上 下
110 / 113
Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷

2−49.運命の導き

しおりを挟む
 小兄様が再び口を開く。その目は、まっすぐにジル様を見つめていた。

「殿下が御存知の通り、当家の領から採掘されたブルーダイヤモンドは、量こそ少なかったものの、非常に良質でした。王家との契約は二つ。年間の採掘量の十%を税として納めること。ブルーダイヤモンドを外部に売る際は、必ず王家を通すこと。採掘は一年しか行われなかったので、納めた税は王家の想定を大きく下回ったことでしょう」

 ジル様が小さく頷く。

「王家は採掘の援助をしていたはずだ。採掘量の十%だけでは採算がとれない」
「はい。ですから、ボワージア家がすぐに王家に他のブルーダイヤモンドを売るよう、静かな圧力をかけて求めたのです。取引は王家の意向を強く反映しますから、良質なブルーダイヤモンドに対して、非常に安い金額が提示されても、当家は受け入れるしかなかったんでしょうね……」

 小兄様に、ジル様が「すまない」と呟く。
 でも、小兄様は小さく首を横に振った。

「最初の不平等な契約を受け入れてしまった当家にも責任があるんです」
「……ここにあったブルーダイヤモンドは、全部王家に売ってしまったの?」

 僕は空っぽになった金庫を指差す。なんだか寂しい光景だと思って、声が震えた。

「そうだよ。この領は度々多額のお金を必要とする事態に見舞われたからね。……数年前の冷夏による穀物への被害があったときには、もうその指輪一つしかなくて、正直父上は途方に暮れていたよ」
「これは売らなかったんだね?」

 改めて指輪を見つめる。
 見事な大きさのブルーダイヤモンドだ。これを売れば、もう少し楽に生活できて、領民を助けられたかもしれない。

 ――でも、それは、問題を先延ばしするだけだ。
 本当にブルーダイヤモンドが底をついてしまった時、ボワージア領は生きるすべを失う。

「それは、採掘が行われていた時の当主が、妻のために作らせたものだ。台座の裏に紋章があるだろう?」
「あ、本当だ」

 指輪を取り出し確認して、思わず感嘆の声をこぼす。
 石の磨き方も見事だけど、それ以外の細工も素晴らしい出来だった。それだけ、想いを込められて作られたものなんだろう。

「それ一つだけなら、残していても許されるのではないかと、父は願っていたようだね。――何度も王家に『もう売れるブルーダイヤモンドはない』と伝えても、信じてもらえなかったのですが」

 小兄様がジル様に視線を向ける。ジル様はその真剣な眼差しを受け止め、しっかりと頷いた。

「では、俺がそれを保証し、兄上――国王陛下に伝えておこう。今後はきちんと援助に乗り出してくれるはずだ」
「ありがたく存じます」

 恭しく頭を下げた小兄様に、ジル様は複雑な眼差しを向けた。
 まさか王家とボワージア子爵家がこんなに微妙な関係だったなんてジル様も知らなかったんだろう。

 僕もなんとも言えない気持ちで、美しい指輪を見つめる。
 そこでふと、ここに来た目的を思い出した。

「小兄様。父様はこの指輪を僕に貸してくれると言っていたんですよね?」
「うん。そろそろ王家との関係を良くしたいとお思いでね。その指輪は、王家と当家を繋ぐ架け橋になってくれるのではないか、と」
「架け橋に……」

 王家と関係がこじれる原因になったものが、今は新たな関係を始めるきっかけになるのは不思議だ。
 でも、これが一つ残った状態で、僕がジル様と出会い、結ばれることになったのは、神様が導いた運命な気がする。

 おそらく父様もそう考えて、この指輪を託してくれることを決めたんだろう。
 それはジル様への信頼を示すものでもある。

「――ありがとうございます。大切にお預かりします」

 決意を固めて、ぎゅっと指輪を握った。
 小兄様を見つめると、穏やかな笑みが返ってくる。

 ボワージア家の名を背負い、ジル様と結婚する。
 そのことに新たな意義が生まれた気がした。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

孤独を癒して

星屑
BL
運命の番として出会った2人。 「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、 デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。 *不定期更新。 *感想などいただけると励みになります。 *完結は絶対させます!

処理中です...