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第一章 最悪の別れと衝撃の出会い

一話

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「俺さ、やっぱり女の子が好きだわ」


 33才のバレンタインデー。

 渋谷の小さな公園で。

 俺、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)は恋人の熊井雄介(くまい ゆうすけ)から以上の理由で振られた。


「お前といると楽だし、気ぃ使わねえし、バンドにも専念できたけどさ、やっぱり男同士って言うのは俺には向いてなかったわ、だからさ、これからは良い友達として付き合おうぜ」


 大学時代を含めて12年。

 干支も一周する程の時間を過ごして来た相手を、性対象じゃないの一点で振られた。


「あ、そうだ見る?この娘が俺と付き合いたいんだって、昨日告白されたんだよ」


 スマホ画面には、最近話題の地下アイドル『キャッチ&ハグ』のセンター、桃澤久留美(ももざわ くるみ)が映し出されていた。


「……ふ、ふーん、あっそう、良かったじゃん、くるみんと付き合えて、そのうち週刊誌に撮られたりして、お前のバンドも爆売れするかもな」

「ありがとな、そうなりゃ良いな、武道館決まったら見に来いよ!」


 そう言うと雄介はギターケースを担いでライブハウスの方へ向かった。

 一人取り残された俺はまるで氷像にでもなったかのように動けなかった。

 バッグに忍ばせていた高級チョコレートの容器が、厭に重く感じた。


「……あーあ、フラレちゃった」


 年頃の女の子が言ったら映えるような台詞を、体力の衰え始めたおじさんが言う。

 自分で考えても滑稽だ。


「ずっと、一緒だと思ってたのになあ」


 この国には同性婚の制度はない。

 だが一部地域ではパートナーシップ制度というものがある。

 将来的に俺と雄介はその制度を利用するつもりだった。

 ひたり、と鼻先に何かが触れた。ぽつ、ぽつ、と雨粒が増えていく。


「……雪の方が、まだマシだったな」


 頬に一筋、熱いものが零れた。



「おはようございまーす……」

 
 どんな大失恋があっても、明日というのは生きてる限り来るものである。

 オフィスに入ると、ざわめきが聞こえた。

 (なんだ?)

 後ろから覗くと、一人の見慣れない男を囲んだ円が出来ていた。


「……はい、よろしくお願いします!」


 栗色の髪をした青年はハキハキと受け答えをしていた。

 中途採用の子かな、と思ったその時、


「……しゅん兄ちゃん?」


 数十年ぶりに、そう呼ばれた。



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