貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷

2−37.変わりゆく故郷

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 山の麓に位置する小さな街。寂れた雰囲気のそこが、僕の生まれ故郷であるボワージア領の領都だ。
 ――今は、なんだか僕が知っているのと、少し違っているようだけど。

「え? あれ? ここ、ボワージアの領都、ですよね?」

 馬車の窓に張り付くようにして、外の景色を凝視する。

 農家の家がまとまって建っている区画と、その外側に広がる農地の景色はあまり変わりないように見えた。

 でも、見覚えのない体格の良い男たちが道を行き交い、木材や石を運んでいたり、農作業をしていたりと、僕が知っているよりもずっと活気づいた雰囲気だ。

「――あ、家も増えてる? 畑の作物が変わってる気がする。え、麦はどこ……?」

 観察すればするほどに、記憶との違いが明確になる。
 確実に、寂れた街が発展途上の街に早変わりしていた。

「くくっ……予想以上の驚き方だ」
「ジル様、知ってたんですね?」

 喉で笑う声が聞こえて振り返ると、ジル様が楽しそうに微笑んでいた。

「支援してるのは俺だからな」
「あ、そういうことですか……」

 簡潔な答えに納得する。

 確かに、以前ジル様はボワージア領を支援すると約束してくれた。国王であるお義兄様にも、北部地域の税負担を軽減するよう訴えてくれたのだと、マイルスさんから聞いている。

 そのことへのお礼は、これまでにもたくさん伝えてきた。
 でも、実際にジル様の支援がどう影響を与えているか知るのは初めてだ。

「――彼らは何をしているんですか?」

 資材を運ぶ男たちを指し示すと、ジル様が「水路の整備だろう」と答えた。

「調べさせたところ、この地の地下深くには、温かい水があると分かったからな。冬でも凍らない水だ」
「え、本当ですか?」

 思わず身を乗り出した。
 凍えるような冬の間、水は雪を溶かして入手するのがほとんどだ。温かい水が手に入るなんて、夢のような出来事である。

「間違いない。温水を使えば、道の雪かきが楽になるだろうし、家の保温にも使えるだろう。今はそのための仕組みを急いで作らせているところのはずだ」
「家の保温?」
「床下などに温水を流すと、家自体が温まるんだ」
「そんな仕組みがあるんですね」

 ジル様の説明に感心する。
 物知りだなぁ、と思ったけど、ジル様は「マイルスからの受け売りの知識だ」と笑ってた。

「家が増えているのは?」
「工事を行う者たちの宿舎と、移住者の家だろうな。俺の支援を受けているこの領は、北部地域で一番将来性があると思われている。だから、引き継ぐ土地を持たない者たちが集まってきて、仕事を求めてるんだ」
「それ、大丈夫なんでしょうか……?」

 労働者が増えるのは良いことだ。ボワージア領は土地が余っているから、農地として開拓できれば、収穫量が増える可能性が高まる。つまり税収が上がる。

 でも、急に見知らぬ人がたくさん来ては、元々の領民たちとの軋轢が生まれかねない。良い人ばかりが来るとは限らないから。

「俺が抱えている騎士の子息たちを、この領に派遣して警備させているから、今のところ大きな問題は起きていないようだ。罪を犯した者たちは、ボワージア子爵らがきちんと裁いているようだしな」
「裁く必要がある問題は起きているんですね……」

 父様の苦労を思って、苦笑してしまった。
 優しい人だから、きっと悩み苦しみながら、領主としての役割を全うしているはずだ。

 領内で人を裁く権利を持つのは領主だ。その子どもや任じられた裁判官が、代理で権利を持つこともある。

 でも、ボワージア領において、その権利が使われることは、僕の記憶の中で一度もなかった。犯罪というものがそもそも起きなかったんだ。みんなで助け合って生活するのが当たり前だったから。

 そんなボワージアも変わっていっているのだろう。
 少し寂しいけど、それが領が豊かになるということなのだと、セレネー領を知っているからこそ納得もできる。

「人が集まればどうしても、な。セレネー領では日常茶飯事だ。経済的に豊かな方が犯罪が増えるというのも、不思議な話だが」
「うーん……人々の暮らしに格差が生まれるからですかね」

 ジル様の言葉に、悩みつつ答える。

「格差?」
「みんな平等に苦しかったら、その困難に協力して立ち向かわなくてはならないから、余計なことをする余裕さえないんだと思います。特に、この領はみんなが家族みたいなものだったわけですし。でも、豊かになって、外部の人が増えれば、その中で差が生まれます。みんなが平等に同じ苦しみを分かち合うことはないでしょう?」
「……生きる上での余裕があることが、他者への羨望や嫉妬を生み、犯罪を誘発する、か」

 考え込みながら呟くジル様に、僕も苦笑しながら頷く。

「隣の芝生は青い、なんて言葉があるくらいですし」
「確かに。なんともままならないものだな」

 ジル様と顔を見合わせて肩をすくめた。

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