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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−48.歴史に隠れた事実
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小兄様が案内してくれたのは、ボワージア子爵家の代々当主の肖像画が飾られている部屋だった。伝統的に受け継いだ物もここにしまわれていることが多い。
「ここは何度も見に来ましたよ?」
前を歩く小兄様に話しかける。
僕だって、ボワージア子爵家の歴史が詰まっているこの部屋を忘れていたわけではない。参考にならないかと、何度も足を運んだのだ。これといって、めぼしい成果はなかったけど。
「でも、フランはこの奥にあるものを見たことはないだろう?」
「奥?」
小兄様が指したのは、部屋の奥にあった小さな扉だった。おそらく金庫だ。
「そこを開けるならば、俺たちは遠慮した方が良いだろうな」
「いえ、構いません。ここにしまわれているのは一つだけで、それはフランに貸し出すと父が決めましたので」
ジル様が不思議そうに首を傾げる。
僕も「貸し出すって、何を?」と尋ねた。
「きっとフランの役に立つものだよ。ちょうど鍵を持ってきていて良かった」
穏やかに微笑んだ小兄様が、古めかしい大きな鍵を扉にさす。回すとカチャと音がした。
ゆっくりと扉が開かれる。
「――これだよ」
小兄様が金庫から取り出したのは、手のひらに乗る大きさの小さな箱だった。
差し出されるままに受け取って、じっと見下ろす。箱の上部には掠れてはいるものの、金でボワージア家の紋章が描かれていた。
「開けていいんですか?」
「もちろん」
慈愛に満ちた笑みを浮かべる小兄様をちらりと見てから、箱に指をかける。
軽く力を入れると、中にあったものが見えた。
「……指輪?」
古風なデザインながら、流麗な美しい指輪だった。
氷河を思わせる大ぶりの石が、光を受けてキラキラと輝いている。銀色の台座と合わせて、まるでボワージア領の冬をイメージして作られたかのようだった。
「ブルーダイヤモンドが使われてるんだ。この領の奥にあるあの山で昔採れたらしい。埋蔵量が少なかったようで、すぐに底をついてしまったらしいけどね」
「え、ブルーダイヤモンドって、すごく希少で高価なものですよね?」
思わずポカンと口を開けて指輪を見つめてしまう。
この領のすぐ近くにブルーダイヤモンドが採れていた山があったなんて知らなかった。それほど昔のことなのだろう。
「そういえば、聞いたことはあったな。ここで採れなくなってすぐに、別の山で採れるようになったから、ボワージア領は『忘れられた地』と言われるようになったとか」
ジル様が納得したように頷く。
「今ではその呼び名の方が独り歩きして、『国から忘れられた地』なんて言われることもありますが。……いえ、それはもう聞きませんね。殿下と、フランのおかげで」
小兄様がふふっと笑う。
僕はボワージア領がそんな風に呼ばれていたことすら知らなかった。生まれ育った領の歴史について勉強不足だったのが、ちょっと悔しい。
「この領で採れたブルーダイヤモンドはこれ一つしか残ってないの?」
大きな金庫にぽつりと一つだけ残されていたのを思い出せば、過去のボワージア子爵家がブルーダイヤモンドをどうしたのか、なんとなく予想できた。
「そうだよ。この領は昔から貧しかったから、資金調達が必要になる度に売って、残ったのはそれ一つだけ」
小兄様が目を細める。
手の中にある指輪がずっしりと重みを増した気がした。
「……それは、王家が謝罪すべき部分もあるな」
ジル様が目を伏せて言うと、小兄様は僅かに鋭い眼差しを向けた。でも、それもすぐに和らぐ。
なんとも言えない雰囲気に戸惑いながら、僕はジル様を見上げた。
「どうしてですか?」
ジル様は申し訳なさそうに眉尻を下げながら、ちらりと小兄様に視線を向ける。
「……おそらく王家がこれまで積極的にボワージア領を助けなかったのは、溜め込んだブルーダイヤモンドを安価で吐き出させるためだっただろう。――取引先は、毎回王家か?」
「はい、記録ではそうなっています。採掘時に王家と交わした契約に、ブルーダイヤモンドは王家を介して取引すること、と決められていたようですから」
思わず息を飲む。
つまり、ボワージア領が長く貧しく、王家からの助けをなかなか得られなかったのは、ブルーダイヤモンドを王家に納めさせるため……?
