72 / 113
Ⅱ-ⅰ.あなたの隣に
2-11.番のために(ジルヴァント視点)
しおりを挟む
マイルスに問題への対処を押し付けることを諦めて、書類の処理に戻ろうとしたところで、ふと視線を感じた。
「……なんだ?」
「昼にイリスと話したことなのですが」
前置きの言葉について少し考えた後、「ああ」と頷く。
急ぎの書類を持ち込まれたマイルスが俺たちの寝所に突撃してくる際、イリスとやり取りがあったのだろうと思い至ったのだ。
「――フラン様の発情期が、旅の間になるかと。あるいは、ボワージア領に到着してから、ですね」
「そうだな」
そんなことは初めからわかっていたことで、軽く肯定した。
すると、なぜだか信じられない者を見るような目でマイルスが俺を凝視してくる。
「正気ですか?」
「なにを言いたい?」
「番のご実家で発情期をお過ごしになるおつもりなのですか、と聞いております」
「そうだが? ボワージア子爵家にも部屋はあるだろう。亡くなったご夫人はオメガだったのだからな」
基本的にオメガは発情期を特殊な部屋で過ごす。外にフェロモンが漏れない作りをしており、オメガの安全を守るために必須なものだ。
当然、妻がオメガだったボワージア子爵は、その部屋を作っているはずだった。
「フラン様がお恥ずかしくならないかなど、いろいろと申し上げたいことはあるのですが。――まず第一に、殿下は子爵家の実情を甘く見すぎです」
「は?」
なにを言われているかわからなかった。
そんな俺にマイルスが淡々と普通の子爵家の実情について説明を始める。
まず、子爵家程度の家では、高性能な部屋を設けていない可能性が高いこと。
特にボワージア子爵家は代々ベータの家系で、オメガはフランとその母君だけだったことから、最低限な用意であるものと考えて間違いないこと。
そして、抑制薬を飲めば、ある程度フェロモンを抑えることが可能だから、用意をする必要性さえ気づいていない可能性があること。
最後に、今から用意させるにしても時間が足りず、かつボワージア家にとって今後不要なものを押し付けることになりかねないこと。
「――なるほど。それは確かに、俺がわかっていなかったな」
思わず額を手で押さえて俯く。
王族は代々アルファかオメガであり、オメガ用の特殊部屋がないなんてことは考えもしなかった。
この城だって、俺とフランの寝所だけでなく客用の寝室まで、オメガ対応の高性能な部屋になっているのだから。
「それに、ご実家で発情期を過ごすなんて、フラン様がご家族を気にされると思いますよ。ボワージア子爵家は、殿下がご覧になられたことのある孤児院より狭いでしょう。声が周囲に丸聞こえになる可能性もございます。――殿下は、発情期でフラン様に拒まれることになってもよろしいのですか?」
「いいわけがない」
反射的に答える。
ようやくマイルスが言いたいことを心から理解した。
確かに家族に寝所での声を聞かれるなんて、恥ずかしがりなところがあるフランが受け入れられるわけがないだろう。
俺も嫌だ。番のあれほど愛らしい声を誰かに聞かれるなんて。
「――だが、フランはなにも言ってなかったぞ?」
「お忘れになっておられるのでは? もしくは、これまで抑制薬で発情期を鎮めてこられたので、ご自身がどのようになるかをご理解なさっておられないのかもしれません」
「……ああ、それはあるだろうな」
発情期を共に過ごす約束はしている。だが、フランがそのことに現実味を感じていないのは、なんとなく察していた。
アルファとオメガが発情期を過ごすのは、普段の交わりとはまったく違うのだ。
「――ブルガラ領に寄るか」
王家直轄領の一つであるブルガラ領は、王都の北に位置し、王家の唯一の避暑地として用いられることが多い。
王族が滞在するため、ブルガラ領内の城はオメガの発情期に対応した部屋が設えられているのだ。
ボワージア領に向かう際にブルガラ領を経由するのは遠回りになるが、おそらくその旅もフランは楽しんでくれることだろう。
「それがよろしいかと。予定を組み直しておきます。王女殿下のお誕生日パーティーにご出席なさる場合も考慮しておかなければなりませんし」
「……それは避けられないのか」
「同じ問答を繰り返されるのですか?」
マイルスに淡々と言われ、黙り込むしかなかった。
「……なんだ?」
「昼にイリスと話したことなのですが」
前置きの言葉について少し考えた後、「ああ」と頷く。
急ぎの書類を持ち込まれたマイルスが俺たちの寝所に突撃してくる際、イリスとやり取りがあったのだろうと思い至ったのだ。
「――フラン様の発情期が、旅の間になるかと。あるいは、ボワージア領に到着してから、ですね」
「そうだな」
そんなことは初めからわかっていたことで、軽く肯定した。
