少女ニュートン

朽木桜斎

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09 少女ニュートン、師匠を得る

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 翌日よくじつの朝、万鳥羽東小学校まんとばひがししょうがっこうの教室にて。

「『征吾せいご』と名づけました!」

 達筆たっぴつで名前の書かれた半紙はんしを目の前に突き出し、われらが主人公・葛崎美咲穂かつらざき みさほは、このようにして大胆だいたんに、弟の命名を発表したのだった。

 修善寺可南しゅぜんじ かな比留間真昼ひるま まひる天川星彦あまかわ ほしひこの三人は、目を丸くしておどろいている。

「ふぇふぇーっ! パパの名前、『征志郎せいしろう』から一字もらったんだよーっ!」

 とにかくめでたいことだ。

 三人はこぞって、弟の誕生を「姉」へ祝福した。

「ところでこの字はミサホちゃんが書いたのですか?」

 真昼は半紙の文字をまじまじと見つめながら、そんなふうに口走くちばしった。

「パパでえす!」

 ズシャオラアッ!

 一同いちどうは盛大にずっこけた。

「ふぇふぇーっ! これがとらきつねだわよー!」

「それはちょっと、意味が違うのでは……」

 星彦は冷汗ひやあせらしながら言った。

「ホシヒコくん! 細かいことは言いっこなしだよー! 薄毛になっちゃうよー、ウスゲーションだよー!」

「薄毛、うーん……」

 テンション・マックスの少女に、星彦はますます困った顔をした。

「そうだ! 今日、学校が終わったら、みんなで征吾を見にいきましょう! とってもかわいいんだよー!」

 美咲穂はこのように提案した。

「いいね! ミサホちゃんの弟くん、ぼくたちも見てみたいよ!」

「ふひひ、ぜひ案内をお願いします」

 星彦と真昼はがぜん乗り気だ。

「でもそういうのって、特別な手続てつづきとか必要なんじゃないのー? それに、家族以外はダメかもしれないよー?」

 可南はちょっと心配そうだ。

「ふえっ! カナちゃん、それなら大丈夫だよー! ママと征吾がいる病院には、パパのお弟子でしさんや、嵐静館柔道らんせいかんじゅうどうの関係者が、たくさんいるんだー。何も問題はないんだわよー」

「ふしゅしゅ……」

「社会はコネクションが最強なんだわよー」

「ふしゅる、やみだわー……」

 小学生にして大人の世界をわがものとしている美咲穂に、可南は少し背筋せすじが寒くなった。

 このようにして美咲穂を筆頭とする科学っ子ご一行いっこうは、放課後、万鳥羽市立総合病院まんとばしりつそうごうびょういんへと向かったのである。

   *

「ママの病室はえーと……あっ、みんな! ここだわよー!」

 四人が病室に入ると、右奥みぎおくのベッドでは、美咲穂の母・美咲子みさこが、生まれたばかりのわが子を、ちょうどあやしているところだった。

 病室は個室で、この病院ではいちばんいいタイプのものだった。

 ここにもやはりコネクションの力が働いているのだったが、そこまではさすがに小学生にはさとられなかった。

「ママー、遊びにきたよー!」

「ぬう、キャリバンめ! ついに帝国ていこくの奥の院・黒極こくぎょくへと侵入しんにゅうしおったか!」

「ふえー、ママったら! また宇宙戦隊キャリバンが乗り移ってるのー!?」

 美咲穂はゲラゲラと笑っている。

 いっぽう残る三名は、この異様な事態にたじたじになっていた。

「ママー、紹介するよー。小学校でできた友達のカナちゃん、マヒルちゃんと、ホシヒコくんだよー」

 かいしていない美咲穂を、三人は逆に不気味がった。

「キャリバン・ブラックがおらんではないか。ふん、おおかた最強幹部マグマ・イプシロンの手にかかり、敗北したのであろう? 残る四人で何ができるというのかな? 五人そろわねば打つことのかなわない、キャリバン・エクスプロージョンを使うことはかなわんぞ? バカどもめ! 宇宙戦隊キャリバン、破れたりいいいいいっ!」

