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Ⅱ-ⅰ.あなたの隣に
2-5.突然の訪問者
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気だるい体を動かして、なんとかベアトリス先生の授業をこなした。いつも以上に失敗して、叱られまくってしまったけど……まぁ、この程度で済んだなら良かったかな。
授業後に、久しぶりに庭のガゼボに行って、休息をとることにする。
僕が庭を散歩しなくなったことで、ジル様に心配を掛けてしまっていたみたいだから。大丈夫ってアピールしておかないと。
ガゼボのベンチに寝そべるようにして腰をおろす。イリスを含めた侍女たちが、すぐさま用意を整えてくれたから、柔らかいクッションが敷き詰められていて快適だ。
ふぁ、とあくびが出る。
昨夜はジル様に付き合って、寝たのが遅かったからなぁ。体力を考えてっていったのに。
「冷菓をお持ちしました」
「ありがとう」
最近、僕付きの侍女が増えた。僕がジル様の番になったことで、採用しやすくなったんだって。それがどういう意味なのかいまいちわからないけど、イリスばかりに負担をかけなくてよくなったから、ありがたい。
とはいえ、ほとんどの侍女が伯爵家出身なので、気を使ってしまうんだけど。お妾さんから生まれた庶子の人たちばかりのようで、偉ぶったところがないのが救いだ。子爵家出身の僕のことを、丁寧にお世話してくれるし。
侍女が増えても、一番傍についていてくれるのがイリスというのも助かってる。やっぱり慣れた人がいると心強いものだ。
「風はこのくらいで大丈夫ですか?」
「うん。疲れたらやめていいからね」
侍女たちが自主的に扇で風を送ってくれるんだけど、なんとなく申し訳なさを感じちゃう。かといって、断るのも立場上良くないと、もう理解できちゃうし、苦笑するしかない。
「わかりました。お気使いありがとうございます。――本日の冷菓はイチゴのソルベを用意いたしました」
「美味しそうだね」
イリスに勧められてピンクのソルベをすくって食べると、冷たさの後に甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。さっぱりしてて食欲がなくても食べ切れちゃいそう。
冷菓を気軽に食べるなんて、ボワージア領にいた時は考えたこともなかったなぁ。冬は寒いし、夏は果汁を凍らせるのが大変だから。
ぼんやりと庭を眺めながら食べ進めていたら、ふと見覚えのない女性が近づいてくるのが見えた。
「なんの御用ですか?」
侍女の一人が訝しがりながら尋ねると、女性が「ラジアル伯爵夫人からのお届け物をお持ちしました」と答える。
「わざわざここへ? 部屋の方へ運んでください。後で中身を検めます」
「ですが、お急ぎだと……。それに、直接お渡しするように、と頼まれまして」
侍女と女性の問答が続いた。女性は出直す気がないらしい。
僕はイリスと顔を見合わせる。外で寛いでいるのを狙ったように物を持ってくるなんて、ちょっと怪しい気がする。
でも、ラジアル伯爵夫人はベアトリス先生のことだし、その使者らしき人を追い払うのもどうなんだろう。
「……イリス、これってどうすべき?」
「あちらが礼儀を欠いていますので、ここは場を改めさせるべきでしょう。礼儀作法の教師がなさることとは思えませんし」
イリスが不快そうに眉を顰めた。ベアトリス先生への不満もあって、対応が冷たくなっているような?
でも、言っていることは間違ってないからなぁ。
「ソラ、護衛を」
「ただいま」
傍で扇を揺らしていた侍女のソラが軽く手を挙げる。すると、すぐさま隠れていた騎士が二人近づいてきた。使者の女性がハッと息を呑んで僅かに後ずさりする。
まさか、僕に護衛がついていないとでも思っていたのかな? なんだか考えが浅い気がする。
「こちらで対応いたします。ご同行ください」
「え、いや、あの、私は頼まれて荷物をお持ちしただけで……」
「その事情もじっくり伺いますから、どうぞこちらへ」
顔を青ざめさせた女性が騎士に挟まれて連れて行かれた。
僕たちはよくわからないまま顔を見合わせちゃう。
「なんだったんだろうね?」
「本当にベアトリス様からのお使いだったのでしょうか?」
「怪しくありません? ベアトリス様があのような無礼な方を寄越すかしら?」
「でも、この庭に近づけるのは、身分が確かな方だけよ? 嘘をついてもすぐにバレますわ」
「それじゃあ、なにか企みがあって?」
侍女たちが口々に怪しいと話す。少し楽しそうなのは、退屈な日常に飛び込んできた珍しい出来事だったからかもしれない。
イリスが眉を顰めて「フラン様の前で雑談はお控えください」と咎めた。にぎやかなのも楽しいから僕は気にしないんだけど、立場的にはしかたないよね。
「騎士様がいなくなってしまわれましたけど、安全性は大丈夫ですか?」
「フラン様のお傍に控えているのが、二人だけなわけがないでしょう」
「そうですわね。殿下の最愛の番様ですもの、ふふ」
ソラが嬉しそうに呟くと、他の侍女たちも微笑ましげに、そして憧憬の滲んだ眼差しでフランを見つめてくる。なんだか恥ずかしくなっちゃうなぁ。
後から僕についてくれるようになった侍女たちは、城内で嫁ぎ先を探してるらしい。
勤め始めた頃はあわよくばジル様のお目に止まらないか、と期待していたそうだけど、僕が正式に番になった際にさっぱりと諦めたんだって。妾腹だから、正妻になれない辛さをよく理解しているんだとか。
今は僕付きの侍女という立場で、将来有望な騎士とお近づきになれないか、狙っているらしい。仕事をきちんとこなしているならお好きにどうぞ。
