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Ⅱ-ⅱ.あなたを想う
2−25.幸せで包み込みたい
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パーティーは波乱がありつつも、表面上は何事もなく終わった。
その翌日には慌ただしく出立するのも予定通り。結局、エシィ殿下とはパーティーで言葉を交わしたのが最後になってしまった。
でも、エシィ殿下が王太后陛下との間に立ってくれたことで、確実に変化があって、それは今回王城に滞在した最大の収獲と言える。
「兄上たちが王太后に手を出しにくくなったな」
ブルガラ領に向かう馬車の中で、ジル様がボソッと呟いた。
「どうしてですか?」
飽きることなく景色に向けていた目をジル様に向ける。声音の苦々しさとは違い、ジル様の表情は気が抜けた感じで穏やかだ。
「王太后がこれ以上、俺たちに干渉することがないからだ。俺たちが子を作ったとしても、それが王太子の身を脅かさなければ、何もしてこない。その状況で王太后を排除するのは、兄上たちにとってもリスクが大きい」
つまり、王太后陛下が今後僕たちに関わらないなら、お義兄様は表立って罰しようとはしないということか。
そういえば、王太后陛下の母国と距離をとって、権力を弱めようとか、お義兄様が話していたなぁ。
「……それは、ジル様にとって歓迎できることですか?」
ジル様の肩に寄り添って、顔を覗き込む。
王太后陛下を恨んでいるだろう。あの方がこのまま罰されることなく、王太后という尊い地位のまま一生を終えることを、ジル様はどう考えるのか。
その答えは、ジル様の表情に映し出されていると思う。
「俺に――フランや、俺の家族に関わってこないなら、それでいい。王太后が追いやられることになれば、下々にも大きな影響を与えるだろう。それはでき得る限り避けるべきだ」
続けて、「許すことはできないが、俺は過去の悲しみ以上に大きな幸せを手にすることができたから、もういい」と囁かれた。
ぎゅっと力強く抱きしめられて、僕も目を閉じてジル様を温めるように手を伸ばす。
「エシィ殿下は好きなものを一つも壊したくなかったのでしょうね」
「……あれを好む神経はまったく分からないが、それが役に立ったことには感謝しよう」
複雑そうに呟くジル様に、思わずふふっと笑ってしまった。
王城を訪れる前はどうなることかと不安でいっぱいだったけど、可愛いお友だちはできたし、一応未来の安全は保証されたし、良いことがばかりだったなぁ。
「家族というのは、理由なく愛するものなのですよ」
「そういうものか」
「ええ。――きっと、ジル様もそうなります」
僕の背中に触れている手が、ピクッと震えたのを感じながら、そっと離れてジル様の顔を見上げる。
丸くなった目が無防備に見えて、可愛い人だなと思った。
ジル様の頬を撫でると、不思議そうに首を傾げられる。
「……俺も?」
「はい。だって、僕たち、子どもを作るんでしょう? エシィ殿下に望まれましたし」
ジル様が目を瞬かせながらも「そうだな」と頷く。
「僕たちの子どもができたら、ジル様はきっと可愛がってくださいます」
以前話した時、ジル様は子に愛を注げるかあまり自信がなさそうだったけど、僕はそうは思わない。
一見冷たく見えるし、実際他人にはあまり情を寄せない人ではある。でも、一度懐に入れた相手にはきちんと愛情を示すことを知ってる。
だから大丈夫。
「――きっと、僕も、子どものことも、たくさん愛してくださいます。それで今以上に幸せになるんです。他のことなんか気にならないくらい、幸せに」
微笑みかける。
今の幸せでジル様の過去の苦しみを癒すことができるなら、僕は精いっぱい努めよう。ジル様と共に幸せでいられるように。
「……そうか。そうなれると、いいな」
唇に熱い吐息がかかる。
間近で見つめ合ったジル様の目が潤んでいるように見えたのは、きっと焦点が合わなかったせいだ。――ということにしてあげよう。
微笑みを飲み込むようなキスに応えながら、ジル様の首元にぎゅっと抱きついた。
