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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−38.懐かしいわが家
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その後もジル様に支援事業の話を聞きながら、領主館に向けて進んだ。
ちなみに、農地が増えているのに、植わっている麦が少ないように見えたのは、代わりに芋類を育てるようにしているからだそうだ。
ちょうど、寒冷に強い品種の芋が隣国から手に入ったらしく、この国でいち早くボワージア領での栽培が決まった。
上手く行けば、この領地はその芋を特産品にすることができるし、そうでなくても麦よりも収量が多く手軽に食べられる芋で、冬場の餓死を防げるという算段らしい。
この計画を推し進めさせたのもジル様だ。
そもそも、種芋を入手したのも王妃であるお義姉様の伝手を使ったものだそう。
僕が知らない内に、たくさんの仕事をしているんだなぁ、と改めて思った。
「……領主館も、ちょっと綺麗になってる……?」
辿り着いた領主館の玄関前で馬車をおりながら、じっと観察する。
本当に微々たる差だけど、外壁や屋根が新しくなっているように見えた。
街中の変化に比べたら――ジル様から支援を受けていることを考えたら――もうちょっと変化していてもいいんじゃないかな、と思わなくもない。
でも、自分たちが贅沢したり、快適に過ごしたりするためにお金を使うより、街や領民のために使うのは、僕の家族らしいとも思って、なんだか誇らしい。
「最低限見栄えがするようにしろ、と言っておいたからな。――さすがに、俺の番の実家だと注目を浴びるから、フランが恥ずかしくならないようにするためにも、見た目を整えるのは必要だったらしい」
隣に立つジル様は、そう言いながらも『これが最低限? もっと金を送った方が良かったか?』と思っているような気がする。
十分に以前より綺麗になってます、なんて教えたところで理解されないと思う。セレネー領にある城とは、元々が違いすぎるのだ。
「王弟殿下! フラン!」
荷物を下ろし運び入れる者たちに紛れるようにして、父様が駆け寄ってきた。
見慣れた焦げ茶色の髪と優しそうな面立ちに、懐かしさが込み上げてくる。
「――お出迎えが遅れまして、大変申し訳ございません!」
近くまで来たと思ったら、父様が深々と頭を下げた。
気温は涼しいくらいだというのに、顔に汗が滲んでいる。
「気にするな。今は忙しくしているんだろう?」
「はい、おかげさまで。寛大なお心に感謝いたします」
ジル様の鷹揚な頷きと言葉に、父様は顔を上げてホッと表情を緩めた。
どうやら、つい先程まで街の方で工事の指示をしたり、領民の話を聞いたり、忙しく仕事をしていたらしい。
「そう堅苦しくする必要はない。俺のお義父君になるのだからな」
「は、はい、それは、あー、大変、光栄なことと、存じます……?」
父様はほぼ領内に引きこもっているようなものだから、ジル様のような貴い身分の人と接する経験が少ない。だから、慣れないやり取りに戸惑ってしまうのは仕方ないのだ。
そのことはジル様も理解しているので、拙い返事を気にする様子を見せず頷いた。
「父様、ただいま戻りました。思いがけず長く離れることになりましたが、こうして再びお会いすることができ、父様がお健やかそうなご様子でなによりです」
「あ、え、フラン、あー……うん?」
以前では考えられない言葉遣いで、にこりと貴族的な笑みを浮かべて挨拶すると、父様が完全に混乱してしまった様子で固まった。
その姿が面白すぎて、もう笑いがこらえきれなかった。
「ふふっ、冗談だよ」
「は……?」
「ただいま。父様が元気そうで良かった。僕の部屋はまだある?」
上目遣いに窺いながら微笑み、首を傾げる。
父様が一気に脱力して、大きく息を吐いた。なんだかぐったりしてる。
「……勘弁してほしい。王弟殿下をお迎えするだけでも、私はいっぱいいっぱいだったんだからね? あと、フランの部屋がなくなるなんてこと、あるはずがないだろう。むしろ、前以上に綺麗になってるよ」
「ごめんなさい。でも、部屋が綺麗になってるってどういうこと?」
「そりゃあ、王弟殿下もお過ごしになるかもしれないし、最優先で整えたからね」
言われてみれば納得だ。
つまり、僕の部屋は現在、ジル様と一緒に過ごす部屋として改装されているということ。離れて眠るなんて考えられないから、ありがたいかも。
「くくっ。いつもよりフランは生き生きしているな」
「そうですか?」
笑ったジル様に問いかけながらも、その自覚はあった。
なんというか、久しぶりに羽を伸ばせてる感じ、かな。すごく寛いだ気分だ。まだ玄関前なんだけど。
「――あ、というか、いつまでジル様を表に立たせてるの。早く中に案内しないと」
「あ、そうだね。っと、んん――そうでした。王弟殿下。狭い屋敷ですが、どうぞ中でお寛ぎください」
なんとか貴族らしさを取り繕って、父様が中へと促す。
僕はジル様の腕に抱きつきながら微笑みかけた。
「僕の部屋、変わってるみたいなので、見るのが楽しみです」
「幼い頃からフランが過ごしてきた部屋を見られないのは少し残念だがな」
「見ても楽しいものではなかったと思いますけど」
腕を引いて屋敷に入りながら、ジル様と楽しく会話をする。
