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Ⅱ-ⅰ.あなたの隣に
2-9.番の戯れ
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ベアトリス先生のおかげで、僕のお披露目パーティーはなんとか成功できたと思う。
僕に評価が甘いジル様はともかく、マイルスさんにも「素晴らしいお振る舞いでした」と褒めてもらえたから。嬉しいなぁ。
そして嬉しいことは続くもので――。
「――え、出立は五日後に?」
パーティの翌日、ジル様と午後のお茶を楽しんでいたら、突然予定が発表された。もちろん、ボワージア領訪問の予定のことだ。
「ああ。執務が調整できたからな。フランは大丈夫か?」
「はい、早めに仕事を終わらせておきましたから」
僕の仕事といえば、今のところ孤児院の運営監督だけ。それについては、すでに各孤児院に指示をしてあり、僕が数ヶ月セレネー領を不在にしたところで問題ない状態だ。
「――ですが、ジル様は本当に大丈夫なんですか?」
王太后陛下による警告と思われる事件から、さほど日が経っていない。事件の処理を含め、執務が増えているという話を聞いていたので、出立までには時間がかかるものと思っていたんだけど。
「俺が不在でも、執政官たちでこなせる仕事ばかりだから大丈夫だ」
それは、本当に大丈夫といえるのかな?
ちょっと疑問だったけど、早くボワージア領に向かえるのが嬉しくて、それ以上尋ねる気にならなかった。
「ふふ。またジル様と旅をできるのが楽しみです」
「俺もだ。フランは道中も観光を楽しむだろうと思って、マイルスに計画を立てさせている。楽しみにしておくといい」
柔らかな眼差しに見つめられて、頬にポッと熱がともる。
ジル様とセレネー領に来た時の道中を思い出す。僕は初めて訪れる場所にとてもはしゃいで質問を重ねてしまったけど、ジル様にとっても楽しかった思い出になっているのなら嬉しい。
「ありがとうございます。とても楽しみです」
いつだって最大限の気遣いをくれる最愛の番に、とびきりの笑顔を向けた。
僕がジル様にあげられるものなんてほとんどない。でも、ジル様が僕の笑顔を殊の外喜んでくれるって、僕はもう知ってるから。
嬉しい時も、喜びの時も、愛しいと伝える時も、僕はジル様に愛を込めた笑顔を贈る。
「……フランの笑みを見ると、俺は幸せになれる」
頬を大きな手のひらで包まれる。
覗き込んでくる薄青の瞳が間近で瞬くのを見て、そっと目を閉じた。
唇に触れる柔らかな熱。下唇を啄むように吸われて、僕もちゅ、とキスをする。
項を撫でる指先に容易く熱が上がり、うっすらと開いた唇の合間から「んっ」と声が漏れた。
腰と後頭部に手が回る。
呼吸を飲み込むように唇が重なり、何度も角度を変えて愛を確かめあった。
そっと伸ばした手が掴む背中は広く、僕をすっぽりと包みこんでくれる気がする。それがとても安心できて幸せで、なんだか泣きたくなってしまうんだ。ジル様もこんな気持ちをわかってくれるかな。
「――甘い香りがする」
首元に顔を埋めたジル様が、すん、と鼻を鳴らして嬉しそうに囁いた。
僕も真似してかいでみて、「ジル様もです」と呟く。声が甘く蕩けてしまっていたけど、ジル様が愛しさを込めて強く抱きしめてくれるから、情けなさなんて少しも感じない。
「ジル様の香りは、なんだかセクシーですね」
「セクシー?」
「僕は他のアルファの方の香りをあまり知らないんですけど、香水などと比べても、なんというか……セクシーです」
表現力のなさが悔やまれる。説明をしようとしても難しい。あなたの香りが大好きですって、もっとたくさん伝えたいのに。
むぅ、と悩んでいたら、不意に首筋を柔く噛まれた。
「――あっ……どうなさったんですか?」
「他のアルファの話をした罰だ」
「え……」
顔を上げたジル様の瞳がギラギラと輝いているように見えた。
ゾクッと体に震えが走る。でもそれは全然嫌な感じがしなくて、むしろ『もっと僕を求めて』とお願いしたくなっちゃうくらい甘やかな刺激だった。
「まだ昼間だが……少しくらいならいいか」
不意に体を抱き上げられて、慌ててジル様の首に腕を回した。
軽々と僕を運び連れて行くのは寝室の方。これは、どうするべきかなぁ。
壁際に控えるイリスにそっと視線を向けると、なぜかグッと親指を立てられた。それ、どういう意味なの?