誰それが格好いい、素敵、だなんて話している彼女たちは、城内のことに関してとても情報通でもあるので、あまり出歩けない僕も話を聞くのが楽しい。
イリスは眉を顰めてたけど、僕の表情を見て、口を噤んでくれた。
授業後に、久しぶりに庭のガゼボに行って、休息をとることにする。
僕が庭を散歩しなくなったことで、ジル様に心配を掛けてしまっていたみたいだから。大丈夫ってアピールしておかないと。
ガゼボのベンチに寝そべるようにして腰をおろす。イリスを含めた侍女たちが、すぐさま用意を整えてくれたから、柔らかいクッションが敷き詰められていて快適だ。
ふぁ、とあくびが出る。
昨夜はジル様に付き合って、寝たのが遅かったからなぁ。体力を考えてっていったのに。
「冷菓をお持ちしました」
「ありがとう」
最近、僕付きの侍女が増えた。僕がジル様の番になったことで、採用しやすくなったんだって。それがどういう意味なのかいまいちわからないけど、イリスばかりに負担をかけなくてよくなったから、ありがたい。
とはいえ、ほとんどの侍女が伯爵家出身なので、気を使ってしまうんだけど。お妾さんから生まれた庶子の人たちばかりのようで、偉ぶったところがないのが救いだ。子爵家出身の僕のことを、丁寧にお世話してくれるし。
侍女が増えても、一番傍についていてくれるのがイリスというのも助かってる。やっぱり慣れた人がいると心強いものだ。
「風はこのくらいで大丈夫ですか?」
「うん。疲れたらやめていいからね」
侍女たちが自主的に扇で風を送ってくれるんだけど、なんとなく申し訳なさを感じちゃう。かといって、断るのも立場上良くないと、もう理解できちゃうし、苦笑するしかない。
「わかりました。お気使いありがとうございます。――本日の冷菓はイチゴのソルベを用意いたしました」
「美味しそうだね」
イリスに勧められてピンクのソルベをすくって食べると、冷たさの後に甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。さっぱりしてて食欲がなくても食べ切れちゃいそう。
冷菓を気軽に食べるなんて、ボワージア領にいた時は考えたこともなかったなぁ。冬は寒いし、夏は果汁を凍らせるのが大変だから。
ぼんやりと庭を眺めながら食べ進めていたら、ふと見覚えのない女性が近づいてくるのが見えた。
「なんの御用ですか?」
侍女の一人が訝しがりながら尋ねると、女性が「ラジアル伯爵夫人からのお届け物をお持ちしました」と答える。
「わざわざここへ? 部屋の方へ運んでください。後で中身を検めます」
「ですが、お急ぎだと……。それに、直接お渡しするように、と頼まれまして」
侍女と女性の問答が続いた。女性は出直す気がないらしい。
僕はイリスと顔を見合わせる。外で寛いでいるのを狙ったように物を持ってくるなんて、ちょっと怪しい気がする。
でも、ラジアル伯爵夫人はベアトリス先生のことだし、その使者らしき人を追い払うのもどうなんだろう。
「……イリス、これってどうすべき?」
「あちらが礼儀を欠いていますので、ここは場を改めさせるべきでしょう。礼儀作法の教師がなさることとは思えませんし」
イリスが不快そうに眉を顰めた。ベアトリス先生への不満もあって、対応が冷たくなっているような?
でも、言っていることは間違ってないからなぁ。
「ソラ、護衛を」
「ただいま」
傍で扇を揺らしていた侍女のソラが軽く手を挙げる。すると、すぐさま隠れていた騎士が二人近づいてきた。使者の女性がハッと息を呑んで僅かに後ずさりする。
まさか、僕に護衛がついていないとでも思っていたのかな? なんだか考えが浅い気がする。
「こちらで対応いたします。ご同行ください」
「え、いや、あの、私は頼まれて荷物をお持ちしただけで……」
「その事情もじっくり伺いますから、どうぞこちらへ」
顔を青ざめさせた女性が騎士に挟まれて連れて行かれた。
僕たちはよくわからないまま顔を見合わせちゃう。
「なんだったんだろうね?」
「本当にベアトリス様からのお使いだったのでしょうか?」
「怪しくありません? ベアトリス様があのような無礼な方を寄越すかしら?」
「でも、この庭に近づけるのは、身分が確かな方だけよ? 嘘をついてもすぐにバレますわ」
「それじゃあ、なにか企みがあって?」
侍女たちが口々に怪しいと話す。少し楽しそうなのは、退屈な日常に飛び込んできた珍しい出来事だったからかもしれない。
イリスが眉を顰めて「フラン様の前で雑談はお控えください」と咎めた。にぎやかなのも楽しいから僕は気にしないんだけど、立場的にはしかたないよね。
「騎士様がいなくなってしまわれましたけど、安全性は大丈夫ですか?」
「フラン様のお傍に控えているのが、二人だけなわけがないでしょう」
「そうですわね。殿下の最愛の番様ですもの、ふふ」
ソラが嬉しそうに呟くと、他の侍女たちも微笑ましげに、そして憧憬の滲んだ眼差しでフランを見つめてくる。なんだか恥ずかしくなっちゃうなぁ。
後から僕についてくれるようになった侍女たちは、城内で嫁ぎ先を探してるらしい。
勤め始めた頃はあわよくばジル様のお目に止まらないか、と期待していたそうだけど、僕が正式に番になった際にさっぱりと諦めたんだって。妾腹だから、正妻になれない辛さをよく理解しているんだとか。
今は僕付きの侍女という立場で、将来有望な騎士とお近づきになれないか、狙っているらしい。仕事をきちんとこなしているならお好きにどうぞ。
誰それが格好いい、素敵、だなんて話している彼女たちは、城内のことに関してとても情報通でもあるので、あまり出歩けない僕も話を聞くのが楽しい。
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