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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−45.良いのか悪いのか
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翌日、僕の願いはあえなく潰えた。
エイデール子爵が帰るまでは外出を控えようと部屋で寛ぐ僕たちのところへ、苦々しい表情の小兄様がやって来たのだ。
そして報告されたのは――
「……増えた……?」
「とても残念なことに」
小兄様が重々しく頷く。僕の横で、同じくソファに座っていたジル様が「なんだそれは……」と嫌そうに呟いた。
「エイデール子爵のご友人だというラダント男爵、エスカルア子爵、マリアリノ子爵が、『ぜひとも王弟殿下にご挨拶したい』と。どうやら、アイリ嬢のように、息女方の縁談をご紹介していただきたいようですよ。王弟殿下の目に止まって、妾として召し上げられるならそれに越したことはない、という考えがあるのも見え見えでしたが」
詳しい説明をした小兄様に、ジル様は再び「なんだそれは……」と呻いた。疲れた表情をしてる。
いたわるようにジル様の手を撫でると、捕まってぎゅっと握りしめられた。痛くないけどジル様の熱を強く感じられて、なんだか嬉しい。
ふふ、と微笑む僕を、小兄様が苦笑して眺めていた。
「マイルス」
「エイデール子爵は明日には王都にご帰還の予定です。後から来られた方も、さっさとお帰り願いましょう」
「あっさりと帰るか?」
問いかけたジル様に、マイルスさんが肩をすくめる。
「帰らせます。――縁談を紹介したのは、ボワージア家の縁戚であるエイデール子爵家が、殿下の名前を使って行動するのを抑えるためです。そのご友人方と私どもが縁を結ぶ必要はございません。それでよろしいですよね?」
「ああ」
ジル様が頷くと、マイルスさんは早速動き始めようとした。
それを小兄様が制止する。
「お待ちください。今回、御息女方も一緒にいらっしゃっています。マイルス卿が対応にお出になられると、縁談相手として目をつけられるかもしれません」
「うわ……」
マイルスさんが心底嫌そうな表情を浮かべた。
小兄様が『卿』と呼びかけたのは、マイルスさんが伯爵家の子息だからだ。基本的に爵位を持っていない貴族の子息は『卿』あるいは『嬢』などと呼ばれる。
「今さらだな」
「そうであっても、嫌なものは嫌ですよ」
涼しい顔のジル様に、マイルスさんは苦々しく文句を言った。
「お前もいい年だが」
「少なくとも、殿下の結婚式が無事に終わるまでは、私のことなんて考えていられません」
はっきりと言い切るマイルスさんに、ジル様が「……そうか」と呆れた様子で言う。
二人のやり取りを黙って聞きながら、僕は自然と微笑んでいた。ジル様の傍にマイルスさんがずっといてくれたことが嬉しいな、と改めて思ったのだ。
「私もおすすめしませんよ。彼女たち、随分と野心があるようでしたから」
小兄様が少し疲れた感じでため息混じりで報告する。
その様子が心配になって、僕は小兄様をじっと見つめた。
「何か言われたのですか?」
「『あなたとの縁談でもよろしくてよ。王弟殿下に近づくには、番の家族は利用価値がありますもの』とは言われたね」
あっさりと教えてくれたけど、それを聞いて思わず顔が引き攣っちゃった。
だって、もうちょっと取り繕ってくれてもよくない? 利用価値なんて言われて、本気で縁談を進める人がいるとは思えない。
「――まぁ、ここまであからさまなのは初めてだけど、似たようなことを暗に言われるのは数え切れないほどあるから、慣れているよ」
「小兄様……ご迷惑をおかけしてます……」
しょんぼりと肩を落とす。
ジル様伝いになんとなく聞いてはいたけど、実際に小兄様に言われると衝撃が大きい。
「気にしないで。良い方がいれば、うちにとっても利益があるだろうと考えて対応してるからね」
小兄様は揺るがない微笑みを浮かべて慰めてくれた。これは本心で言ってる。
ジル様とマイルスさんが僅かに目を見開いた。
「フレデリックは貴族と縁を結ぶつもりがあるのか?」
「兄があれですから。私くらいは、政略結婚をするべきでしょう。このような辺鄙な場所であっても、貴族としての血統を保つのは大切です」
大兄様と平民の女性が結婚した場合、大兄様の次に爵位を継ぐのは、小兄様かその子息ということにするらしい。
小兄様は「父と兄も承知の上です」となんでもない様子で言うから、僕は何も言えない。いずれ正式にこの家を離れる立場だから。
「……そうか。それなら、俺の方で良い相手を探してもいいが」
「それは光栄ですが、よろしいのですか?」
「ああ。番の実家がどこと縁づくかは、俺にとっても重要だからな」
そう言いながら、ジル様はマイルスさんに視線を向けた。
「探しておきます。――申し訳ありませんが、少しお時間いただきますね」
「もちろん、構いませんよ。私は急いでいませんので」
にこやかに微笑みを交わすマイルスさんと小兄様を見て、ふとあることに気づく。
「……なんか、似てる」
「何がだ?」
「小兄様とマイルスさん、雰囲気が一緒です。だから、マイルスさんに会ったばかりの頃でも、なんとなく安心できたのかもしれませんね」
