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Ⅱ-ⅰ.あなたの隣に

2-3.共に過ごす夜

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 夜。
 ジル様と夕食をとった後に部屋で寛ぐ。もう日常となった時間だけど、いつだって僕を幸せな気分にしてくれるんだ。

「なにか困ったことはないか?」
「え? ……特に、ありませんよ」

 問われた瞬間に思い浮かんだのは、ベアトリス先生の顔とイリスの言葉だ。
 でも、どうしてもそれをジル様に伝える気にならない。

 じっと見つめられて、思わず目を逸らした。

「……そうか。それならいいんだが。あまり顔色が良くないと思ってな」

 優しく頬を撫でられた。
 ジル様は僕の頬に触れるのが好きらしい。僕も触られるのが好きだ。ずっと傍にいてほしくなっちゃって、そんなワガママな自分にうんざりしちゃうこともあるけど。

「暑さのせいかもしれないですね」
「最近は庭にも出ていないようだからな。すぐにボワージアに行きたいところだが、披露目が終わるまではダメだとマイルスがうるさい」

 煩わしそうに顔を顰めるジル様に、くすくすと笑ってしまう。

 たくさん仕事を抱えているジル様が遠出するのに、障害がお披露目のパーティーだけなわけがない。長期間城を不在にするなら、それだけ仕事を片付けておく必要があるだろうし、やらなくちゃいけないことは山積みのはず。

 ジル様も疲れているだろうに、僕を気遣ってくれるばかりか、こうしてゆっくりと夜を一緒に過ごす時間をとってくれるのが嬉しい。

「僕も、孤児院のこととか、しなくちゃいけないことがたくさんあるんですから、すぐに出発は無理ですよ。お披露目のパーティーの後には片付けられるよう、調整してますけど」

 ジル様の胸にもたれて、抱きしめてくる腕をポンポンと軽く叩いて宥める。すぐにぎゅっと強く抱きしめられて、苦しいのに心地よい。

 ずっとこの腕に抱かれていられたなら、僕は幸せでいっぱいでいられるのに。……でも、幸せすぎて溶けて消えちゃうかも。

 想像して、ふふっと笑みがこぼれ落ちる。
 僕にとっての幸せがジル様と共にあることを、改めて実感しちゃった。

「フラン」
「なんですか?」
「……今夜は良いか?」

 耳元で熱く囁きかけてくる声が聞こえて震えが走った。
 ジル様の誘いの意味がわからないなんて、とぼけられるほどの初心さはもう捨て去っている。……いや、ジル様に奪い取られたという方が正しいかな。

「ん……。明日の体力を残してくださいね?」
「俺は問題ないが」
「僕のことですよ。わかっていらっしゃるでしょ?」

 フッと微笑むジル様を戯れまじりに睨む。

 一晩ほぼ徹夜して励んだのに、なぜか元気いっぱいで執務に向かうジル様の姿を、何度ベッドから恨めしく眺めたことか。

 僕の体力を十としたら、ジル様は百を超えているに違いない。それくらい体力の差があるんだ。少し手加減をしてほしいと望んだところで、誰もが正当だと認めてくれるはず。

「フランは明日することがあるのか?」
「んぅ……ベアトリス先生の授業があります」

 首筋に口付けられて、漏れそうになった声を唇を噛んでこらえる。肌に触れるジル様の唇も、擦れる髪も、熱い体温も、全てが僕の奥で眠る熱を目覚めさせていくようだった。

「そうか。彼女は役に立っているか?」
「……ええ」

 答えるのに間ができてしまった。
 鼻先に軽くキスを落としたジル様が、僕の目を覗き込むように見つめてくる。

「なにか気がかりでも?」
「いいえ」

 今度はすぐさま答えたのに、薄青の瞳が僅かに細められるのが見えて、目を逸らしたくなった。なにか勘づかれてしまった気がする。

「――ジル様、キスしてください」

 頬に手を添えてねだると、ジル様がぱちりと瞬いた。普段はクールで格好いいのに、たまに虚をつかれたような隙のある表情を見せてくれるのが、なんだか嬉しい。
 きっとこんな表情を見せる相手は僕だけだもの。

「誘うのが上手くなったな」

 僕の誤魔化しに乗ってくれるらしく、ジル様が仕方なさそうに微笑みながら口づけてくれた。
 ちゅ、と離れては重なり、次第に深い交わりに変わる。

「んぅ……ぁ……」

 吐息ごと食べられるような口づけ。舌を絡み合わせ、吸いつき、クチュクチュと淫らな音を立てて愛情を交わすことにまだ慣れない。
 熱くなる体を持て余して、ジル様の背中に手を回してぎゅっと抱きついた。

 離さないで。もっと近くにいて。僕を愛情で満たして。

 時折頭を支配する望みを言葉にしないよう、離れる唇を追って、さらなる口づけを求める。

 息が苦しいのに、それさえも愛おしい。
 こんな気持ちを僕に教え込んだのはジル様なんだから、責任を取ってもらわなくちゃ。

「――ジルさま……」

 離れる唇を銀糸が繋ぐ。
 赤い舌がそれを舐め取るのを見て、お腹の奥がズクッと熱く疼いた。

「フラン、愛してる」
「ぼくもあいしてます、ジルさま」

 少し疲れた舌のせいで、稚い発音になってしまっても、ジル様はそれを「可愛い」と言ってくれる。
 その言葉を聞くと、僕の全てが受け入れてもらえていると感じて、嬉しくてたまらなくなるんだ。

 ジル様に抱き上げられて奥の寝室に向かう。
 今夜も長い夜になりそうだなぁ。

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