難しいことは済んだし、ボワージア領に着くまでは、ジル様を労って差し上げないとね。
その翌日には慌ただしく出立するのも予定通り。結局、エシィ殿下とはパーティーで言葉を交わしたのが最後になってしまった。
でも、エシィ殿下が王太后陛下との間に立ってくれたことで、確実に変化があって、それは今回王城に滞在した最大の収獲と言える。
「兄上たちが王太后に手を出しにくくなったな」
ブルガラ領に向かう馬車の中で、ジル様がボソッと呟いた。
「どうしてですか?」
飽きることなく景色に向けていた目をジル様に向ける。声音の苦々しさとは違い、ジル様の表情は気が抜けた感じで穏やかだ。
「王太后がこれ以上、俺たちに干渉することがないからだ。俺たちが子を作ったとしても、それが王太子の身を脅かさなければ、何もしてこない。その状況で王太后を排除するのは、兄上たちにとってもリスクが大きい」
つまり、王太后陛下が今後僕たちに関わらないなら、お義兄様は表立って罰しようとはしないということか。
そういえば、王太后陛下の母国と距離をとって、権力を弱めようとか、お義兄様が話していたなぁ。
「……それは、ジル様にとって歓迎できることですか?」
ジル様の肩に寄り添って、顔を覗き込む。
王太后陛下を恨んでいるだろう。あの方がこのまま罰されることなく、王太后という尊い地位のまま一生を終えることを、ジル様はどう考えるのか。
その答えは、ジル様の表情に映し出されていると思う。
「俺に――フランや、俺の家族に関わってこないなら、それでいい。王太后が追いやられることになれば、下々にも大きな影響を与えるだろう。それはでき得る限り避けるべきだ」
続けて、「許すことはできないが、俺は過去の悲しみ以上に大きな幸せを手にすることができたから、もういい」と囁かれた。
ぎゅっと力強く抱きしめられて、僕も目を閉じてジル様を温めるように手を伸ばす。
「エシィ殿下は好きなものを一つも壊したくなかったのでしょうね」
「……あれを好む神経はまったく分からないが、それが役に立ったことには感謝しよう」
複雑そうに呟くジル様に、思わずふふっと笑ってしまった。
王城を訪れる前はどうなることかと不安でいっぱいだったけど、可愛いお友だちはできたし、一応未来の安全は保証されたし、良いことがばかりだったなぁ。
「家族というのは、理由なく愛するものなのですよ」
「そういうものか」
「ええ。――きっと、ジル様もそうなります」
僕の背中に触れている手が、ピクッと震えたのを感じながら、そっと離れてジル様の顔を見上げる。
丸くなった目が無防備に見えて、可愛い人だなと思った。
ジル様の頬を撫でると、不思議そうに首を傾げられる。
「……俺も?」
「はい。だって、僕たち、子どもを作るんでしょう? エシィ殿下に望まれましたし」
ジル様が目を瞬かせながらも「そうだな」と頷く。
「僕たちの子どもができたら、ジル様はきっと可愛がってくださいます」
以前話した時、ジル様は子に愛を注げるかあまり自信がなさそうだったけど、僕はそうは思わない。
一見冷たく見えるし、実際他人にはあまり情を寄せない人ではある。でも、一度懐に入れた相手にはきちんと愛情を示すことを知ってる。
だから大丈夫。
「――きっと、僕も、子どものことも、たくさん愛してくださいます。それで今以上に幸せになるんです。他のことなんか気にならないくらい、幸せに」
微笑みかける。
今の幸せでジル様の過去の苦しみを癒すことができるなら、僕は精いっぱい努めよう。ジル様と共に幸せでいられるように。
「……そうか。そうなれると、いいな」
唇に熱い吐息がかかる。
間近で見つめ合ったジル様の目が潤んでいるように見えたのは、きっと焦点が合わなかったせいだ。――ということにしてあげよう。
微笑みを飲み込むようなキスに応えながら、ジル様の首元にぎゅっと抱きついた。
難しいことは済んだし、ボワージア領に着くまでは、ジル様を労って差し上げないとね。
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