すると、なぜだか信じられない者を見るような目でマイルスが俺を凝視してくる。
「正気ですか?」
「なにを言いたい?」
「番のご実家で発情期をお過ごしになるおつもりなのですか、と聞いております」
「そうだが? ボワージア子爵家にも部屋はあるだろう。亡くなったご夫人はオメガだったのだからな」
基本的にオメガは発情期を特殊な部屋で過ごす。外にフェロモンが漏れない作りをしており、オメガの安全を守るために必須なものだ。
当然、妻がオメガだったボワージア子爵は、その部屋を作っているはずだった。
「フラン様がお恥ずかしくならないかなど、いろいろと申し上げたいことはあるのですが。――まず第一に、殿下は子爵家の実情を甘く見すぎです」
「は?」
なにを言われているかわからなかった。
そんな俺にマイルスが淡々と普通の子爵家の実情について説明を始める。
まず、子爵家程度の家では、高性能な部屋を設けていない可能性が高いこと。
特にボワージア子爵家は代々ベータの家系で、オメガはフランとその母君だけだったことから、最低限な用意であるものと考えて間違いないこと。
そして、抑制薬を飲めば、ある程度フェロモンを抑えることが可能だから、用意をする必要性さえ気づいていない可能性があること。
最後に、今から用意させるにしても時間が足りず、かつボワージア家にとって今後不要なものを押し付けることになりかねないこと。
「――なるほど。それは確かに、俺がわかっていなかったな」
思わず額を手で押さえて俯く。
王族は代々アルファかオメガであり、オメガ用の特殊部屋がないなんてことは考えもしなかった。
この城だって、俺とフランの寝所だけでなく客用の寝室まで、オメガ対応の高性能な部屋になっているのだから。
「それに、ご実家で発情期を過ごすなんて、フラン様がご家族を気にされると思いますよ。ボワージア子爵家は、殿下がご覧になられたことのある孤児院より狭いでしょう。声が周囲に丸聞こえになる可能性もございます。――殿下は、発情期でフラン様に拒まれることになってもよろしいのですか?」
「いいわけがない」
反射的に答える。
ようやくマイルスが言いたいことを心から理解した。
確かに家族に寝所での声を聞かれるなんて、恥ずかしがりなところがあるフランが受け入れられるわけがないだろう。
俺も嫌だ。番のあれほど愛らしい声を誰かに聞かれるなんて。
「――だが、フランはなにも言ってなかったぞ?」
「お忘れになっておられるのでは? もしくは、これまで抑制薬で発情期を鎮めてこられたので、ご自身がどのようになるかをご理解なさっておられないのかもしれません」
「……ああ、それはあるだろうな」
発情期を共に過ごす約束はしている。だが、フランがそのことに現実味を感じていないのは、なんとなく察していた。
アルファとオメガが発情期を過ごすのは、普段の交わりとはまったく違うのだ。
「――ブルガラ領に寄るか」
王家直轄領の一つであるブルガラ領は、王都の北に位置し、王家の唯一の避暑地として用いられることが多い。
王族が滞在するため、ブルガラ領内の城はオメガの発情期に対応した部屋が設えられているのだ。
ボワージア領に向かう際にブルガラ領を経由するのは遠回りになるが、おそらくその旅もフランは楽しんでくれることだろう。
「それがよろしいかと。予定を組み直しておきます。王女殿下のお誕生日パーティーにご出席なさる場合も考慮しておかなければなりませんし」
「……それは避けられないのか」
「同じ問答を繰り返されるのですか?」
マイルスに淡々と言われ、黙り込むしかなかった。
1,030
お気に入りに追加
3,666
あなたにおすすめの小説
国王の嫁って意外と面倒ですね。
榎本 ぬこ
BL
一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。
愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。
他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
僕はただの妖精だから執着しないで
ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜
役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。
お願いそっとしてて下さい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
多分短編予定
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる