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Ⅱ-ⅰ.あなたの隣に
2-11.番のために(ジルヴァント視点)
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マイルスに問題への対処を押し付けることを諦めて、書類の処理に戻ろうとしたところで、ふと視線を感じた。
「……なんだ?」
「昼にイリスと話したことなのですが」
前置きの言葉について少し考えた後、「ああ」と頷く。
急ぎの書類を持ち込まれたマイルスが俺たちの寝所に突撃してくる際、イリスとやり取りがあったのだろうと思い至ったのだ。
「――フラン様の発情期が、旅の間になるかと。あるいは、ボワージア領に到着してから、ですね」
「そうだな」
そんなことは初めからわかっていたことで、軽く肯定した。
すると、なぜだか信じられない者を見るような目でマイルスが俺を凝視してくる。
「正気ですか?」
「なにを言いたい?」
「番のご実家で発情期をお過ごしになるおつもりなのですか、と聞いております」
「そうだが? ボワージア子爵家にも部屋はあるだろう。亡くなったご夫人はオメガだったのだからな」
基本的にオメガは発情期を特殊な部屋で過ごす。外にフェロモンが漏れない作りをしており、オメガの安全を守るために必須なものだ。
当然、妻がオメガだったボワージア子爵は、その部屋を作っているはずだった。
「フラン様がお恥ずかしくならないかなど、いろいろと申し上げたいことはあるのですが。――まず第一に、殿下は子爵家の実情を甘く見すぎです」
「は?」
なにを言われているかわからなかった。
そんな俺にマイルスが淡々と普通の子爵家の実情について説明を始める。
まず、子爵家程度の家では、高性能な部屋を設けていない可能性が高いこと。
特にボワージア子爵家は代々ベータの家系で、オメガはフランとその母君だけだったことから、最低限な用意であるものと考えて間違いないこと。
そして、抑制薬を飲めば、ある程度フェロモンを抑えることが可能だから、用意をする必要性さえ気づいていない可能性があること。
最後に、今から用意させるにしても時間が足りず、かつボワージア家にとって今後不要なものを押し付けることになりかねないこと。
「――なるほど。それは確かに、俺がわかっていなかったな」
思わず額を手で押さえて俯く。
王族は代々アルファかオメガであり、オメガ用の特殊部屋がないなんてことは考えもしなかった。
この城だって、俺とフランの寝所だけでなく客用の寝室まで、オメガ対応の高性能な部屋になっているのだから。
「それに、ご実家で発情期を過ごすなんて、フラン様がご家族を気にされると思いますよ。ボワージア子爵家は、殿下がご覧になられたことのある孤児院より狭いでしょう。声が周囲に丸聞こえになる可能性もございます。――殿下は、発情期でフラン様に拒まれることになってもよろしいのですか?」
「いいわけがない」
反射的に答える。
ようやくマイルスが言いたいことを心から理解した。
確かに家族に寝所での声を聞かれるなんて、恥ずかしがりなところがあるフランが受け入れられるわけがないだろう。
俺も嫌だ。番のあれほど愛らしい声を誰かに聞かれるなんて。
「――だが、フランはなにも言ってなかったぞ?」
「お忘れになっておられるのでは? もしくは、これまで抑制薬で発情期を鎮めてこられたので、ご自身がどのようになるかをご理解なさっておられないのかもしれません」
「……ああ、それはあるだろうな」
発情期を共に過ごす約束はしている。だが、フランがそのことに現実味を感じていないのは、なんとなく察していた。
アルファとオメガが発情期を過ごすのは、普段の交わりとはまったく違うのだ。
「――ブルガラ領に寄るか」
王家直轄領の一つであるブルガラ領は、王都の北に位置し、王家の唯一の避暑地として用いられることが多い。
王族が滞在するため、ブルガラ領内の城はオメガの発情期に対応した部屋が設えられているのだ。
ボワージア領に向かう際にブルガラ領を経由するのは遠回りになるが、おそらくその旅もフランは楽しんでくれることだろう。
「それがよろしいかと。予定を組み直しておきます。王女殿下のお誕生日パーティーにご出席なさる場合も考慮しておかなければなりませんし」
