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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−46.気分転換?
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エイデール子爵は予定通り帰ってくれた。
最後まで「王弟殿下にお会いしたい」と言っていたそうだけど、マイルスさんに「申し訳ありませんが、これ以上望まれますとご不興を買いかねませんよ」と告げられると、黙り込むしかなかったらしい。
問題は後から来た貴族三組だ。
エイデール子爵の縁に縋って来たのだから、一緒に帰ればいいのに。
――そう思ったのは、確実に僕だけではないはず。
「そろそろ外を散策したいです……」
部屋のベランダでお茶を飲みながら、思わずふくれっ面をしてしまう。
ボワージア領にいて、こんなに閉じこもっているのは初めてかもしれない。僕は幼い頃から活発に外を歩き回っていたから。
商人たちが僕に会いたいと言ってきて、部屋に引きこもることが強いられたことはあったけど、それも半日程度で解除されるものだった。
セレネー領だったら、こんなに不満には思わないだろう。やはり、実家に帰ってきて気が緩んでいるのだ。
「すまないな」
「ジル様がお謝りになることではありません!」
慌てて言う。悪いのは貴族三組だ。
ジル様は苦笑しながら、僕の腰を抱き寄せた。
「庭の散策をするか?」
「ばったり出会ってしまいそうで嫌です……」
僕はジル様の肩に頬を擦り寄せながら、唇を尖らせ呟く。
招かれざる客たちは、まぎれもなく貴族の地位を持っている。そして、ジル様の力によって開発が進む領地であっても、この領に貴族が泊まれるような宿は存在していない。
つまり、貴族三組はこの領主館に滞在しているのだ。
当然、僕たちがいるところとは離れた位置の部屋を提供しているけど、庭に出れば気づかれて接触してくる可能性が高い。
ちなみに、滞在用にとお金を渡されているので、粗末な扱いをして嫌気がさすよう狙うこともできないらしい。
「出会う前に、侍女たちが追い払う」
「……なるほど?」
ちょっと気分が上向いてきた。
考えてみれば、ジル様が人払いをして、それに従わない貴族がいるだろうか。いたら、とんでもなく無礼な人なので、それを理由として追い払うこともできるだろう。
じっとジル様を見上げてから、こくりと頷く。
すぐさまイリスたちが準備をし始めた。
「お出になられるなら、こちらから仕掛けてもよろしいですか?」
不意にマイルスさんが口を挟む。ジル様は胡乱げな眼差しでマイルスさんを見た。
「仕掛け?」
「はい。わざと近づけさせて、無礼者として扱おうかと思いまして」
マイルスさんはにこやかな表情で、なかなかえげつないことを言っている。
王弟殿下に無礼を働いたなんて社交界で知られたら、貴族としての名誉に関わることだ。社交界から追い出される可能性もある。
「……もしかして、すごく怒ってますか?」
じっと観察した末に、おそるおそる尋ねる。
小兄様と同じく、マイルスさんは表情を取り繕うのが上手い。僕の拙い観察眼では、本心を読み取るのは至難のわざだ。
でも、今はなんとなく怖い空気が感じ取れた気がした。
「怒ってはいませんが……殿下とフラン様の行動を、あのような木っ端貴族に妨げられているのが我慢ならないのですよ」
「それはやっぱり怒ってるでしょう!」
マイルスさんが「そうですか?」と首を傾げるのを、僕はジトッと見つめた。
自覚してるに決まってる。隠す気もなさそうだもん。
「ほう……お前がそう言うということは、あまり良い連中ではないのか」
「少なくとも、殿下だけでなく、ボワージア子爵家との関わりもご遠慮願いたい方々ですね」
あっさりと答えたマイルスさんは、指折り数えて、ボワージア家を訪れた貴族たちの悪行を挙げていった。
僕はあまり覚える気にならなかったけど、裏で悪事を働いている貴族たちだったらしい。
「……それはエイデール子爵が友人と呼んでいるのもまずいのでは?」
「その通りです。まぁ、それについては、こちらへの影響はあまりなさそうですし、御本人にどうにかしてもらいましょう」
あっさりとエイデール子爵が切り捨てられた。近い未来で、エイデール子爵が苦労するのは決まったも同然だ。
こちらに頼ってくることにならないだろうか、と少し心配になる。
そんな思いが表情に滲んでいたのか、ジル様が僕をちらりと見た後に口を開いた。
「警告は?」
「しております。早々に対処されなければ、ご令嬢の縁談も破談になるかもしれない、と伝えたら青い顔で帰っていきましたよ」
エイデール子爵があっさりと立ち去ったのは、ジル様のご機嫌を脅しに使ったからだけではなかったらしい。
様々な手を打つところは、さすがジル様の側近を務める立場にある人だ。
「そういうことなら、悪巧み、してみようか」
ジル様がニヤリと笑う。
腰を抱かれたまま立ち上がり、僕もちょっと楽しくなってきた。
「ふふ、ジル様も悪い方だったのですね」
「そういう俺は嫌いか?」
