくさとこちらへやってくる。

「わり、立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ」

「つもりはないけどしてしまったのなら、それはしたということじゃないかな?」

 悪びれる彼を、ウツロはじろっとにらんだ。

「あんだと? こっちが下手したてに出てるってのにその態度は――」

「まーさーきっ」

「お、わりい」

 毒づく南柾樹を制しながら、星川雅はつかつかと、ウツロの方へ歩み寄ってくる。

「ウツロくん、病み上がりなのを重々承知の上で、大事な話があるんだけど」

「毒食らわば皿まで。なんでもどうぞ」

 ウツロの開き直った態度が星川雅のかんに障ったが、彼女はそこには触れず、話を切り出した。

「あなた、魔王桜に『会った』でしょ?」

 意外な単語が飛び出したことに、ウツロは驚いた。

「魔王桜……どうして、それを?」

「あは、思ったとおり。あなた、嘘がつけない性格だね」

 ウツロはムッとしたが、情報の収集を優先させるため、反論はしなかった。

「ああ、ごめんごめん。それはとりあえず置いといて、会ったわけだね? 魔王桜に」

「確かに……でも、なぜそのことを?」

「あなたがうわごと・・・・で繰り返していたからね。『魔王桜』と」

「なるほど。けれどあれが魔王桜だったとして、それがどんな問題になるのかな?」

「やっぱり賢いよね、君。魔王桜に出会った過程を教えてくれない? そしたらこちらも、知っている情報はすべて出すからさ」

「……いいよ」

 ウツロは隠れ里強襲から、魔王桜遭遇への流れを、簡潔に説明した。

「なるほど……ここからは少し長くなるんだけれど、退屈しないで聴いてね」

 星川雅は一拍、を置いてから話しはじめた。

(『第16話 鳥のさえずり』へ続く)
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