 この狂態きょうたいに三名はゾッとしたが、美咲穂はあいかわらず笑っている。

 この母にしてこの子あり――

 一同はそう思った。

「ママっ! つべこべ抜かさず、征吾を見せなさい!」

「お? お、おう……」

 美咲子はしゅんとして、『憑依ひょうい』がなおった。

「わあー、かわいいよー」

「ふしゅる、おサルさんみたいだわー」

「ふひ、生物学的な事実とはいえ、実際に見ると興味深いですね」

 星彦、可南、真昼の三人は、美咲子の横で眠っている赤ちゃんに夢中になった。

「ミサちゃんったら、こんなに素敵なお友達ができたのねえ。みなさん、ミサちゃんと仲良くしてあげてねー」

 憑依から目覚めた美咲子は、こんなふうにあいさつをした。

「ふひひ、おかあさま、ミサホちゃんはたいへんなリーダーシップをお持ちです。さすがは嵐静館柔道らんせいかんじゅうどう万鳥羽支部長まんとばしぶちょうのご息女そくじょでいらっしゃると思います」

 真昼がそう切り出したので、美咲子は驚いた。

「まあ、マヒルちゃんは、パパのことを知っているのー?」

「ママ、マヒルちゃんは空手道からてどう極龍会きょくりゅうかいのお子さんなんだわよー」

「まあ、それなら正午しょうごさんの娘さんなのね。極龍の本部会館に行ったとき、正午さんが地中海でほふったホオジロザメの『歯』がかざってあるのを見たわー。あれは見事なものだったわねー」

 きなくさい雰囲気ふんいきに、可南と星彦はひるんだ。

総帥室そうすいしつには、じいさまがロシアで倒したアムールどら剥製はくせいも飾ってあります。ご機会にぜひ」

「ふぇふぇー、マヒルちゃん! そんなのワシントン条約がだまっちゃいないわよー」

「ミサホちゃん、極龍の前では法規など存在しないも同然であって――」

 このようなヤバい会話を三人でしているものだから、可南と星彦はいよいよ冷汗が垂れ流れてきた。

「失礼します」

 うしろからした女性の声に、全員が病室の入口いりぐちを向いた。

「あっ、蘭田らんだ先生!」

 蘭田理砂らんだ りさだった。

 彼女は例によりシックだが上品なかっこうで、手にはお見舞いの果物くだものなどをたずさえている。

「おかあさま、その後、お具合はいかがですか?」

「まあ、先生。そんなことお気になさらなくてもよろしいのに、わざわざ来てくださったんですね。さあどうぞ、こちらへ」

 うやうやしくあいさつする美咲子。

 その前に立っている美咲穂以外の少年少女たちのことが、理砂にはすぐ目に入った。

「みなさんは、ミサホちゃんのお友達ですか?」

「そうなんです先生。同じクラスの、ホシヒコくんに、カナちゃんに、マヒルちゃんです。みんな科学が好きなんですよ」

「まあ、それはそれは」

「みんなで科学クラブを作ろうと思ったんですけど、クラブを作れるのは四年生になってからということで、困ってたんだよねー」

 こんなふうに美咲穂は何気なにげなく、自分たちの置かれている現状を告白したのだった。

「ふむ、なるほど……」

 理砂は一拍いっぱく置いてから語りはじめた。

「それについてなんですが、ミサホちゃん。あなたのおとうさまに申し出たのです。わたしにぜひ、あなたの、いえ、あなたたちの家庭教師をやらせてもらえないかとね」

 一同は目を丸くした。

「そんな、先生、よろしいんですか? 先生にもご都合がございますでしょうに……」

 美咲子は申し訳なさそうに聞き返した。

「いえ、ご心配にはおよびません。これはあくまで、わたしの意志によるものですから。それに、その子たちはなかなか『センス』があると感じますしね」

 美咲穂たちはいっそう目を丸くして喜んだ。

「や、やったー!」

 このようにして、少女ニュートンをはじめとする科学の申し子たちは、『師匠ししょう』を得たのである。
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