「……それは避けられないのか」
「同じ問答を繰り返されるのですか?」
マイルスに淡々と言われ、黙り込むしかなかった。
「……なんだ?」
「昼にイリスと話したことなのですが」
前置きの言葉について少し考えた後、「ああ」と頷く。
急ぎの書類を持ち込まれたマイルスが俺たちの寝所に突撃してくる際、イリスとやり取りがあったのだろうと思い至ったのだ。
「――フラン様の発情期が、旅の間になるかと。あるいは、ボワージア領に到着してから、ですね」
「そうだな」
そんなことは初めからわかっていたことで、軽く肯定した。
すると、なぜだか信じられない者を見るような目でマイルスが俺を凝視してくる。
「正気ですか?」
「なにを言いたい?」
「番のご実家で発情期をお過ごしになるおつもりなのですか、と聞いております」
「そうだが? ボワージア子爵家にも部屋はあるだろう。亡くなったご夫人はオメガだったのだからな」
基本的にオメガは発情期を特殊な部屋で過ごす。外にフェロモンが漏れない作りをしており、オメガの安全を守るために必須なものだ。
当然、妻がオメガだったボワージア子爵は、その部屋を作っているはずだった。
「フラン様がお恥ずかしくならないかなど、いろいろと申し上げたいことはあるのですが。――まず第一に、殿下は子爵家の実情を甘く見すぎです」
「は?」
なにを言われているかわからなかった。
そんな俺にマイルスが淡々と普通の子爵家の実情について説明を始める。
まず、子爵家程度の家では、高性能な部屋を設けていない可能性が高いこと。
特にボワージア子爵家は代々ベータの家系で、オメガはフランとその母君だけだったことから、最低限な用意であるものと考えて間違いないこと。
そして、抑制薬を飲めば、ある程度フェロモンを抑えることが可能だから、用意をする必要性さえ気づいていない可能性があること。
最後に、今から用意させるにしても時間が足りず、かつボワージア家にとって今後不要なものを押し付けることになりかねないこと。
「――なるほど。それは確かに、俺がわかっていなかったな」
思わず額を手で押さえて俯く。
王族は代々アルファかオメガであり、オメガ用の特殊部屋がないなんてことは考えもしなかった。
この城だって、俺とフランの寝所だけでなく客用の寝室まで、オメガ対応の高性能な部屋になっているのだから。
「それに、ご実家で発情期を過ごすなんて、フラン様がご家族を気にされると思いますよ。ボワージア子爵家は、殿下がご覧になられたことのある孤児院より狭いでしょう。声が周囲に丸聞こえになる可能性もございます。――殿下は、発情期でフラン様に拒まれることになってもよろしいのですか?」
「いいわけがない」
反射的に答える。
ようやくマイルスが言いたいことを心から理解した。
確かに家族に寝所での声を聞かれるなんて、恥ずかしがりなところがあるフランが受け入れられるわけがないだろう。
俺も嫌だ。番のあれほど愛らしい声を誰かに聞かれるなんて。
「――だが、フランはなにも言ってなかったぞ?」
「お忘れになっておられるのでは? もしくは、これまで抑制薬で発情期を鎮めてこられたので、ご自身がどのようになるかをご理解なさっておられないのかもしれません」
「……ああ、それはあるだろうな」
発情期を共に過ごす約束はしている。だが、フランがそのことに現実味を感じていないのは、なんとなく察していた。
アルファとオメガが発情期を過ごすのは、普段の交わりとはまったく違うのだ。
「――ブルガラ領に寄るか」
王家直轄領の一つであるブルガラ領は、王都の北に位置し、王家の唯一の避暑地として用いられることが多い。
王族が滞在するため、ブルガラ領内の城はオメガの発情期に対応した部屋が設えられているのだ。
ボワージア領に向かう際にブルガラ領を経由するのは遠回りになるが、おそらくその旅もフランは楽しんでくれることだろう。
「それがよろしいかと。予定を組み直しておきます。王女殿下のお誕生日パーティーにご出席なさる場合も考慮しておかなければなりませんし」
「……それは避けられないのか」
「同じ問答を繰り返されるのですか?」
マイルスに淡々と言われ、黙り込むしかなかった。
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