貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅱ-ⅱ.あなたを想う

2-12.2度目の王都

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 セレネー領を出立して、観光しながら旅を進め、道中の目的地の一つである王都に辿り着いた。

 旅の間はジル様とずっといられて楽しくて幸せでたまらなかったのに、王城が視界に入った途端に緊張で押しつぶされそうになる。

「フラン」

 呼びかけられて王城から視線を逸らすと、ジル様に頬を撫でられた。それだけで少し心が和らぐんだから、僕は単純だ。番効果がすごいってこともあるかもしれない。

「――そう緊張する必要はない。兄上に挨拶して……おそらく王太子と王女にも会うが、そこに王太后は含まれない」

 苦々しい口調で呟かれた名前に思うところはあるけど、それはともかく、国王陛下だけでなく王太子殿下と王女殿下に会うことに緊張しないわけがないよ。

「王女殿下のご生誕パーティーに出席する可能性もあるのでしょう?」
「ああ。だが、まだ八歳の王女のパーティーだ。招待客が限られる。あまり大きな会にはならないだろう」
「そうだとしても、王城でのパーティーであることには変わりありません」

 生まれながらの王族であるジル様にはなかなかわかってもらえないけど、貧乏子爵家の立場では、王城にいるだけで緊張するのが当たり前なんだ。

「……そうか」

 心做しかしょんぼりとした気がするジル様に、ちょっといじわるを言い過ぎてしまったかも、と思う。ジル様だって王城に行きたいわけではないのに。

「ですが、僕の心を和らげてくださろうとしたお気遣いはとても嬉しいです。ありがとうございます」

 暖かな手にそっと頬を擦り寄せると、ジル様の表情が和らいだ。

「フランは愛しい番なのだから当然だ」
「ん……」

 唇がしっとりと重なる。向けられる眼差しに溢れんばかりの愛情を感じ取り、自然と微笑みが浮かぶ。

 ――ジル様のことが好き。

 もう何度思ったかもわからない感情が胸を満たし、はち切れてしまいそう。
 まるで互いの愛に溺れるように口づけを交わし、離れる気になれない。

 結局、馬車が止まるまでジル様の温もりに満たされて、緊張感に身を強張らせることさえできないほど蕩けてしまった。

「……殿下」

 馬車が止まり、扉が薄く開かれた途端に聞こえてきたマイルスさんの呆れたような声に、ぼうっと視線を彷徨かせる。

「少し待て」
「承知いたしました。――人払いをして参ります」
「頼んだ」

 ジル様の満足げな声に、マイルスさんのため息が重なった。

「図りましたね?」
「なんのことだ」
「陛下は殿下を王族として引き立てようとしてくださっていますのに」
「余計なお世話だと兄上には言っておこう。特に大勢の出迎えなんて迷惑なだけだ」

 ふと、馬車の外にたくさんの人の気配があることに気づく。
 扉が再び閉められたところでジル様を見上げると、優しく微笑まれた。

「――兄上が出迎えを寄越していたようだ。だが、フランは注目されるのを好まないだろう?」

 これはなんと答えるべきかな。
 今頃、マイルスさんがなんとか理由を作り出して、集まった人たちを追い払ってくれてるんだろう。

 それを正直ありがたいと思ってしまうから、ジル様を咎める気にはならなかった。

「……はい。でも、キスをしたのは、そのためではないでしょう?」

 いつからキスをしていたか記憶が定かではないけど、王城の敷地に入る前だったのは確かだ。出迎えを追い払ってもらうため、なんて理由は通用しないよ。

「もちろん。フランに愛を伝えるために決まっている」
「十分、存じ上げています……」

 まっすぐ伝えられる愛に慣れる日が来るだろうか。
 熱くなる頬を押さえて俯くと、こめかみに口づけを落とされる。そのまま耳元に熱い息がかかるのを感じ、思わず「ぁ……」と声が漏れた。

「人払いにはまだ時間がかかる。もう少し二人きりの時間を楽しもう」

 耳に硬い感触を感じる。それさえも快感を煽るからたまらない。
 体から力が抜けて、ジル様に寄りかかってしまう。厚みのある体にしっかりと支えられ、その安心感に状況を忘れて縋りついてしまいそうだ。

「殿下」

 コンコン、と扉が叩かれると同時に声が掛けられた。その声の主であるマイルスさんは、僕たちの状況が見えなくても把握しているようだ。

「――人払いが終わりました」

 報告を聞いて、ジル様が嘆息する。
 僅かに体が離れたと思うと、グッと横抱きされた。

 扉が外から開かれる。

「お前の優秀さをこれほど憎んだことはない」
「過分にお褒めいただき光栄です」

 人気のなくなった馬車止めに響く声。
 今回の軍配はマイルスさんに上がったようだ。

 僕はこんなジル様とマイルスさんのやり取りが結構好き。ジル様が完璧な人間ではないと知れてホッとするから。

 温かくたくましい腕に抱かれて、こっそりと微笑む僕を、ジル様が少し拗ねた目で咎めてくる。
 その可愛らしさに思わずクスクスと笑い声がこぼれた。

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