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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−42.深まる絆
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その後始まった晩餐会は、小規模ながら和やかな雰囲気で進んだ。父様や大兄様は慣れないカトラリーの扱いに四苦八苦していたようだけど。
小兄様は「見様見真似でなんとかなるものだね」と涼しい顔をして食事を楽しんでいたので、さすがだと思う。たぶん、ボワージア家で一番肝が据わっているのは小兄様だ。
大兄様がダイニングルームの前で立ち尽くしていた理由が「見たこともない豪華な食卓に慄いていたせい」と小兄様に暴露され、大慌てする大兄様を見てクスクスと笑ってしまった。
「大兄様、いくらなんでも、そんなに驚くことじゃないでしょ?」
「フランは慣れたんだろうが、まるで貴族の家で出てくるものみたいな食事見て、逃げたくなるのはしかたないだろ」
「ボワージアはれっきとした貴族です。子爵家ですよ。そして、兄上はその後継者です」
小兄様が呆れ混じりに咎める。
気まずそうに「へーい」と返事をした大兄様は、綺麗に食べるのを諦めて、普段通りにガツガツとフォークで食べ進めた。
ちらっとジル様を窺ってみる。粗雑な仕草に眉を顰めているのでは、と思ったけど、実際は愉快そうに大兄様を眺めていた。
「なかなか不思議な兄君だな」
「不思議というか……平民に染まっているというべきですね」
領民たちと遊びながら育った僕でも、大兄様ほどではないので、何が大兄様をこんな風に育てたかは謎だ。
「幼い頃の初恋の君が領民だったからかもね。その娘、当時は体力自慢の領民に惚れていたようだし」
「ちょ、フレデリック!?」
大兄様は慌てて小兄様の口を塞ごうとしていたけど、あっさりと躱されていた。
その兄弟のやり取りを、父様が「殿下の御前だよ」と咎めると、大兄様はサッと取り繕った態度で座り直す。でも、その顔は引き攣っていた。
「大兄様の初恋ですか」
初耳の話に興味をそそられた。ジル様も「ほう」と頷く。
体力自慢と言うと聞こえはいいけど、今の大兄様の振る舞いを考えると、随分と粗暴な人に領民の娘は惚れていたんだろうな。
僕の好きな人の理想はジル様なので、そういう人が好かれる理由がよくわからない。
「長い初恋だったようだよ。そろそろ決着がつくかもしれない」
「えっ」
実るのか、散るのか、どっちの意味での決着だろう?
大兄様は珍しく照れた感じで顔を背けた。つまり――
「……大兄様の結婚式には、絶対に呼んでくださいね!」
「気が早いっ!」
貴族の嫡子にしては遅すぎる春だ。相手が領民であるというのは、多少なりとも問題が生じかねないことは分かっているけど、弟として祝福しないわけがない。
「いいですよね、ジル様」
「ああ。できれば、式はまた避暑の時期がいいな」
「この地方では、お祝いごとは夏の穏やかな気候の中で行うのが通例ですから、大丈夫ですよ」
未来の約束を交わし、微笑む。
これで心置きなく大兄様のお祝いごとに参加できるはずだ。その頃には王弟妃という立場になっているだろうし、難しいかなぁと思っていたから、嬉しくてたまらない。
「……しかし、相手は平民か」
ぼそりと呟いたジル様に視線が集まる。
「問題がありますか」
大兄様が牽制するように言った。小兄様は少し困った顔をしている。
「いや……お義父君が納得の上ならば、俺が何か言うことではない。だが――」
ジル様がふと僕を見つめる。
話に不穏さが滲んでいて、思わず縋るような目を向けていた僕に気づくと、安心させるように微笑んでくれた。
「もし、うるさいことを言う貴族がいたら、俺の名を出すといい。王弟に認められている婚姻の邪魔をしようとする者は、そうそういない」
「え……」
大兄様がぽかんと口を開ける。父様と小兄様も目を見開いてジル様を凝視していた。
「フランの家族なのだから、俺が守るのも当然だろう」
「ジル様……ありがとうございます」
僕がにこりと微笑んでそっと寄り添うと、ジル様は満足そうに笑い頷く。
「……大変ありがたく存じます」
