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五章

怠惰

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 辰巳を含む五人を乗せた輝明龍ファルクタースは、シシリの命じに従い敵と距離を保ったまま静止した。
 距離は翼が生えた四体が小さく見える程度だろうか。

「アイツらは……堕天使か?」

 辰巳がシシリに問いかけると、頷いた。

「そう。あれは、紛れも無く堕天使。でも、前に会った者とは比べ物にならないぐらい──強い」

 チートに近い能力を兼ね備えたシシリから伝わる緊張感を辰巳は今まで感じたことがない。
 無表情故に、無機質な声故に見抜けなかった、と言われればそれまでなのだが、

「勝てるのか?」

「勝たなきゃ何も始まらない」と、シシリか決意を固めている発言をした数秒前、堕天使の内一人は転移呪文を発動させる準備をしていた。

「ベルフェル様。早い所準備を済ませなくては」

「あー、マジでかったるいな。なんで俺がンな事のためにわざわざ出向かなくちゃなんねーんだよ」

「それは、貴方様が第七大天使だからですよ、ベルフェル様」

「だあから、だーからよ? 俺をその名前で呼ぶな、ルミエル。ベルフェゴールと呼べとあれほど言っているだろーが」

 スーツにも似た黒い装飾に身を包んだルミエルが、落ち着いた雰囲気で流暢にベルフェゴールに言った。

「いえ、私にとって貴方は未だにベルフェル様です」

 頭を少し下げ、頑なにルミエルは尊敬と憧れを声に出す。ベルフェゴールは、小っ恥ずかしいのか紫の瞳を閉じ眉頭に皺を寄せ青色の奇抜な髪を嫌々とかきながら溜息と共に言った。

「ンだよ、本当にお前は昔っからそーだよな。勘弁してくれよ」

「お褒めに扱われ光栄です。ベルフェル様」

「褒めてねぇーよ! お前の忠義はなんとかなんねーのかねぇ」

 頭の後ろで手を組みベルフェゴールが言うと、腰程までに伸びた赤髪を揺らして女性が笑顔で口を開いた。

「んー、ルミエルは今居るポジションに酔いしれてるからなあー。しょーじき気持ち悪いよねー」

 少し笑い気味で言うと、この中では誰よりも体の大きい男性が黒い装飾の上からでもわかる隆起した腕を組みながら大きい口を開く。

「まあー、そーいうなアルエルよ。あれはあれで、仕事を熟す。確かに仕草は気持ちが悪いけどなー! ガハハハハ」

 白髪から覗く瞳には殺意が宿り、ルミエルは舌打ちをした。

「──チッ。あんまり調子に乗らないでくださいよ?バルエルさん。貴方は確かに親衛隊の中でで群を抜いて力があるでしょう。しかしね?脳筋は所詮そこまでなんですよ。底が知れてるって言うのは、つまりそー言う事です」

「ガハハハハ!! 言ってくれるぜモヤシっ子がよ? ……殺す」

「あーもう! なあにやってるのさ! 私達の敵は目の前に居る人間っしょ! ベルフェゴール様も飛びながら寝ないでください!!」と、活発な声でアルエルはムスッとした表情を作り仲裁に入る。ベルフェゴールは、口角を吊り上げて答えた。

「えー、いいじゃねぇか。この殺伐とした雰囲気がたまんねーし、面白いじゃねえか」

「面白くなんかありません!! なにだらけてるんですか!」

 ベルフェゴールは半笑いを浮かべ、あたかも今の状況を楽しんでいる様子で言った。

「俺は寧ろ、こーいう状況を第三者として見てたいんだがなあ。ルシファーの野郎、俺に指図しやがってよ?」

 数秒間が開き、ベルフェゴールは思いついたのか目を見開く。

「──あっ!!」

 閃いたベルフェゴールの声に、アルエルはため息混じりに応える。

「はぁ──。なんですか?ベルフェゴール様……」

「このまま、何もせずに消えるってのは面白──」

「く、ありません! なあに、またサボろうとしてるんですか!もう!私達の使命を忘れたんですか?」

「あーはいはい! 覚えてますよー。……たっく、なんで、俺の周りは勤勉だらけなんだよ……。サボる事すら出来ねぇーっつーの」

 ベルフェゴールは、嫌そうな雰囲気を全身から滲ませながらも起き上がりやる気の無い瞳に微かな使命を宿し辰巳達を穿つ。

「しゃあない、か。では始めるとしようか俺達の創造《せんそう》を」

「かしこまりましたベルフェル様」

「はいはーい、やっとヤル気になりましたね!」

「よしゃ、いっちょ暴れてやるかあ!」

 ベルフェゴール達は菱形の陣形を取ると手を前に翳し言葉を綴り始めた。

「創造、それ即ち終わりの調べ」

「天と地が交わり、光と闇を虚無へと誘う」

朏魄ひはくは眠り、崩御ほうぎょは到来す」

「起源の一切を消し去り、今ここに零を讃えた」

「「「「消失する楽園ロスト・エデン」」」」

 ベルフェゴール達が唱えた時、辰巳は今まで経験した事の無い不可解な感覚に見舞われていた。
 気が遠くなる感じがするのに意識は覚醒しており、にも関わらず視界は狭まる。体は脱力し腕を持ち上げることもままならない。
 聴覚は水に顔をつけている時に生じる、何かが詰まった様な音に苛まれ皆の声が聞こえず遅くユッタリと鳴る心音のみが良く聞こえる。
 だが、それとは裏腹に宙に浮く感覚は、辰巳に快楽を与えていた。
 病みつきになってしまいそうな脱力感を身体が覚え込んでいる中で──視界は暗転する。
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