「いいえ。……むしろ、楽しくて好きです」
悪い貴族を懲らしめよう、と行動することにワクワクしてしまうのは、僕もちょっと悪い子かもしれない。
最後まで「王弟殿下にお会いしたい」と言っていたそうだけど、マイルスさんに「申し訳ありませんが、これ以上望まれますとご不興を買いかねませんよ」と告げられると、黙り込むしかなかったらしい。
問題は後から来た貴族三組だ。
エイデール子爵の縁に縋って来たのだから、一緒に帰ればいいのに。
――そう思ったのは、確実に僕だけではないはず。
「そろそろ外を散策したいです……」
部屋のベランダでお茶を飲みながら、思わずふくれっ面をしてしまう。
ボワージア領にいて、こんなに閉じこもっているのは初めてかもしれない。僕は幼い頃から活発に外を歩き回っていたから。
商人たちが僕に会いたいと言ってきて、部屋に引きこもることが強いられたことはあったけど、それも半日程度で解除されるものだった。
セレネー領だったら、こんなに不満には思わないだろう。やはり、実家に帰ってきて気が緩んでいるのだ。
「すまないな」
「ジル様がお謝りになることではありません!」
慌てて言う。悪いのは貴族三組だ。
ジル様は苦笑しながら、僕の腰を抱き寄せた。
「庭の散策をするか?」
「ばったり出会ってしまいそうで嫌です……」
僕はジル様の肩に頬を擦り寄せながら、唇を尖らせ呟く。
招かれざる客たちは、まぎれもなく貴族の地位を持っている。そして、ジル様の力によって開発が進む領地であっても、この領に貴族が泊まれるような宿は存在していない。
つまり、貴族三組はこの領主館に滞在しているのだ。
当然、僕たちがいるところとは離れた位置の部屋を提供しているけど、庭に出れば気づかれて接触してくる可能性が高い。
ちなみに、滞在用にとお金を渡されているので、粗末な扱いをして嫌気がさすよう狙うこともできないらしい。
「出会う前に、侍女たちが追い払う」
「……なるほど?」
ちょっと気分が上向いてきた。
考えてみれば、ジル様が人払いをして、それに従わない貴族がいるだろうか。いたら、とんでもなく無礼な人なので、それを理由として追い払うこともできるだろう。
じっとジル様を見上げてから、こくりと頷く。
すぐさまイリスたちが準備をし始めた。
「お出になられるなら、こちらから仕掛けてもよろしいですか?」
不意にマイルスさんが口を挟む。ジル様は胡乱げな眼差しでマイルスさんを見た。
「仕掛け?」
「はい。わざと近づけさせて、無礼者として扱おうかと思いまして」
マイルスさんはにこやかな表情で、なかなかえげつないことを言っている。
王弟殿下に無礼を働いたなんて社交界で知られたら、貴族としての名誉に関わることだ。社交界から追い出される可能性もある。
「……もしかして、すごく怒ってますか?」
じっと観察した末に、おそるおそる尋ねる。
小兄様と同じく、マイルスさんは表情を取り繕うのが上手い。僕の拙い観察眼では、本心を読み取るのは至難のわざだ。
でも、今はなんとなく怖い空気が感じ取れた気がした。
「怒ってはいませんが……殿下とフラン様の行動を、あのような木っ端貴族に妨げられているのが我慢ならないのですよ」
「それはやっぱり怒ってるでしょう!」
マイルスさんが「そうですか?」と首を傾げるのを、僕はジトッと見つめた。
自覚してるに決まってる。隠す気もなさそうだもん。
「ほう……お前がそう言うということは、あまり良い連中ではないのか」
「少なくとも、殿下だけでなく、ボワージア子爵家との関わりもご遠慮願いたい方々ですね」
あっさりと答えたマイルスさんは、指折り数えて、ボワージア家を訪れた貴族たちの悪行を挙げていった。
僕はあまり覚える気にならなかったけど、裏で悪事を働いている貴族たちだったらしい。
「……それはエイデール子爵が友人と呼んでいるのもまずいのでは?」
「その通りです。まぁ、それについては、こちらへの影響はあまりなさそうですし、御本人にどうにかしてもらいましょう」
あっさりとエイデール子爵が切り捨てられた。近い未来で、エイデール子爵が苦労するのは決まったも同然だ。
こちらに頼ってくることにならないだろうか、と少し心配になる。
そんな思いが表情に滲んでいたのか、ジル様が僕をちらりと見た後に口を開いた。
「警告は?」
「しております。早々に対処されなければ、ご令嬢の縁談も破談になるかもしれない、と伝えたら青い顔で帰っていきましたよ」
エイデール子爵があっさりと立ち去ったのは、ジル様のご機嫌を脅しに使ったからだけではなかったらしい。
様々な手を打つところは、さすがジル様の側近を務める立場にある人だ。
「そういうことなら、悪巧み、してみようか」
ジル様がニヤリと笑う。
腰を抱かれたまま立ち上がり、僕もちょっと楽しくなってきた。
「ふふ、ジル様も悪い方だったのですね」
「そういう俺は嫌いか?」
「いいえ。……むしろ、楽しくて好きです」
悪い貴族を懲らしめよう、と行動することにワクワクしてしまうのは、僕もちょっと悪い子かもしれない。
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