貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

文字の大きさ
上 下
78 / 113
Ⅱ-ⅱ.あなたを想う

2-17.小さなお友だち

しおりを挟む
 王都内を馬車で散策したり、近隣の領まで足を伸ばして観光したり。
 想像していた以上にのびのびと楽しんでいた僕の日々に、突如小さな嵐が飛び込んできた。

 ちょうどジル様が領内から届いた書類を書斎で片付けている時。
 王女殿下が僕に会いに来てくれたんだ。

「ご機嫌麗しゅう、王女殿下」
「……機嫌よくないわ」
「それはお悲しいことですね。なにかございましたか?」

 幼い女の子を客として出迎えて、ちょっとウキウキとしながら話しかけちゃう。
 王女殿下は可愛らしくて、見ているだけでつい顔が綻んでしまった。お茶とお菓子を並べてくれてるイリスが、少し呆れてる気がする。

 まぁ、僕だってわかってるんだよ? 王女殿下がジル様に好意を向けていて、僕のことを嫌ってるってことは。
 でも、それが嫌な感じじゃなくて、微笑ましい雰囲気だから、見守っていたくなるんだ。

「……どうして、あなたなの」
「なんのことでしょう?」
「ジル兄様の隣に、どうしてあなたがいるのっ」

 鋭い青の瞳は、お義兄様そっくりで海のようだった。太陽のような明るさのあるお義兄様の青とは違って、今は泣きそうに翳っているけど。

 王女殿下が幼いなりにジル様を本気で慕っていることが伝わってくる。
 だから、僕も真剣に向き合った。ジル様を好きな者同士、わかりあえることもあるんじゃないかな。

「僕はジル様の運命の番です。王女殿下はその言葉を聞いたことがございますか?」
「……ええ。生まれた時から決まっている番なのでしょ」
「はい。とても幸運なことに、僕はジル様と巡り会うことができました」

 王女殿下は苛立ちに身を任せることなく、僕の話にきちんと耳を傾けてくれる。
 まだ幼いのに、やはり王族となると賢く自制的に育つのだと、ちょっと感心した。王女殿下の年頃の普通の子どもは、自分の主張ばかりで人の話を聞かないことが多いから。

「……あなたのこと、話して。もしジル兄様に相応しくないなら、わたくしが全力であなたの立場を奪い取るから」
「僕のこと、ですか……」

 しばらく考えた後に、生い立ちから話すことにした。僕を知りたいと王女殿下が言うならば、ついでに貧しい貴族の現状についても知ってもらおうと思ったのだ。




「――そうして、僕はジル様の番として、公に認めていただいたのです」

 すべて語った後には――もちろん子どもには刺激が強すぎる話は避けて――王女殿下は深く考え込む表情になっていた。話の途中で部屋に入ってきたジル様が僕の隣に腰かけても、まったく視線を向けない。

 ジル様から『何事だ』と問うような眼差しを受けて、僕は黙って微笑みを返した。今は王女殿下の考え事を邪魔したくなかった。

「……ねぇ、あなた、フラン様とおっしゃったかしら」
「はい、王女殿下」
「……わたくしのことは、エシィと呼んでよろしくてよ」
「では、エシィ殿下、と」

 思わずにこりと微笑んでしまう。懐かなかった子猫にすり寄られた気分だ。

「わたくし、貧しい暮らしをしている貴族がいることも、子どもが働かなくてはならない場所があることも、初めて知ったわ……」
「それでいいのです。まだエシィ殿下は成長の最中なのですから。これからもよくお学びくださいませ」

 僕の言葉に、エシィ殿下がホッと表情を緩める。

「……ええ、そうするわ」

 そこで初めてジル様に気づいた様子で、きょとんと目を瞬かせた。

「ごきげんよう、王女殿下」
「……ごきげんよう、叔父様」

 呼び方が変わった。
 そのことにすぐさま気づいたジル様が驚いた様子で片眉を上げる。

「わたくし、『物わかりがわるい女にはなりたくないの』」

 ジル様の表情の変化に機嫌を損ねた表情で、エシィ殿下がプイッと顔を背けた。

 本で見た内容をなぞるように、おぼつかない口調とあどけない声で大人の女性のようなことを言うものだから、思わず笑ってしまいそうになる。
 それこそ機嫌を損ねてしまいそうだから、必死にこらえたけど。

「さようですか」

 ジル様はあっさりとエシィ殿下に関心を失ったらしい。でも、不快さがなくなった分だけ、掛ける声は優しくなっている気がする。

 そんなジル様を、エシィ殿下がちょっと悔しそうに、それでいて嬉しそうに見つめた。

「……わたくし、叔父様に会う度に苦しいお顔をしているように見えて気になっていたの。でも、今は幸せそうだわ。それは、フラン様がいるからね?」
「その通りです」

 即答したジル様の横で、僕はどういう顔をしたらいいんだかわからなくて困る。
 でも、エシィ殿下がふふっと笑ったから、すぐにそんなことは気にならなくなった。

「叔父様が幸せなら、もういいわ。フラン様、仲良くしてさしあげるから、いつでもわたくしを訪ねてきてね」
「ふふ、はい。エシィ殿下がそうおっしゃるのでしたら」

 そっと差し出された手を握る。
 どうやら無事にエシィ殿下にジル様の番として認めてもらえたようだ。エシィ殿下とも仲良くなれそうで嬉しい。

「お祖母様のことでお困りのときは、わたくしが手助けしてさしあげてもよろしくてよ」

 ふわりと微笑むエシィ殿下は、もしかしたら王太后陛下からジル様を守るために、あからさまに好意を示していたのだろうか。
 幼い守り方であっても、そのことでお義兄様たちの心を多少なりとも動かしていたのは間違いない。

「大変心強いです。ありがとうございます」
「フラン様と叔父様のためよ。――わたくしも、いつか素敵な番に巡り会えるかしら」
「きっと会えますよ。エシィ殿下は素敵な方ですから」

 本心から告げた言葉にとびきりの笑顔が返ってきて、僕まで嬉しくなった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

処理中です...