「ジル様、本日の執務はどうするんですか?」
「問題があればマイルスが呼びに来る」
「最中に来られたら困ります」
想像して真剣に告げる。そんなの恥ずかしくってたまらないよ。
ジル様は喉の奥でくくっと笑っただけだった。
「――実はご機嫌がいいですね?」
「まさか。フランがあんまりにも可愛いことを言うから、少し怒りが減っただけだ」
可愛いこと、言ったかな?
ジル様の言うことが、時々わからなくなっちゃう。でも、可愛いって言われるのは嬉しいから、まぁいっか。
「あまりお怒りにならないで。僕は優しいジル様が好きです」
「……なるほど。フランは俺にいじめられたいんだな」
「そんなこと言ってませんよ?」
なぜか逆の意味で受け取られてしまった気がする。いや、あってるのかな? ベッドに僕をおろす仕草は優しいし……。
柔らかなベッドに身を横たえて、覆いかぶさってくるジル様を見上げる。
やっぱり目がギラギラしてるような。まだお怒りなのかな。
「可愛いことを言うのは、俺にもっと可愛がってもらいたいからだろう?」
「う~ん……間違ってない、かも?」
否定できなくて、降参するようにジル様に手を伸ばす。引き寄せたら唇が重なった。
もっと僕を愛して。僕だけの番。
あなたの愛があれば、僕は幸せに生きていけるんだから。
僕に評価が甘いジル様はともかく、マイルスさんにも「素晴らしいお振る舞いでした」と褒めてもらえたから。嬉しいなぁ。
そして嬉しいことは続くもので――。
「――え、出立は五日後に?」
パーティの翌日、ジル様と午後のお茶を楽しんでいたら、突然予定が発表された。もちろん、ボワージア領訪問の予定のことだ。
「ああ。執務が調整できたからな。フランは大丈夫か?」
「はい、早めに仕事を終わらせておきましたから」
僕の仕事といえば、今のところ孤児院の運営監督だけ。それについては、すでに各孤児院に指示をしてあり、僕が数ヶ月セレネー領を不在にしたところで問題ない状態だ。
「――ですが、ジル様は本当に大丈夫なんですか?」
王太后陛下による警告と思われる事件から、さほど日が経っていない。事件の処理を含め、執務が増えているという話を聞いていたので、出立までには時間がかかるものと思っていたんだけど。
「俺が不在でも、執政官たちでこなせる仕事ばかりだから大丈夫だ」
それは、本当に大丈夫といえるのかな?
