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Ⅱ-ⅲ.あなたに満たされる
2-28.お互いを知る時間
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透き通る青の湖面で光がキラキラと輝く。
道の先に現れた湖は予想を超える美しさだった。
「わあっ……ジル様、見てください。サファイアみたいにキラキラしてますよ」
「そうだな」
ジル様の手を借りて馬から下りた途端、走り出しそうになったのをグッとこらえた。もう子どもじゃないんだから、そんなことをするのはさすがにはしたない。
「ジル様の瞳より青いですね」
「俺の目は水色に近い」
「氷河のようですよね。春に恵みをもたらしてくれるものです」
僕がにこりと笑って見上げると、ジル様はゆっくりと瞬きをした。
「……春に恵み?」
「はい。冬の氷河が溶けると、その水が大地に染み渡って潤してくれるんですよ。春蒔きの麦を育て始める合図でもあります」
「そうか。冷たそうだとは言われたことがあるが、そう表現されたのは初めてだ」
ジル様が愉快そうに目を細めた。
確かに冷たそうに見えるけど、実際は結構熱い人だよね。僕とベッドにいる時とか――って、今、こんなことを考える状況じゃない!
ぶんぶんと頭を振って、思い出してしまったことを振り払う。ジル様が不思議そうに僕を見ているのに気付いたけど、微笑んではぐらかした。
「もっと湖の近くに行ってもいいですか?」
付いてきた侍女や侍従たちが傍のガゼボでブランチの準備をしているのを見ながら尋ねると、「ああ」と頷きが返ってくる。
そのまま腰を抱かれて、緩やかに波が押し寄せる湖岸まで歩いた。
「――ここは風が冷たいですね」
「水の上を通るからだな」
「あ……水も冷たい」
しゃがんで水を触ると、ひやっとしていて気持ちがいい。水遊びをしたいところだけど、それはダメかなぁ。
手のひらですくい取った水をジル様の方へ差し出し傾ける。指先を濡らした水を、ジル様は首を傾げて見つめた。
「ここで水に触れるのは初めてだな」
「そうなんですか?」
「ああ。ここに最後に来たのも幼い頃だったが、そこで寛いで湖を眺めるくらいしかしたことがない」
ジル様が『そこ』とガゼボを指して呟く。
もしかして、子どもの頃でさえ水遊びをしたことがない? こんなに絶好の場所があるのに? 僕が子どもの頃にここに来てたら、絶対飛び込んで遊んでただろうに。
「ジル様って、子どもの頃も大人びていたんでしょうね」
「普通だろう」
「ジル様らしいです」
王族としては普通なのかも、と王城で出会った大人びた王太子殿下とエシィ殿下を思い出して頷く。あんなにしっかりした子ども、僕は見たことがなかったもん。
「フランはどんな子どもだった?」
ブランチの用意が整ったガゼボへ移動しながら、ジル様と思い出話をする。そういえば、子どもの頃の話はあまりしたことがなかったかも?
「好奇心旺盛で、うろちょろと動き回っていたらしいです。僕はあまり覚えてないですけど、小兄様がいつも探し回ってたと、父たちに言われます」
僕の面倒を見るのは小兄様の役目で、興味の赴くままに動き回る僕に、随分と苦労したようだ。といっても、小兄様は「それも楽しかったよ」と笑っていたけど。
「そうか、きっと可愛い子どもだったんだろうな」
「どうでしょうね」
ふふっと微笑む。家族も、領民たちも、思い出話をする度に「今も昔も可愛い」と褒めてくれたけど、たぶん身贔屓な感じが強いと思う。
家族たちのことを思い出すと、途端に郷愁が込み上げてきた。もうすぐ会えるとわかってるけど、早く顔を見たいと望んでしまう。
「……もう少し、俺と二人で過ごしてくれ」
頬を撫でられる。ジル様に思いを読み取られたと察した。それが少し申し訳なくて、手のひらにすり寄る。
「はい、もちろんです。ジル様と過ごす時間も幸せで大切なものですから」
「それなら良かった。――まずは喉を潤そうか」
ガゼボでたくさんの侍女たちに傅かれながら、ゆっくりとお茶やお菓子を楽しむ。
かつての貧しい暮らしを思い出していたからか、今の自分の状況が不思議で面白くて、つい笑ってしまった。
家族との温かな生活はもちろん楽しかったけど、ジル様との暮らしにも慣れて、ホッと落ち着ける。今のような時間がこれから先も続けばいいなぁ。
道の先に現れた湖は予想を超える美しさだった。
「わあっ……ジル様、見てください。サファイアみたいにキラキラしてますよ」
「そうだな」
ジル様の手を借りて馬から下りた途端、走り出しそうになったのをグッとこらえた。もう子どもじゃないんだから、そんなことをするのはさすがにはしたない。
「ジル様の瞳より青いですね」
「俺の目は水色に近い」
「氷河のようですよね。春に恵みをもたらしてくれるものです」
僕がにこりと笑って見上げると、ジル様はゆっくりと瞬きをした。
「……春に恵み?」
「はい。冬の氷河が溶けると、その水が大地に染み渡って潤してくれるんですよ。春蒔きの麦を育て始める合図でもあります」
「そうか。冷たそうだとは言われたことがあるが、そう表現されたのは初めてだ」
ジル様が愉快そうに目を細めた。
確かに冷たそうに見えるけど、実際は結構熱い人だよね。僕とベッドにいる時とか――って、今、こんなことを考える状況じゃない!
