夢現

流転

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「────五時四十五分か。ココ最近、この時間に起きる。一人暮らしの身としては嬉しい事だけれど曖昧な時間すぎて困ってしまう。
 二度寝をしたら学校に間に合いそうにないし。結果、この時間から起きてなきゃ駄目って事だよな。…………はぁ」

 吐息は薄らと白く濁る。彼は身震いをしながら、ついたままだったテレビのニュースを霞んだ淡い瞳で見流していた。

「──今日十二月十六日、火曜日は東京都心で最高気温十五度。今年一番の寒さになるでしょう」

「今年一番って。今年も、もう終わりに近いだろ本当上手いこと言うよな。人とは一番とか最後とかそう言った言葉に敏感に反応しやがる──。と言うか俺、ソファーで制服着たまま寝てたのか……やってしまった。……あーあ。しわくちゃ──でも無いな。良かった──」

 制服をパンパンと叩きながら、自然と腰を曲げてゆき。その音が一人のリビングにまるでラップ音のように寂しく響く。
 彼が『あっ』と気が付いた時には遅く生徒手帳は重力に従う様に胸ポケットから落ちてしまった。

「──ッしょっと。これが無きゃ結構言われるからなっ……」

 どうやら名前は茜 勇人と言うらしい。
 写真に写る勇人は、今の彼よりも雰囲気が違く見える。
 髪型等々は今と変わらずデコまで伸びた前髪。くせっ毛なのか少しゴワゴワとした髪型。少し頬はコケている様にもみえるが至って健康そうな顔つき。
 目を見開き、口角を"クィッ"と上げ生き生きとしている表情だと見て感じる。制服のバッチには今のとは違く一-Bと書かれていた。どうやら一年前のもののようだ。
 時折り何かに苦しむ様に眉を寄せる今の彼にはそれが見て感じ取ることが出来ない。


「──っあ。そうか俺……学校のスリッパでここまで帰って来たんだっけ──。とりあえずウガイとか支度をしよう。スリッパを見たら食欲が無くなってしまった」

 すり足をし、狭い歩幅で流し場の方にと進んでいく。しかし、薄暗い部屋にスリッパのすり足が鳴らす"ずぁずぁ"と言う音は響くと気味が悪い。

「あれっ? 薬まで流し場に置きっぱなしにしてる。だらし無いな俺。片付けな──ッ痛……!! 頭が痛いッ……!」

 顔を歪めると、痛々しい表情を浮かべその場にしゃがみ込む。
『ハァハァ』と聞こえる荒い息づかいは、痛みを緩和するよう呼吸を正しているのだろうか。
 しかし一人で苦しむのは、流石に見るに堪えない姿だ。

「よし……頑張ろう。負けずに行かなくてはダメだ。この早い時間から出れば人目にもつかないからスリッパで大丈夫だろ。学校までもそこまで時間もかからないし──。寧ろ、私靴でなんか行けるわけない。そんな恐ろしい事出来ない」

 生唾を飲み込むような仕草を見せながら立ち上がる。しかし、時々片目を瞑り、苦しい表情は隠せないでいた。
 それでも、視線を玄関へと続く廊下へと向かす。

「──あれっ? まさか玄関のドア壊れたのかな。ピクリとも動かないし……なんだよ!! 今日はとことん運がついてない。仕方ない、リビングの窓から出よう」

 痛い頭を抑え、不運を恨むかのように嘆く勇人。
 戦意みたいなものは削がれていってるだろう。

「……今まで、気が付かないとかどうかしてる。何でクレセント錠の部分の窓が、割られて半分ほど窓が開いてるんだ!? ──まさか、寝ているうちに泥棒が……」

 しかし、目の当たりにした光景はそのような事を全て吹き飛ばすような不安感を作り上げた。
 わけも分からない事が起き、勇人の心は既に意気消沈だろう。

「──部屋は荒らされた光景は無い……な。俺の部屋は変わらず壊れていて開かない。何も取らずに出ていったのか?? 分からない。と言うより恐ろしく怖い」

 リビングと、開かない部屋を合わせ二部屋見て回るが何も異常がなかったようだ。

 しかし、心身共に疲れきったであろう、勇人はソファーに落ちるかのように座り込む。


『────はぁ……』と長いため息だけをついた。

 ────それからどれだけ時間が立っただろうか? 数分にも感じるが数時間のようにも感じる。
 勇人は動く事なく座ったまま。気持ちに余裕が無いのか、窓は開きっぱなし流し場の水も流しっぱなしだ。
 しかし、こんな不可解な事が起きれば流石に同情してしまう。