慣れ親しんだ屋敷に、高貴な身なりのジル様がいるという違和感が面白くて、にこにこと笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
ちなみに、農地が増えているのに、植わっている麦が少ないように見えたのは、代わりに芋類を育てるようにしているからだそうだ。
ちょうど、寒冷に強い品種の芋が隣国から手に入ったらしく、この国でいち早くボワージア領での栽培が決まった。
上手く行けば、この領地はその芋を特産品にすることができるし、そうでなくても麦よりも収量が多く手軽に食べられる芋で、冬場の餓死を防げるという算段らしい。
この計画を推し進めさせたのもジル様だ。
そもそも、種芋を入手したのも王妃であるお義姉様の伝手を使ったものだそう。
僕が知らない内に、たくさんの仕事をしているんだなぁ、と改めて思った。
「……領主館も、ちょっと綺麗になってる……?」
辿り着いた領主館の玄関前で馬車をおりながら、じっと観察する。
本当に微々たる差だけど、外壁や屋根が新しくなっているように見えた。
街中の変化に比べたら――ジル様から支援を受けていることを考えたら――もうちょっと変化していてもいいんじゃないかな、と思わなくもない。
でも、自分たちが贅沢したり、快適に過ごしたりするためにお金を使うより、街や領民のために使うのは、僕の家族らしいとも思って、なんだか誇らしい。
「最低限見栄えがするようにしろ、と言っておいたからな。――さすがに、俺の番の実家だと注目を浴びるから、フランが恥ずかしくならないようにするためにも、見た目を整えるのは必要だったらしい」
隣に立つジル様は、そう言いながらも『これが最低限? もっと金を送った方が良かったか?』と思っているような気がする。
十分に以前より綺麗になってます、なんて教えたところで理解されないと思う。セレネー領にある城とは、元々が違いすぎるのだ。
「王弟殿下! フラン!」
荷物を下ろし運び入れる者たちに紛れるようにして、父様が駆け寄ってきた。
見慣れた焦げ茶色の髪と優しそうな面立ちに、懐かしさが込み上げてくる。
「――お出迎えが遅れまして、大変申し訳ございません!」
近くまで来たと思ったら、父様が深々と頭を下げた。
気温は涼しいくらいだというのに、顔に汗が滲んでいる。
「気にするな。今は忙しくしているんだろう?」
「はい、おかげさまで。寛大なお心に感謝いたします」
ジル様の鷹揚な頷きと言葉に、父様は顔を上げてホッと表情を緩めた。
どうやら、つい先程まで街の方で工事の指示をしたり、領民の話を聞いたり、忙しく仕事をしていたらしい。
「そう堅苦しくする必要はない。俺のお義父君になるのだからな」
「は、はい、それは、あー、大変、光栄なことと、存じます……?」
父様はほぼ領内に引きこもっているようなものだから、ジル様のような貴い身分の人と接する経験が少ない。だから、慣れないやり取りに戸惑ってしまうのは仕方ないのだ。
そのことはジル様も理解しているので、拙い返事を気にする様子を見せず頷いた。
「父様、ただいま戻りました。思いがけず長く離れることになりましたが、こうして再びお会いすることができ、父様がお健やかそうなご様子でなによりです」
「あ、え、フラン、あー……うん?」
以前では考えられない言葉遣いで、にこりと貴族的な笑みを浮かべて挨拶すると、父様が完全に混乱してしまった様子で固まった。
その姿が面白すぎて、もう笑いがこらえきれなかった。
「ふふっ、冗談だよ」
「は……?」
「ただいま。父様が元気そうで良かった。僕の部屋はまだある?」
上目遣いに窺いながら微笑み、首を傾げる。
父様が一気に脱力して、大きく息を吐いた。なんだかぐったりしてる。
「……勘弁してほしい。王弟殿下をお迎えするだけでも、私はいっぱいいっぱいだったんだからね? あと、フランの部屋がなくなるなんてこと、あるはずがないだろう。むしろ、前以上に綺麗になってるよ」
「ごめんなさい。でも、部屋が綺麗になってるってどういうこと?」
「そりゃあ、王弟殿下もお過ごしになるかもしれないし、最優先で整えたからね」
言われてみれば納得だ。
つまり、僕の部屋は現在、ジル様と一緒に過ごす部屋として改装されているということ。離れて眠るなんて考えられないから、ありがたいかも。
「くくっ。いつもよりフランは生き生きしているな」
「そうですか?」
笑ったジル様に問いかけながらも、その自覚はあった。
なんというか、久しぶりに羽を伸ばせてる感じ、かな。すごく寛いだ気分だ。まだ玄関前なんだけど。
「――あ、というか、いつまでジル様を表に立たせてるの。早く中に案内しないと」
「あ、そうだね。っと、んん――そうでした。王弟殿下。狭い屋敷ですが、どうぞ中でお寛ぎください」
なんとか貴族らしさを取り繕って、父様が中へと促す。
僕はジル様の腕に抱きつきながら微笑みかけた。
「僕の部屋、変わってるみたいなので、見るのが楽しみです」
「幼い頃からフランが過ごしてきた部屋を見られないのは少し残念だがな」
「見ても楽しいものではなかったと思いますけど」
腕を引いて屋敷に入りながら、ジル様と楽しく会話をする。
慣れ親しんだ屋敷に、高貴な身なりのジル様がいるという違和感が面白くて、にこにこと笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
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