「ここは何度も見に来ましたよ?」
前を歩く小兄様に話しかける。
僕だって、ボワージア子爵家の歴史が詰まっているこの部屋を忘れていたわけではない。参考にならないかと、何度も足を運んだのだ。これといって、めぼしい成果はなかったけど。
「でも、フランはこの奥にあるものを見たことはないだろう?」
「奥?」
小兄様が指したのは、部屋の奥にあった小さな扉だった。おそらく金庫だ。
「そこを開けるならば、俺たちは遠慮した方が良いだろうな」
「いえ、構いません。ここにしまわれているのは一つだけで、それはフランに貸し出すと父が決めましたので」
ジル様が不思議そうに首を傾げる。
僕も「貸し出すって、何を?」と尋ねた。
「きっとフランの役に立つものだよ。ちょうど鍵を持ってきていて良かった」
穏やかに微笑んだ小兄様が、古めかしい大きな鍵を扉にさす。回すとカチャと音がした。
ゆっくりと扉が開かれる。
「――これだよ」
小兄様が金庫から取り出したのは、手のひらに乗る大きさの小さな箱だった。
差し出されるままに受け取って、じっと見下ろす。箱の上部には掠れてはいるものの、金でボワージア家の紋章が描かれていた。
「開けていいんですか?」
「もちろん」
慈愛に満ちた笑みを浮かべる小兄様をちらりと見てから、箱に指をかける。
軽く力を入れると、中にあったものが見えた。
「……指輪?」
古風なデザインながら、流麗な美しい指輪だった。
氷河を思わせる大ぶりの石が、光を受けてキラキラと輝いている。銀色の台座と合わせて、まるでボワージア領の冬をイメージして作られたかのようだった。
「ブルーダイヤモンドが使われてるんだ。この領の奥にあるあの山で昔採れたらしい。埋蔵量が少なかったようで、すぐに底をついてしまったらしいけどね」
「え、ブルーダイヤモンドって、すごく希少で高価なものですよね?」
思わずポカンと口を開けて指輪を見つめてしまう。
この領のすぐ近くにブルーダイヤモンドが採れていた山があったなんて知らなかった。それほど昔のことなのだろう。
「そういえば、聞いたことはあったな。ここで採れなくなってすぐに、別の山で採れるようになったから、ボワージア領は『忘れられた地』と言われるようになったとか」
ジル様が納得したように頷く。
「今ではその呼び名の方が独り歩きして、『国から忘れられた地』なんて言われることもありますが。……いえ、それはもう聞きませんね。殿下と、フランのおかげで」
小兄様がふふっと笑う。
僕はボワージア領がそんな風に呼ばれていたことすら知らなかった。生まれ育った領の歴史について勉強不足だったのが、ちょっと悔しい。
「この領で採れたブルーダイヤモンドはこれ一つしか残ってないの?」
大きな金庫にぽつりと一つだけ残されていたのを思い出せば、過去のボワージア子爵家がブルーダイヤモンドをどうしたのか、なんとなく予想できた。
「そうだよ。この領は昔から貧しかったから、資金調達が必要になる度に売って、残ったのはそれ一つだけ」
小兄様が目を細める。
手の中にある指輪がずっしりと重みを増した気がした。
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「どうしてですか?」
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「……おそらく王家がこれまで積極的にボワージア領を助けなかったのは、溜め込んだブルーダイヤモンドを安価で吐き出させるためだっただろう。――取引先は、毎回王家か?」
「はい、記録ではそうなっています。採掘時に王家と交わした契約に、ブルーダイヤモンドは王家を介して取引すること、と決められていたようですから」
思わず息を飲む。
つまり、ボワージア領が長く貧しく、王家からの助けをなかなか得られなかったのは、ブルーダイヤモンドを王家に納めさせるため……?
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