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Ⅱ-ⅱ.あなたを想う
2-17.小さなお友だち
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王都内を馬車で散策したり、近隣の領まで足を伸ばして観光したり。
想像していた以上にのびのびと楽しんでいた僕の日々に、突如小さな嵐が飛び込んできた。
ちょうどジル様が領内から届いた書類を書斎で片付けている時。
王女殿下が僕に会いに来てくれたんだ。
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下」
「……機嫌よくないわ」
「それはお悲しいことですね。なにかございましたか?」
幼い女の子を客として出迎えて、ちょっとウキウキとしながら話しかけちゃう。
王女殿下は可愛らしくて、見ているだけでつい顔が綻んでしまった。お茶とお菓子を並べてくれてるイリスが、少し呆れてる気がする。
まぁ、僕だってわかってるんだよ? 王女殿下がジル様に好意を向けていて、僕のことを嫌ってるってことは。
でも、それが嫌な感じじゃなくて、微笑ましい雰囲気だから、見守っていたくなるんだ。
「……どうして、あなたなの」
「なんのことでしょう?」
「ジル兄様の隣に、どうしてあなたがいるのっ」
鋭い青の瞳は、お義兄様そっくりで海のようだった。太陽のような明るさのあるお義兄様の青とは違って、今は泣きそうに翳っているけど。
王女殿下が幼いなりにジル様を本気で慕っていることが伝わってくる。
だから、僕も真剣に向き合った。ジル様を好きな者同士、わかりあえることもあるんじゃないかな。
「僕はジル様の運命の番です。王女殿下はその言葉を聞いたことがございますか?」
「……ええ。生まれた時から決まっている番なのでしょ」
「はい。とても幸運なことに、僕はジル様と巡り会うことができました」
王女殿下は苛立ちに身を任せることなく、僕の話にきちんと耳を傾けてくれる。
まだ幼いのに、やはり王族となると賢く自制的に育つのだと、ちょっと感心した。王女殿下の年頃の普通の子どもは、自分の主張ばかりで人の話を聞かないことが多いから。
「……あなたのこと、話して。もしジル兄様に相応しくないなら、わたくしが全力であなたの立場を奪い取るから」
「僕のこと、ですか……」
しばらく考えた後に、生い立ちから話すことにした。僕を知りたいと王女殿下が言うならば、ついでに貧しい貴族の現状についても知ってもらおうと思ったのだ。
「――そうして、僕はジル様の番として、公に認めていただいたのです」
すべて語った後には――もちろん子どもには刺激が強すぎる話は避けて――王女殿下は深く考え込む表情になっていた。話の途中で部屋に入ってきたジル様が僕の隣に腰かけても、まったく視線を向けない。
ジル様から『何事だ』と問うような眼差しを受けて、僕は黙って微笑みを返した。今は王女殿下の考え事を邪魔したくなかった。
「……ねぇ、あなた、フラン様とおっしゃったかしら」
「はい、王女殿下」
「……わたくしのことは、エシィと呼んでよろしくてよ」
「では、エシィ殿下、と」
思わずにこりと微笑んでしまう。懐かなかった子猫にすり寄られた気分だ。
「わたくし、貧しい暮らしをしている貴族がいることも、子どもが働かなくてはならない場所があることも、初めて知ったわ……」
「それでいいのです。まだエシィ殿下は成長の最中なのですから。これからもよくお学びくださいませ」
僕の言葉に、エシィ殿下がホッと表情を緩める。
「……ええ、そうするわ」
そこで初めてジル様に気づいた様子で、きょとんと目を瞬かせた。
「ごきげんよう、王女殿下」
「……ごきげんよう、叔父様」
呼び方が変わった。
