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六章

やるべき事は

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「えっと……あのっ」

 ゼクスは、虚を衝かれた様子でアルトリアを瞳におさめていた。そしてすぐ様、辰巳の肩に乗せていた手に力が入り、助けを乞う。

「お、おい。想像と違いすぎたんだが。もっと、貫禄があって、賢者っぽい御仁かと思っていたぞ……。まさか、年端もゆかぬ女の子だとは」

 小さい声で囁いたつもりなのだろう。だが、アルトリアは皮肉が篭っていそうな満遍な笑みを浮かべた。

「女の子で、何か問題でもあるのでしょうか?ふふふ、安心してください。私が正真正銘のアルトリア家・王女ラウラ=アルトリアよ」

 高圧的な態度をとった訳でもないが、女慣れをしていない訳でもないゼクスの目は泳ぐ。
 女性相手に圧倒された様子の、お調子者のゼクスは鼻をポリポリとかいて、引き攣った笑顔を浮かべる。

「あは、ははは? 嫌ですよッ、冗談に決まってるじゃないですかぁ」

「お前、前はそんなキャラだっけか?」 

 違和感を覚えた辰巳が問うと、ゼクスは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「う、うるせーよ!!」

「マスター、ゼクスが発育した年端もゆかぬ女性に発情している。危険……マスターが」

「おい、お前な。倒置法を使って俺を危険に晒すな」

「そ~言いながら、お前はなんで一歩引いてんだよタツミ!!」

「いや、なんか怖かったから……な? と言うか、アルトリアに用事があったんだろ??」

 辰巳は、自分の肩を抱きながら逸れた話題を元あるレールに戻す。ゼクスは「ああ」と頷いてから深々と頭を下げた。

「アルトリア様がここに来た、と言う事は知られているのですよね? 故にお願いがあります」

「私の事は、アルトリアと呼んでいただいて構わないわ。それと、知られている。とは、虫の事とかかしら?それなら──」

「では、お言葉に甘えて。その事ではありません。皇帝の正体です」

 ゼクスの言葉に一同は静まり返る。無表情で立つシシリを横に、辰巳とアルトリアは顔色を互いに伺った。

「いえ。私は、私達はその話をしらないわ。知っているのは、破滅の塔カタストロフィと、風穴から現れた虫の事」

「皇帝を、帝都の大半は死んだと思っています」

「ああ、俺達も仲間から死んだと聞いていた」

「やはりそうか」

 ゼクスは言い難いのか顎に手を添えて頷く。
 話を切り出したゼクスが黙り、辺りは異様な緊張感に包まれた。

「奴は生きている」と、ゼクスが、衝撃的な言葉を発したのは、どれぐらい時間が経ってからか。
 奇跡だと喜ぶべき真実にも関わらず、ゼクスの表情は曇り怖い。それどころか、瞳には怒りと憎しみが宿り、ランタンの灯で眼光は鋭さを増していた。

「奴は、自らをこう名乗っていた。ルシファーと」

 ゼクスは、握り拳を作ると自分の手の平を殴り怒りを形にする。

「全て、合点がいくってもんだ」

「合点、だと?」

 辰巳が問いかける。

「ああ。この帝都ができた理由、ギルドの本質。皇帝その者が、災厄で最悪の根源だったんだ」

「つまり、この嘗て王都だった帝都を襲わせ、乗っ取ったのも全てはルシファーの戦略──?」

「俺の位置づけは、今言った通りだ。納得も行くだろ?代替わりもない、ずっと一人の皇帝が帝都を治めていた。そんなんは、化物じゃなきゃ出来やしない」

 ゼクスは、自分の考えを話し続ける。若しかしたら鼻で笑われる内容なのかもしれないが、辰巳はスグに信じることが出来た。

「俺も、ゼクスが言ったことは限りなく真に近いと思う」

 これに関しては、過去の過ちは一切関係がない。真正面に居る、ゼクスの表情は驚いた様子だが辰巳には根拠があった。今は亡き、バルハから聞かされた話では死霊等が押し寄せて来たと言っていた。併せて、ゼクスとレルガルドとの件が起きた時。つまり、堕天使と初めて交わった時も死霊やホムンクルスの量は異常だった。
 と、なれば、堕天使達と死霊達は何らかの関係があって然るべきだと、辰巳は思っていたのだ。

「信じてくれんのか? なんの、証拠もない言葉を。虚言、妄言の類だと侮蔑されても、おかしくは無い俺の言葉を」

 辰巳は、静かに頷いてゼクスに話を進めるように促した。

「頼みってのは……。今、この帝都で戦力になる奴らは外周の見回り及び討伐を行なっている。だが、いつまで続くかわからなければ、いつまで俺達が持つかも分からない」

「確かにそうよね」

「だから、その前に相手の本陣である破滅の塔カタストロフィを叩く他ない。俺達に、その名誉をくれ……いや、下さい。アルトリア」

 再び、ゼクスは頭を下げる。

「そして、我儘を言うならば、その指揮を貴女にとってもらいたい。正直、統率もされていない状況下では個々が強くても多数には及ばない」

 お調子者のゼクスからは、到底想像のつかない重重しい声音。辰巳も、アルヴァアロンの荒れ具合を思い出し、平和だった日本と照らし合わせて共感する。
 どの国にも、先導するものがおり、皆が不満感や満足感を抱きながら嫌でも従う。従うからこそ秩序が生まれ統率がなされる。
 弱い人間は、誰か導くものが居るからこそ道が明白に見える。ならば、今のアルヴァアロンはどうだろうか。皆が皆、自分可愛さに我儘を振りまいている。偽善も善も、薄汚れた欲望の前では霞んでいた。この重体患者が居る場所だって、自己主張を怠らない声の方が目立つ。
 故に答えは簡単だった。

 ──つまりは、背徳。

 この時、同時に辰巳は、シシリに言われた意思についても考えていた。

(アルトリアは、今で言う統率者。シシリは、力もあり騎士に足る存在。なら、俺に出来ること──って、違うだろ! これは周りに気を使って謙虚になり、空気を読んでいるに過ぎない。俺の強い……意思、か)

 辰巳が自問自答をしてる中、ゼクスがアルトリアの指示を仰いでいる時。アルトリアでは無く、シシリが口を開いた。

「自惚れないで。貴方達が行っても死体の山が増えるだけ」
 無表情で、端的に、要点だけをくり抜き容赦なく現実を叩きつける。同情もせず、共感もせず、誰視点にもならずに。ゼクスからすれば、冷酷であり冷徹であり無慈悲だったであろう。
 故に、頭を下げたまま、口の端を噛み締め拳を力いっぱい握っていた。しかし、言い返せないのもまた冷静と怒りの狭間で揺れているからに違いない。
 辰巳は、ゼクスの肩にそっと触れた。

「シシリの話を聞いてみよう。これは、やり返しのつかない物語だから」
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