大兄様がこれまでで一番敬意と感謝のこもった表情で頭を下げた。父様と小兄様も喜びの滲んだ表情で礼を告げる。
一気に、ジル様が僕の家族の一員として受け入れてもらえた気がして、僕も嬉しくなった。
小兄様は「見様見真似でなんとかなるものだね」と涼しい顔をして食事を楽しんでいたので、さすがだと思う。たぶん、ボワージア家で一番肝が据わっているのは小兄様だ。
大兄様がダイニングルームの前で立ち尽くしていた理由が「見たこともない豪華な食卓に慄いていたせい」と小兄様に暴露され、大慌てする大兄様を見てクスクスと笑ってしまった。
「大兄様、いくらなんでも、そんなに驚くことじゃないでしょ?」
「フランは慣れたんだろうが、まるで貴族の家で出てくるものみたいな食事見て、逃げたくなるのはしかたないだろ」
「ボワージアはれっきとした貴族です。子爵家ですよ。そして、兄上はその後継者です」
小兄様が呆れ混じりに咎める。
気まずそうに「へーい」と返事をした大兄様は、綺麗に食べるのを諦めて、普段通りにガツガツとフォークで食べ進めた。
ちらっとジル様を窺ってみる。粗雑な仕草に眉を顰めているのでは、と思ったけど、実際は愉快そうに大兄様を眺めていた。
「なかなか不思議な兄君だな」
「不思議というか……平民に染まっているというべきですね」
領民たちと遊びながら育った僕でも、大兄様ほどではないので、何が大兄様をこんな風に育てたかは謎だ。
「幼い頃の初恋の君が領民だったからかもね。その娘、当時は体力自慢の領民に惚れていたようだし」
「ちょ、フレデリック!?」
大兄様は慌てて小兄様の口を塞ごうとしていたけど、あっさりと躱されていた。
その兄弟のやり取りを、父様が「殿下の御前だよ」と咎めると、大兄様はサッと取り繕った態度で座り直す。でも、その顔は引き攣っていた。
「大兄様の初恋ですか」
初耳の話に興味をそそられた。ジル様も「ほう」と頷く。
体力自慢と言うと聞こえはいいけど、今の大兄様の振る舞いを考えると、随分と粗暴な人に領民の娘は惚れていたんだろうな。
僕の好きな人の理想はジル様なので、そういう人が好かれる理由がよくわからない。
「長い初恋だったようだよ。そろそろ決着がつくかもしれない」
「えっ」
実るのか、散るのか、どっちの意味での決着だろう?
大兄様は珍しく照れた感じで顔を背けた。つまり――
「……大兄様の結婚式には、絶対に呼んでくださいね!」
「気が早いっ!」
貴族の嫡子にしては遅すぎる春だ。相手が領民であるというのは、多少なりとも問題が生じかねないことは分かっているけど、弟として祝福しないわけがない。
「いいですよね、ジル様」
「ああ。できれば、式はまた避暑の時期がいいな」
「この地方では、お祝いごとは夏の穏やかな気候の中で行うのが通例ですから、大丈夫ですよ」
未来の約束を交わし、微笑む。
これで心置きなく大兄様のお祝いごとに参加できるはずだ。その頃には王弟妃という立場になっているだろうし、難しいかなぁと思っていたから、嬉しくてたまらない。
「……しかし、相手は平民か」
ぼそりと呟いたジル様に視線が集まる。
「問題がありますか」
大兄様が牽制するように言った。小兄様は少し困った顔をしている。
「いや……お義父君が納得の上ならば、俺が何か言うことではない。だが――」
ジル様がふと僕を見つめる。
話に不穏さが滲んでいて、思わず縋るような目を向けていた僕に気づくと、安心させるように微笑んでくれた。
「もし、うるさいことを言う貴族がいたら、俺の名を出すといい。王弟に認められている婚姻の邪魔をしようとする者は、そうそういない」
「え……」
大兄様がぽかんと口を開ける。父様と小兄様も目を見開いてジル様を凝視していた。
「フランの家族なのだから、俺が守るのも当然だろう」
「ジル様……ありがとうございます」
僕がにこりと微笑んでそっと寄り添うと、ジル様は満足そうに笑い頷く。
「……大変ありがたく存じます」
大兄様がこれまでで一番敬意と感謝のこもった表情で頭を下げた。父様と小兄様も喜びの滲んだ表情で礼を告げる。
一気に、ジル様が僕の家族の一員として受け入れてもらえた気がして、僕も嬉しくなった。
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