ぶんぶんと頭を振って、思い出してしまったことを振り払う。ジル様が不思議そうに僕を見ているのに気付いたけど、微笑んではぐらかした。
「もっと湖の近くに行ってもいいですか?」
付いてきた侍女や侍従たちが傍のガゼボでブランチの準備をしているのを見ながら尋ねると、「ああ」と頷きが返ってくる。
そのまま腰を抱かれて、緩やかに波が押し寄せる湖岸まで歩いた。
「――ここは風が冷たいですね」
「水の上を通るからだな」
「あ……水も冷たい」
しゃがんで水を触ると、ひやっとしていて気持ちがいい。水遊びをしたいところだけど、それはダメかなぁ。
手のひらですくい取った水をジル様の方へ差し出し傾ける。指先を濡らした水を、ジル様は首を傾げて見つめた。
「ここで水に触れるのは初めてだな」
「そうなんですか?」
「ああ。ここに最後に来たのも幼い頃だったが、そこで寛いで湖を眺めるくらいしかしたことがない」
ジル様が『そこ』とガゼボを指して呟く。
もしかして、子どもの頃でさえ水遊びをしたことがない? こんなに絶好の場所があるのに? 僕が子どもの頃にここに来てたら、絶対飛び込んで遊んでただろうに。
「ジル様って、子どもの頃も大人びていたんでしょうね」
「普通だろう」
「ジル様らしいです」
王族としては普通なのかも、と王城で出会った大人びた王太子殿下とエシィ殿下を思い出して頷く。あんなにしっかりした子ども、僕は見たことがなかったもん。
「フランはどんな子どもだった?」
ブランチの用意が整ったガゼボへ移動しながら、ジル様と思い出話をする。そういえば、子どもの頃の話はあまりしたことがなかったかも?
「好奇心旺盛で、うろちょろと動き回っていたらしいです。僕はあまり覚えてないですけど、小兄様がいつも探し回ってたと、父たちに言われます」
僕の面倒を見るのは小兄様の役目で、興味の赴くままに動き回る僕に、随分と苦労したようだ。といっても、小兄様は「それも楽しかったよ」と笑っていたけど。
「そうか、きっと可愛い子どもだったんだろうな」
「どうでしょうね」
ふふっと微笑む。家族も、領民たちも、思い出話をする度に「今も昔も可愛い」と褒めてくれたけど、たぶん身贔屓な感じが強いと思う。
家族たちのことを思い出すと、途端に郷愁が込み上げてきた。もうすぐ会えるとわかってるけど、早く顔を見たいと望んでしまう。
「……もう少し、俺と二人で過ごしてくれ」
頬を撫でられる。ジル様に思いを読み取られたと察した。それが少し申し訳なくて、手のひらにすり寄る。
「はい、もちろんです。ジル様と過ごす時間も幸せで大切なものですから」
「それなら良かった。――まずは喉を潤そうか」
ガゼボでたくさんの侍女たちに傅かれながら、ゆっくりとお茶やお菓子を楽しむ。
かつての貧しい暮らしを思い出していたからか、今の自分の状況が不思議で面白くて、つい笑ってしまった。
家族との温かな生活はもちろん楽しかったけど、ジル様との暮らしにも慣れて、ホッと落ち着ける。今のような時間がこれから先も続けばいいなぁ。
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