ふふっと笑って言うと、小兄様とマイルスさんがマジマジと見つめ合った。
あまり同意を得られなそうだったけど、僕がそう感じただけだから別にそれでいいのだ。
エイデール子爵が帰るまでは外出を控えようと部屋で寛ぐ僕たちのところへ、苦々しい表情の小兄様がやって来たのだ。
そして報告されたのは――
「……増えた……?」
「とても残念なことに」
小兄様が重々しく頷く。僕の横で、同じくソファに座っていたジル様が「なんだそれは……」と嫌そうに呟いた。
「エイデール子爵のご友人だというラダント男爵、エスカルア子爵、マリアリノ子爵が、『ぜひとも王弟殿下にご挨拶したい』と。どうやら、アイリ嬢のように、息女方の縁談をご紹介していただきたいようですよ。王弟殿下の目に止まって、妾として召し上げられるならそれに越したことはない、という考えがあるのも見え見えでしたが」
詳しい説明をした小兄様に、ジル様は再び「なんだそれは……」と呻いた。疲れた表情をしてる。
いたわるようにジル様の手を撫でると、捕まってぎゅっと握りしめられた。痛くないけどジル様の熱を強く感じられて、なんだか嬉しい。
ふふ、と微笑む僕を、小兄様が苦笑して眺めていた。
「マイルス」
「エイデール子爵は明日には王都にご帰還の予定です。後から来られた方も、さっさとお帰り願いましょう」
「あっさりと帰るか?」
問いかけたジル様に、マイルスさんが肩をすくめる。
「帰らせます。――縁談を紹介したのは、ボワージア家の縁戚であるエイデール子爵家が、殿下の名前を使って行動するのを抑えるためです。そのご友人方と私どもが縁を結ぶ必要はございません。それでよろしいですよね?」
「ああ」
ジル様が頷くと、マイルスさんは早速動き始めようとした。
それを小兄様が制止する。
「お待ちください。今回、御息女方も一緒にいらっしゃっています。マイルス卿が対応にお出になられると、縁談相手として目をつけられるかもしれません」
「うわ……」
マイルスさんが心底嫌そうな表情を浮かべた。
小兄様が『卿』と呼びかけたのは、マイルスさんが伯爵家の子息だからだ。基本的に爵位を持っていない貴族の子息は『卿』あるいは『嬢』などと呼ばれる。
「今さらだな」
「そうであっても、嫌なものは嫌ですよ」
涼しい顔のジル様に、マイルスさんは苦々しく文句を言った。
「お前もいい年だが」
「少なくとも、殿下の結婚式が無事に終わるまでは、私のことなんて考えていられません」
はっきりと言い切るマイルスさんに、ジル様が「……そうか」と呆れた様子で言う。
二人のやり取りを黙って聞きながら、僕は自然と微笑んでいた。ジル様の傍にマイルスさんがずっといてくれたことが嬉しいな、と改めて思ったのだ。
「私もおすすめしませんよ。彼女たち、随分と野心があるようでしたから」
小兄様が少し疲れた感じでため息混じりで報告する。
その様子が心配になって、僕は小兄様をじっと見つめた。
「何か言われたのですか?」
「『あなたとの縁談でもよろしくてよ。王弟殿下に近づくには、番の家族は利用価値がありますもの』とは言われたね」
あっさりと教えてくれたけど、それを聞いて思わず顔が引き攣っちゃった。
だって、もうちょっと取り繕ってくれてもよくない? 利用価値なんて言われて、本気で縁談を進める人がいるとは思えない。
「――まぁ、ここまであからさまなのは初めてだけど、似たようなことを暗に言われるのは数え切れないほどあるから、慣れているよ」
「小兄様……ご迷惑をおかけしてます……」
しょんぼりと肩を落とす。
ジル様伝いになんとなく聞いてはいたけど、実際に小兄様に言われると衝撃が大きい。
「気にしないで。良い方がいれば、うちにとっても利益があるだろうと考えて対応してるからね」
小兄様は揺るがない微笑みを浮かべて慰めてくれた。これは本心で言ってる。
ジル様とマイルスさんが僅かに目を見開いた。
「フレデリックは貴族と縁を結ぶつもりがあるのか?」
「兄があれですから。私くらいは、政略結婚をするべきでしょう。このような辺鄙な場所であっても、貴族としての血統を保つのは大切です」
大兄様と平民の女性が結婚した場合、大兄様の次に爵位を継ぐのは、小兄様かその子息ということにするらしい。
小兄様は「父と兄も承知の上です」となんでもない様子で言うから、僕は何も言えない。いずれ正式にこの家を離れる立場だから。
「……そうか。それなら、俺の方で良い相手を探してもいいが」
「それは光栄ですが、よろしいのですか?」
「ああ。番の実家がどこと縁づくかは、俺にとっても重要だからな」
そう言いながら、ジル様はマイルスさんに視線を向けた。
「探しておきます。――申し訳ありませんが、少しお時間いただきますね」
「もちろん、構いませんよ。私は急いでいませんので」
にこやかに微笑みを交わすマイルスさんと小兄様を見て、ふとあることに気づく。
「……なんか、似てる」
「何がだ?」
「小兄様とマイルスさん、雰囲気が一緒です。だから、マイルスさんに会ったばかりの頃でも、なんとなく安心できたのかもしれませんね」
ふふっと笑って言うと、小兄様とマイルスさんがマジマジと見つめ合った。
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