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四章

光を喰らう物

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「これをお前が殺ったのか?」

「──そう」

 短調に答えて、シシリは無表情で頷く。
 彼方此方に散らばる死骸は、辰巳の知りうる知恵を振り絞っても到底“虫”と呼べる存在では無かった。

「何方かと言えば魑魅魍魎の類だなこりゃ」

 第一の印象は、化物。
 四本の足は人の手を成しており、腕は筋力が異様に発達しているのかゴツゴツと隆起している。加えて発達した顎は蟻のように鋭利かつ強靭に見える。羽は鳥のような羽毛で目は爬虫類。体長は二メータ程はあるだろう。つまり、強靭な顎を持った顔は、人の顔を一口で千切れる大きさだ。

 隣で白銀の鞘から十字架の形を成した鍔が特徴的なミストルテインを滑らせるシシリはやはり強い。

「マスター、これは単なる始まりに過ぎない。あれを見て」

 シシリは、アルヴァアロンがある方角を指さした。
 確か、雅が言うには破滅の塔が天を貫いたと言っていたが離れたここからでも薄ぼんやりと肉眼で確認ができる。

「つまり、相当な大きさと高さって事だよな……。それに、あれはなんだ?」

「あれは、光を食らう物達」

 空は、二分されていた。どす黒い波は徐々に壮大な天と血を遮り押し寄せてくる。あれが全部、この化物なのか、と辰巳は死骸を見て冷や汗を流し生唾を飲み込んだ。

 修行もやったうちに入らない辰巳に、抗う程の力があるのだろうか。勢い良く出てきたのは良いものの騎士としての功績を積むことが出来るのか、はたまた愚行となってしまうのか。

「だが、今はそんな事は言ってらんねぇよな……。シシリ、ロンの槍を」

「了解、マスター。安心して、私がついてる」

 シシリは、ロンの槍を顕現させ辰巳は受け取ると再び鎧を纏う。

「ああ、頼りにしてる」

 いつもは、健やかに感じる清々しい風も澄んだ空気も、土や緑の匂いも全てがマイナスへと働きかけた。
 押し寄せる波は、間違いなく物凄いスピードで空を食らっている。

 シシリの横に並び、二筋の槍を地に突き刺し深く深呼吸をした、自身の不安を取り除くために。

「俺は、結局シシリの力に頼りっぱなしだよな」

「別に、なんとも思っていない」

「アルトリア達に偉そうな事を言えたのだって、自分の実力に確たる自信があったからじゃない。後ろにはシシリが居るから来た変な自信からだ」

「気にしなくていい。私は、マスターの盾であり剣。邪を祓うひじりにもなれば、邪を纏う悪にもなる。私にとっての正解は、マスターが出した答えなのだから」

「ありがとう」

 シシリの機械的な声は、時に多大な説得力を辰巳に与える。今もまた、辰巳はシシリの平然と平坦に淡々と述べた濁り無き声音に励まされたのだ。

「だから、気にしないで」と、シシリが首を左右に振るう本の数分前、そしてアルトリアがバルハに様々な思いの丈を話ている時。
 布団に丸まっていた、雅は一人ベットから起き上がっていた。

「これで役者は整いましたよ、ルシファー様。私も一人の傀儡として、神を嫌う一人として人としての悪徳をこなし道化になりましょう」

 ゆっくりと、床に素足を密着させ扉を開けた時にはか弱く病弱だった姿はなかった。黒い鎧を纏い、漆黒の鞘には異彩を放って真っ赤な柄が伸びている。

「力を持たない私が、知らぬ世界で救いを求めた時。救ってくれたのは神でも人でもない。ルシファー様だけだった。観察対象だとしても、あのお方は、全てを真実として語ってくれた、騙りでは無く。だから、私は貴方に忠義を尽くします」

 ──魔装具アロンダイト。

 ルシファーから与えられた神器である。

「ですが、道を阻む彼等を隙あらば──」

 雅は、柄に手を滑らせると玄関のドアを開いた。眼前に写ったのは武装した二人の姿。

 雅の存在に気がついたシシリは、振り向くと剣を構えた。

「なっ、どーしたんだ?」

「ま、待ってください!敵じゃないですよ、良く顔を見てください!」

 柄を握ったまま慌てふためく様子で、雅は必死にシシリに訴えかけるが一向に力を緩めないシシリの肩に辰巳はそっと触れた。

「落ち着けって。彼女も転移者なんだ、あれぐらいの鎧を持っていても不思議じゃないだろ?」

「…………」

「えと、その……なんか、すいません」

「いや、気にしないでくれていい。シシリは疑り深いみたいなんだよ。おい、シシリっ」

 少し強めに、名前を呼ぶと殺意を宿した瞳には力がなくなり動かなかった肩は動く。

「マスターが言うなら従う。でも、マスターに何かしたら容赦なく──コロス」

 身をも凍る冷たい声に、辰巳の時は一瞬止まる。今の発言はつまり、今さっき雅に斬りかかっていた可能性があったという事だ。

 雅は、引き攣り下手糞な愛想笑いを浮かべると柄から手を離し両手をそのまま顔の位置まで挙げた。

「い、イヤだなあ。何もするわけないじゃないですか」

「──そう」

 シシリは、一体何を危惧していたのか。口数が多いいとは言えない彼女は雅に一体何を感じて何を見ているのか。
 きっと尋ねれば答えては・・・・くれるだろう。それを辰巳が理解できるかは別としてだが。

「だから、今は前の敵だけに集中しよう。雅、君も申し訳ないが力を貸してほしい」

「はい、元よりそのつもりでしたから」

 三人は並ぶ。津波の如く押し寄せる死を運ぶ光を喰らう物と対峙するのも、残り僅かの所まで来ていた。
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