そのことにすぐさま気づいたジル様が驚いた様子で片眉を上げる。
「わたくし、『物わかりがわるい女にはなりたくないの』」
ジル様の表情の変化に機嫌を損ねた表情で、エシィ殿下がプイッと顔を背けた。
本で見た内容をなぞるように、おぼつかない口調とあどけない声で大人の女性のようなことを言うものだから、思わず笑ってしまいそうになる。
それこそ機嫌を損ねてしまいそうだから、必死にこらえたけど。
「さようですか」
ジル様はあっさりとエシィ殿下に関心を失ったらしい。でも、不快さがなくなった分だけ、掛ける声は優しくなっている気がする。
そんなジル様を、エシィ殿下がちょっと悔しそうに、それでいて嬉しそうに見つめた。
「……わたくし、叔父様に会う度に苦しいお顔をしているように見えて気になっていたの。でも、今は幸せそうだわ。それは、フラン様がいるからね?」
「その通りです」
即答したジル様の横で、僕はどういう顔をしたらいいんだかわからなくて困る。
でも、エシィ殿下がふふっと笑ったから、すぐにそんなことは気にならなくなった。
「叔父様が幸せなら、もういいわ。フラン様、仲良くしてさしあげるから、いつでもわたくしを訪ねてきてね」
「ふふ、はい。エシィ殿下がそうおっしゃるのでしたら」
そっと差し出された手を握る。
どうやら無事にエシィ殿下にジル様の番として認めてもらえたようだ。エシィ殿下とも仲良くなれそうで嬉しい。
「お祖母様のことでお困りのときは、わたくしが手助けしてさしあげてもよろしくてよ」
ふわりと微笑むエシィ殿下は、もしかしたら王太后陛下からジル様を守るために、あからさまに好意を示していたのだろうか。
幼い守り方であっても、そのことでお義兄様たちの心を多少なりとも動かしていたのは間違いない。
「大変心強いです。ありがとうございます」
「フラン様と叔父様のためよ。――わたくしも、いつか素敵な番に巡り会えるかしら」
「きっと会えますよ。エシィ殿下は素敵な方ですから」
本心から告げた言葉にとびきりの笑顔が返ってきて、僕まで嬉しくなった。
想像していた以上にのびのびと楽しんでいた僕の日々に、突如小さな嵐が飛び込んできた。
ちょうどジル様が領内から届いた書類を書斎で片付けている時。
王女殿下が僕に会いに来てくれたんだ。
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下」
「……機嫌よくないわ」
「それはお悲しいことですね。なにかございましたか?」
幼い女の子を客として出迎えて、ちょっとウキウキとしながら話しかけちゃう。
王女殿下は可愛らしくて、見ているだけでつい顔が綻んでしまった。お茶とお菓子を並べてくれてるイリスが、少し呆れてる気がする。
まぁ、僕だってわかってるんだよ? 王女殿下がジル様に好意を向けていて、僕のことを嫌ってるってことは。
でも、それが嫌な感じじゃなくて、微笑ましい雰囲気だから、見守っていたくなるんだ。
「……どうして、あなたなの」
「なんのことでしょう?」
「ジル兄様の隣に、どうしてあなたがいるのっ」
鋭い青の瞳は、お義兄様そっくりで海のようだった。太陽のような明るさのあるお義兄様の青とは違って、今は泣きそうに翳っているけど。
王女殿下が幼いなりにジル様を本気で慕っていることが伝わってくる。
だから、僕も真剣に向き合った。ジル様を好きな者同士、わかりあえることもあるんじゃないかな。
「僕はジル様の運命の番です。王女殿下はその言葉を聞いたことがございますか?」
「……ええ。生まれた時から決まっている番なのでしょ」
「はい。とても幸運なことに、僕はジル様と巡り会うことができました」
王女殿下は苛立ちに身を任せることなく、僕の話にきちんと耳を傾けてくれる。
まだ幼いのに、やはり王族となると賢く自制的に育つのだと、ちょっと感心した。王女殿下の年頃の普通の子どもは、自分の主張ばかりで人の話を聞かないことが多いから。
