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二章

予兆

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「今日は、やたら死霊やホムンクルスが多いいな」

 ホムンクルスとは、人ではなくあくまでも無く知性体でもない。錬金術により作り出された傀儡であり、術者の命令に対し本能的に従うのだ。
 容姿は様々だが、一番多いいのは人型であり力は人の何十倍もある。

「確かに。でも、俺達なら問題は無いな! そーだろ、タツミ」

 辰巳とシシリが、アルヴァアロンに腰を据えてから一週間と二日が過ぎていた。
 はじめは手間取ったギルド内での受付も、今のメンバーに声を掛けられてからと言うものスムーズに事が進むようにもなっていた。

「よくゆーわ。本当、ゼクスはお調子者だな。レルガルドも呆れてるぜ?」

 辰巳は、犬型死霊に突き刺した長刀・辻斬り(レア)を振り抜きながら半笑い気味に言った。

 ゼクスとレルガルドは、ギルド本部で知り合った言わばギルドメンバーである。
 フルプレイトを装備するレルガルドは、タンクを担っており、逆に軽装で身軽に動くゼクスは前衛だ。
 ただ、二人だけでは流石に行動範囲が狭まるという事で、たまたまさ迷っていた所をスカウトを辰巳とシシリはされる事となる。

「は!? マジかよ、そりゃあないぜ」と、汗を拭い、ゼクスはいつものお調子声でパーティの士気を上げる。

 赤髪短髪で、背丈は辰巳とさほど変わらない。
 少し悪そうな目つきをしてはいるが、親身に接してみると仲間思いで中々いい奴でもある。
 酒場で良く喧嘩にはなったりするが、冒険者は血の気が多いイメージだったので辰巳はすんなりと受け入れる事が出来た。
 レルガルドは、優しい顔つきで温厚な印象。ゼクスとは相反して穏やかな性格をしている。酒場で喧嘩になれば、一目散に仲裁に入りその場を取りまとめる影の支えでありゼクスの幼馴染み。

「はいはい、ゼクスは相変わらず強いねっ」

「マスター。相変わらず、二人は濃い関係のようです」

 先陣を切ったゼクスを追いかけるレルガルドを見てシシリは言ったが、辰巳は頷きそして羨ましくも感じていた。此処に来て、早一週間。友達もいなきゃ家族なんかは当たり前に居ない。前の世界でも、辰巳自身の存在そのものが失念している。

「もし俺がシュレディンガーの猫だったのなら観測されない側なんだろうな」

「いいえ、マスター。私がいる限りマスターは、存在し続けます。あの二人のように、毎日熱く激しい夜を過ごしましょう」

「おい、お前まじ雰囲気台無しにするの得意だな。つか、語弊がありすぎるだろ」

 刀を朱色の鞘におさめ、追い掛ける姿勢へと気持ちを入れ替えた。
 四人が今いる名も無い森ミスティリウムは、高い木々が幾重にも連なった薄暗い森。此処では、死霊やホムンクルスに殺されるのと比例してはぐれて遭難して死ぬ事も多い。
 辰巳はシシリに、導く一本の真実フォルトゥーナを命じた。

「マスター。二人の場所に敵の数凡そ──三十一」

「な、は!? こうしちゃいられない。行くぞシシリ」

「はい、マスター」

 韋駄天は、自分の魔力を使い素早さを格段花アップさせるスキルが備わっている。が、辰巳の素体に魔力が無いため結局頼るのは己の脚力。故に、力強く踏み込み、土を抉り駆けた。


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「どうやら、私の一個中隊と異端者の仲間が接触したようですわ」と、辰巳とシシリが二人を追い掛け走り出した頃。かなり離れているであろう孤島の聖堂最深部で艶やかで淫靡な声が響いた。

「ふむ、君の所に務める天使達は仕事が早くて助かる。流石、勤勉だね」

 フードから覗かせた口で薄ら笑いを浮かべながらも、神妙な趣を漂わせ男性は余所余所しく言った。
 円卓えんたくを囲い、フードを被った怪しげな者達が赤色の飲み物を金色の杯に注ぎ、口に含みながら話している。
 ──数にして六人だ。

「に、しても彼は今日も来ていないのかい?」

「ですです! ベル君は、サボりです!!」

「やれやれ、困ったもだね。我々の存亡に関わると言うのに。所でレヴィアタン、彼等を殺せるのかね?」

 男性は、頭を抱えながら淫靡な声の持ち主に問いかけると赤い飲み物を二口ほど飲み込み唇を舐めとった。

「ええ、問題はないわ。人間風情が、私の私だけの部隊に勝てる訳がないじゃないの」

「本当、君は自分の隊にすら心酔するんだね。そんなんだから、重たいと言われて逃げられるんだよ」

 嘲笑いながら、男性が言うとレヴィアタンは甲高い音と共に杯を思い切り置いた。
 そして、円卓を爪を立てて引っ掻き怒りを顕にする。

「煩いわよ、ルシファー。私の物なんだから、関係ないじゃないのよ。あんまり、調子に乗ってると殺すわよ?」

「おー、怖い怖い。旦那さんになった人が可愛そうだ」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 ルシファーの、相手にもしない態度に殺意が表に現れる。一触即発の事態にも関わらず、他の者達は半笑いを浮かべながら目を瞑っているようだ。

 ──ただ、一人を除いて。

「ダメです! もう、なんでいっつもいっつも揉めるんですかです!仲良くしてくださいですよ!」

 一際小さい少女は、幼い声で仲裁に入る。

「アスモちゃん、ごめんなさい」

「ですよ! もう、心臓バクバクですよ! ──殺るなら、実験体を使ってくださいです」

「アスモデウス……君も相変わらず物騒な事を言うね。正直、君の実験は美しくない。性癖が歪みすぎだ。と……まあ、とりあえず話を戻そうか」

 ルシファーは、肘を円卓に乗せると顔の前で指を編んだ。

「異端者の力は計り知れない。それは、一週間前の異様なまでの力で分かったはずだ。間違いなくあれは我々に似た力を持っている」

「そうね。それは、言えてるわ。しかし、大丈夫よ?その為に、アスモちゃんから木偶の坊だって大量に借りたんですから」

「ちゃんと返してくださいですよ!? 壊れてたら弁償です!」

「大丈夫よ。ちゃんと、替えは生身で返すわ」

「君たち女性は、本当に恐ろしい。まあ、僕はこの行く先を見させてもらうよ」

「──では、また次の邂逅まで」と、最後にルシファーが告げると円卓に座っていた全員が一瞬にして姿を眩ませた。
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