ちょっと疑問だったけど、早くボワージア領に向かえるのが嬉しくて、それ以上尋ねる気にならなかった。
「ふふ。またジル様と旅をできるのが楽しみです」
「俺もだ。フランは道中も観光を楽しむだろうと思って、マイルスに計画を立てさせている。楽しみにしておくといい」
柔らかな眼差しに見つめられて、頬にポッと熱がともる。
ジル様とセレネー領に来た時の道中を思い出す。僕は初めて訪れる場所にとてもはしゃいで質問を重ねてしまったけど、ジル様にとっても楽しかった思い出になっているのなら嬉しい。
「ありがとうございます。とても楽しみです」
いつだって最大限の気遣いをくれる最愛の番に、とびきりの笑顔を向けた。
僕がジル様にあげられるものなんてほとんどない。でも、ジル様が僕の笑顔を殊の外喜んでくれるって、僕はもう知ってるから。
嬉しい時も、喜びの時も、愛しいと伝える時も、僕はジル様に愛を込めた笑顔を贈る。
「……フランの笑みを見ると、俺は幸せになれる」
頬を大きな手のひらで包まれる。
覗き込んでくる薄青の瞳が間近で瞬くのを見て、そっと目を閉じた。
唇に触れる柔らかな熱。下唇を啄むように吸われて、僕もちゅ、とキスをする。
項を撫でる指先に容易く熱が上がり、うっすらと開いた唇の合間から「んっ」と声が漏れた。
腰と後頭部に手が回る。
呼吸を飲み込むように唇が重なり、何度も角度を変えて愛を確かめあった。
そっと伸ばした手が掴む背中は広く、僕をすっぽりと包みこんでくれる気がする。それがとても安心できて幸せで、なんだか泣きたくなってしまうんだ。ジル様もこんな気持ちをわかってくれるかな。
「――甘い香りがする」
首元に顔を埋めたジル様が、すん、と鼻を鳴らして嬉しそうに囁いた。
僕も真似してかいでみて、「ジル様もです」と呟く。声が甘く蕩けてしまっていたけど、ジル様が愛しさを込めて強く抱きしめてくれるから、情けなさなんて少しも感じない。
「ジル様の香りは、なんだかセクシーですね」
「セクシー?」
「僕は他のアルファの方の香りをあまり知らないんですけど、香水などと比べても、なんというか……セクシーです」
表現力のなさが悔やまれる。説明をしようとしても難しい。あなたの香りが大好きですって、もっとたくさん伝えたいのに。
むぅ、と悩んでいたら、不意に首筋を柔く噛まれた。
「――あっ……どうなさったんですか?」
「他のアルファの話をした罰だ」
「え……」
顔を上げたジル様の瞳がギラギラと輝いているように見えた。
ゾクッと体に震えが走る。でもそれは全然嫌な感じがしなくて、むしろ『もっと僕を求めて』とお願いしたくなっちゃうくらい甘やかな刺激だった。
「まだ昼間だが……少しくらいならいいか」
不意に体を抱き上げられて、慌ててジル様の首に腕を回した。
軽々と僕を運び連れて行くのは寝室の方。これは、どうするべきかなぁ。
壁際に控えるイリスにそっと視線を向けると、なぜかグッと親指を立てられた。それ、どういう意味なの?
「ジル様、本日の執務はどうするんですか?」
「問題があればマイルスが呼びに来る」
「最中に来られたら困ります」
想像して真剣に告げる。そんなの恥ずかしくってたまらないよ。
ジル様は喉の奥でくくっと笑っただけだった。
「――実はご機嫌がいいですね?」
「まさか。フランがあんまりにも可愛いことを言うから、少し怒りが減っただけだ」
可愛いこと、言ったかな?
ジル様の言うことが、時々わからなくなっちゃう。でも、可愛いって言われるのは嬉しいから、まぁいっか。
「あまりお怒りにならないで。僕は優しいジル様が好きです」
「……なるほど。フランは俺にいじめられたいんだな」
「そんなこと言ってませんよ?」
なぜか逆の意味で受け取られてしまった気がする。いや、あってるのかな? ベッドに僕をおろす仕草は優しいし……。
柔らかなベッドに身を横たえて、覆いかぶさってくるジル様を見上げる。
やっぱり目がギラギラしてるような。まだお怒りなのかな。
「可愛いことを言うのは、俺にもっと可愛がってもらいたいからだろう?」
「う~ん……間違ってない、かも?」
否定できなくて、降参するようにジル様に手を伸ばす。引き寄せたら唇が重なった。
もっと僕を愛して。僕だけの番。
あなたの愛があれば、僕は幸せに生きていけるんだから。
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