『──ガチャ』と静かな部屋にドアが開く音が響く。
 言うまでもなくそれは、先程勇人が開かないと嘆いた玄関の方角。
 勇人が振り向く間も無く、雪崩込むかの様に足音が"バタバタバタ"と響く。
 その音からするに、どうやら一人ではないと言うのが分かる。

「もしかして……この窓を割った首謀者……?」

 慌ただしい音に思わず萎縮し恐慌しながら勇人はゆっくりと廊下の方へと振り向く。

「──お母さん・お父さん……?」勇人は思わず声を漏らす。

 どうやら、勇人の体を心配した母が来たらしい──が。
 どうやら見るからに状況は違うらしい。
 さっきまでどんよりしていた空気が一気に変わる。端的に言えば緊迫感がビリビリと伝わる。

「あれ? 雅までっ、雅っ! リビングに来るなりバタバタするな。少し風邪引いただけだからっ!! おい──!! アイツ中3なのに学校で勉──ッ痛……!!」

 雅と勇人が言う少女。妹なのだろう、黒縁メガネをして左右で長い髪の毛を結き見るからに真面目そうだ。
 真面目だからこそ、勇人は案じて気を使ったのかもしれない。

「お母さんっ!! ダメっ……リビングにも居ないみたい──。窓ガラスも割られてるし……事件に巻き込まれちゃったのかな──。
 どこ行っちゃったのお兄ちゃん……。それとこの風邪薬? みたいなものが流し場にあったよっ」

 ちょっと離れた所から聞こえてくる幼い声。
 しかしその声の内容を聞いて、驚いて居るのは他でもない勇人だった。
 何故なら──。

「アイツ……何言ってんだっ? 今確実に俺の目の前にある机からリモコンを手に取りテレビを……それに蛇口の水だって──。なんだ? からかってるのか? いいや。そんな訳ない、そんな為にわざわざ学校を休むなんて……」

