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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−49.運命の導き
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小兄様が再び口を開く。その目は、まっすぐにジル様を見つめていた。
「殿下が御存知の通り、当家の領から採掘されたブルーダイヤモンドは、量こそ少なかったものの、非常に良質でした。王家との契約は二つ。年間の採掘量の十%を税として納めること。ブルーダイヤモンドを外部に売る際は、必ず王家を通すこと。採掘は一年しか行われなかったので、納めた税は王家の想定を大きく下回ったことでしょう」
ジル様が小さく頷く。
「王家は採掘の援助をしていたはずだ。採掘量の十%だけでは採算がとれない」
「はい。ですから、ボワージア家がすぐに王家に他のブルーダイヤモンドを売るよう、静かな圧力をかけて求めたのです。取引は王家の意向を強く反映しますから、良質なブルーダイヤモンドに対して、非常に安い金額が提示されても、当家は受け入れるしかなかったんでしょうね……」
小兄様に、ジル様が「すまない」と呟く。
でも、小兄様は小さく首を横に振った。
「最初の不平等な契約を受け入れてしまった当家にも責任があるんです」
「……ここにあったブルーダイヤモンドは、全部王家に売ってしまったの?」
僕は空っぽになった金庫を指差す。なんだか寂しい光景だと思って、声が震えた。
「そうだよ。この領は度々多額のお金を必要とする事態に見舞われたからね。……数年前の冷夏による穀物への被害があったときには、もうその指輪一つしかなくて、正直父上は途方に暮れていたよ」
「これは売らなかったんだね?」
改めて指輪を見つめる。
見事な大きさのブルーダイヤモンドだ。これを売れば、もう少し楽に生活できて、領民を助けられたかもしれない。
――でも、それは、問題を先延ばしするだけだ。
本当にブルーダイヤモンドが底をついてしまった時、ボワージア領は生きるすべを失う。
「それは、採掘が行われていた時の当主が、妻のために作らせたものだ。台座の裏に紋章があるだろう?」
「あ、本当だ」
指輪を取り出し確認して、思わず感嘆の声をこぼす。
石の磨き方も見事だけど、それ以外の細工も素晴らしい出来だった。それだけ、想いを込められて作られたものなんだろう。
「それ一つだけなら、残していても許されるのではないかと、父は願っていたようだね。――何度も王家に『もう売れるブルーダイヤモンドはない』と伝えても、信じてもらえなかったのですが」
小兄様がジル様に視線を向ける。ジル様はその真剣な眼差しを受け止め、しっかりと頷いた。
「では、俺がそれを保証し、兄上――国王陛下に伝えておこう。今後はきちんと援助に乗り出してくれるはずだ」
「ありがたく存じます」
恭しく頭を下げた小兄様に、ジル様は複雑な眼差しを向けた。
まさか王家とボワージア子爵家がこんなに微妙な関係だったなんてジル様も知らなかったんだろう。
僕もなんとも言えない気持ちで、美しい指輪を見つめる。
そこでふと、ここに来た目的を思い出した。
「小兄様。父様はこの指輪を僕に貸してくれると言っていたんですよね?」
「うん。そろそろ王家との関係を良くしたいとお思いでね。その指輪は、王家と当家を繋ぐ架け橋になってくれるのではないか、と」
「架け橋に……」
王家と関係がこじれる原因になったものが、今は新たな関係を始めるきっかけになるのは不思議だ。
でも、これが一つ残った状態で、僕がジル様と出会い、結ばれることになったのは、神様が導いた運命な気がする。
おそらく父様もそう考えて、この指輪を託してくれることを決めたんだろう。
それはジル様への信頼を示すものでもある。
「――ありがとうございます。大切にお預かりします」
決意を固めて、ぎゅっと指輪を握った。