「……あなたのこと、話して。もしジル兄様に相応しくないなら、わたくしが全力であなたの立場を奪い取るから」
「僕のこと、ですか……」
しばらく考えた後に、生い立ちから話すことにした。僕を知りたいと王女殿下が言うならば、ついでに貧しい貴族の現状についても知ってもらおうと思ったのだ。
「――そうして、僕はジル様の番として、公に認めていただいたのです」
すべて語った後には――もちろん子どもには刺激が強すぎる話は避けて――王女殿下は深く考え込む表情になっていた。話の途中で部屋に入ってきたジル様が僕の隣に腰かけても、まったく視線を向けない。
ジル様から『何事だ』と問うような眼差しを受けて、僕は黙って微笑みを返した。今は王女殿下の考え事を邪魔したくなかった。
「……ねぇ、あなた、フラン様とおっしゃったかしら」
「はい、王女殿下」
「……わたくしのことは、エシィと呼んでよろしくてよ」
「では、エシィ殿下、と」
思わずにこりと微笑んでしまう。懐かなかった子猫にすり寄られた気分だ。
「わたくし、貧しい暮らしをしている貴族がいることも、子どもが働かなくてはならない場所があることも、初めて知ったわ……」
「それでいいのです。まだエシィ殿下は成長の最中なのですから。これからもよくお学びくださいませ」
僕の言葉に、エシィ殿下がホッと表情を緩める。
「……ええ、そうするわ」
そこで初めてジル様に気づいた様子で、きょとんと目を瞬かせた。
「ごきげんよう、王女殿下」
「……ごきげんよう、叔父様」
呼び方が変わった。
そのことにすぐさま気づいたジル様が驚いた様子で片眉を上げる。
「わたくし、『物わかりがわるい女にはなりたくないの』」
ジル様の表情の変化に機嫌を損ねた表情で、エシィ殿下がプイッと顔を背けた。
本で見た内容をなぞるように、おぼつかない口調とあどけない声で大人の女性のようなことを言うものだから、思わず笑ってしまいそうになる。
それこそ機嫌を損ねてしまいそうだから、必死にこらえたけど。
「さようですか」
ジル様はあっさりとエシィ殿下に関心を失ったらしい。でも、不快さがなくなった分だけ、掛ける声は優しくなっている気がする。
そんなジル様を、エシィ殿下がちょっと悔しそうに、それでいて嬉しそうに見つめた。
「……わたくし、叔父様に会う度に苦しいお顔をしているように見えて気になっていたの。でも、今は幸せそうだわ。それは、フラン様がいるからね?」
「その通りです」
即答したジル様の横で、僕はどういう顔をしたらいいんだかわからなくて困る。
でも、エシィ殿下がふふっと笑ったから、すぐにそんなことは気にならなくなった。
「叔父様が幸せなら、もういいわ。フラン様、仲良くしてさしあげるから、いつでもわたくしを訪ねてきてね」
「ふふ、はい。エシィ殿下がそうおっしゃるのでしたら」
そっと差し出された手を握る。
どうやら無事にエシィ殿下にジル様の番として認めてもらえたようだ。エシィ殿下とも仲良くなれそうで嬉しい。
「お祖母様のことでお困りのときは、わたくしが手助けしてさしあげてもよろしくてよ」
ふわりと微笑むエシィ殿下は、もしかしたら王太后陛下からジル様を守るために、あからさまに好意を示していたのだろうか。
幼い守り方であっても、そのことでお義兄様たちの心を多少なりとも動かしていたのは間違いない。
「大変心強いです。ありがとうございます」
「フラン様と叔父様のためよ。――わたくしも、いつか素敵な番に巡り会えるかしら」
「きっと会えますよ。エシィ殿下は素敵な方ですから」
本心から告げた言葉にとびきりの笑顔が返ってきて、僕まで嬉しくなった。
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