 自問自答を繰り返し、勇人じゃわかる訳が無い答えをひたすらに探す。

「雅……それ……」

 何かを我慢しているのか震える声をした母親が雅の報告に答える。

「どうしたの……お母さん? 風邪薬……じゃないの?? 」

「お前達は、もういい。玄関の方にいなさい」

 二人を諭すかのように声を張り上げる男性。
 しかし、その声は緊張感が篭っているかのように強弱が物凄いついていた。

「──何してんだよッ、雅と親達はっ!!」

 いても立っても居られない様子の勇人は
 廊下へとすり足で向かう。
 そこには、力が抜けたように下駄箱に寄りかかり座る母方。その背中を摩る雅がいた。

「お母さん達……何してんだッ?? 」

『──ガチャ』と真逆の方から再びドアが開く音が鳴る。

 振り向くと、勇人よりも背が若干高い男性が部屋に入っていくのが確認出来た。

「──親父まで……一体なにが」

 キョトンと立ち尽くす呆然とした勇人の表情は
 状況把握が全く出来ていないと言う可能性を限りなく可に近づけさせる。

『──もしもし……警察ですか────はい。緊急です』

 部屋に入ってから、数秒後。
 部屋の中でした内容を聞いて一番初めに反応を示したのは母方だった。

「──うわぁぁあ!! 勇人ぉ……!! 勇人ぉ……!!──ォエッ……ゴメンね、ごめんね……勇人ぉ……」

 外にまで聞こえるんではないかと思うほど大きな声で泣きじゃくる。
 そんな母方を雅はギュッと抱きしめ体を震わせた──何かを悟ったかのように。

「一体……一体……何なんだよ!!? ココに居るだろ!! 俺は、此処に存在しているだろ! 何でそんなに泣いてるんだよっ!!──クソッ」

 体を方向転換させ、『親父!! 』と怒りにも感じる声を上げながら部屋へと向かう。

「親父!! 一体なにして──俺が……居る? 」

 体を一切動かさないで男性が見つめる先には、壁に寄りかかり微動だにしないままの勇人がいた。
 ドッペルゲンガーとも言いたくないソレは、舌を出し、乾ききったヨダレが口元を白く汚して
 いるようだ。
 部屋の外では、止むことの無い泣き声と震えか細い声で諭す音がひたすら同じ言葉を繰り返し繰り返し発せられる。

「──何で俺がここに居て、そこ首を吊っている俺が……。これが夢でない事は頭痛からわかる──。そう言えばこの首のあざ」

 常人ならば、普通は叫び回るであろうもう一人の首を吊り息絶えた自分を見ても勇人は至って冷静にもみえる。

「この首のあざ──ッ痛イタイイタイイタイイタイ!!!」

 アザを触った途端、叫び絶許する勇人の声に
 母方や雅どころか真横にいる父方すら反応を示さない。
 まるで視認されていないかのように。
 その痛みに、何かを気が付かされたかのようにもう一人を見つめながら口を開く。
「そうか……そうか。俺は、自殺したんだ。今になって全てを思い出したよ。二年になり、何故だかイジメの対象になってしまった。当然助け舟を出してくれる人なんかいやしない」

 警察が来たのか部屋を出る父方を気にもとめていない表情を浮かべる。
 そして、過去を振り返るかのように、淡々とした口調で。
 本を無理やり読まされてるかのように感情も感じられない弱々しい声で語る。

「そう言えば、どんな理由が発端だったんだっけ……確か、女子生徒の下着を盗んだだとかだっけ?? いいやそれはその後だっけ……ハハハっ。もはや、忘れてしまった。でも初めて口に出したなっ」

 勇人が言った『忘れてしまった』──いいや。それは違うだろう、そんな事を忘れるわけが無い。きっと、くい込みすぎてしまったのだ。
 さながら打ち付ける杭の様に。
 しかし、そんな事すら鈍ってしまうほどに、塗り潰され塗り固められてしまったのだろう。
「──まぁ、でも学校に対して悔いはない。ただ一つ、悔いがあったとすれば。それは信用し、俺の将来を真剣に考えてくれていた家族を裏切って死んでしまった事。
 もしあの時、踏み止まり次の日を過ごす事が出来たのなら……イジメの全貌を隠さず我慢しなければ変わっていたかもしれない。
『かもしれなかった。』なんて過去に対して可能性を見出しても意味がない。
 そんな事は分かってる、過ぎてしまった事だって……。ただごめん。親不孝でごめん。皆愛してる。唯一大好きな人達……本当にごめん」

 ──薄らと。誰にも気が付かれる事なく消えてゆく勇人。
 取り残されたもう一人の勇人の脇に転がってる画面が割れたデジタル時計は『十二月十五日・月曜・午後五時四十五分』をさしていた。

 ──余談。

 その後、警察による検死結果は睡眠薬を大量に飲み込み、首を吊っての窒息死という事のようだ。
 母方・父方は勇人が通っていた学校に行き、イジメの全貌が明らかになり。

 学校での唯一の遺品。それは、ある男子生徒が持たされていたと言う二年になった茜・勇人の学生手帳。それと、体育館倉庫から見つけた、勇人の家の鍵が入ったスクールバッグだった。

 十人十色と言う、美しい言葉がある。
 それは、一人一人違う価値観をもつ。
 言うなれば人それぞれだと言うことだろう。
 いかにも美しい言葉だ。互いに互いの色を尊重出来たのなら素晴らしい。
 言うまでもなく理想の世界。
 しかし、それが輪になり集まる種族もまた人間。
 その掛け合わさる色の中に黒が居れば、瞬く間に黒に塗りつぶされてしまう。
 そう考えると人程恐ろしい生き物は居ないだろう。
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