小兄様を見つめると、穏やかな笑みが返ってくる。
ボワージア家の名を背負い、ジル様と結婚する。
そのことに新たな意義が生まれた気がした。
「殿下が御存知の通り、当家の領から採掘されたブルーダイヤモンドは、量こそ少なかったものの、非常に良質でした。王家との契約は二つ。年間の採掘量の十%を税として納めること。ブルーダイヤモンドを外部に売る際は、必ず王家を通すこと。採掘は一年しか行われなかったので、納めた税は王家の想定を大きく下回ったことでしょう」
ジル様が小さく頷く。
「王家は採掘の援助をしていたはずだ。採掘量の十%だけでは採算がとれない」
「はい。ですから、ボワージア家がすぐに王家に他のブルーダイヤモンドを売るよう、静かな圧力をかけて求めたのです。取引は王家の意向を強く反映しますから、良質なブルーダイヤモンドに対して、非常に安い金額が提示されても、当家は受け入れるしかなかったんでしょうね……」
小兄様に、ジル様が「すまない」と呟く。
でも、小兄様は小さく首を横に振った。
「最初の不平等な契約を受け入れてしまった当家にも責任があるんです」
「……ここにあったブルーダイヤモンドは、全部王家に売ってしまったの?」
僕は空っぽになった金庫を指差す。なんだか寂しい光景だと思って、声が震えた。
「そうだよ。この領は度々多額のお金を必要とする事態に見舞われたからね。……数年前の冷夏による穀物への被害があったときには、もうその指輪一つしかなくて、正直父上は途方に暮れていたよ」
「これは売らなかったんだね?」
改めて指輪を見つめる。
見事な大きさのブルーダイヤモンドだ。これを売れば、もう少し楽に生活できて、領民を助けられたかもしれない。
――でも、それは、問題を先延ばしするだけだ。
本当にブルーダイヤモンドが底をついてしまった時、ボワージア領は生きるすべを失う。
「それは、採掘が行われていた時の当主が、妻のために作らせたものだ。台座の裏に紋章があるだろう?」
「あ、本当だ」
指輪を取り出し確認して、思わず感嘆の声をこぼす。
石の磨き方も見事だけど、それ以外の細工も素晴らしい出来だった。それだけ、想いを込められて作られたものなんだろう。
「それ一つだけなら、残していても許されるのではないかと、父は願っていたようだね。――何度も王家に『もう売れるブルーダイヤモンドはない』と伝えても、信じてもらえなかったのですが」
小兄様がジル様に視線を向ける。ジル様はその真剣な眼差しを受け止め、しっかりと頷いた。
「では、俺がそれを保証し、兄上――国王陛下に伝えておこう。今後はきちんと援助に乗り出してくれるはずだ」
「ありがたく存じます」
恭しく頭を下げた小兄様に、ジル様は複雑な眼差しを向けた。
まさか王家とボワージア子爵家がこんなに微妙な関係だったなんてジル様も知らなかったんだろう。
僕もなんとも言えない気持ちで、美しい指輪を見つめる。
そこでふと、ここに来た目的を思い出した。
「小兄様。父様はこの指輪を僕に貸してくれると言っていたんですよね?」
「うん。そろそろ王家との関係を良くしたいとお思いでね。その指輪は、王家と当家を繋ぐ架け橋になってくれるのではないか、と」
「架け橋に……」
王家と関係がこじれる原因になったものが、今は新たな関係を始めるきっかけになるのは不思議だ。
でも、これが一つ残った状態で、僕がジル様と出会い、結ばれることになったのは、神様が導いた運命な気がする。
おそらく父様もそう考えて、この指輪を託してくれることを決めたんだろう。
それはジル様への信頼を示すものでもある。
「――ありがとうございます。大切にお預かりします」
決意を固めて、ぎゅっと指輪を握った。
小兄様を見つめると、穏やかな笑みが返ってくる。
ボワージア家の名を背負い、ジル様と結婚する。
そのことに新たな意義が生まれた気がした。
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