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Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり

56.運命への祝福

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 ジル様との時間に甘さが増して、ドキドキしたり、ふわふわ幸せ気分になったり、感情の変化が忙しい。
 それが楽しくもなってきたから、ちょっとは慣れたってことなのかな。


「フラン様、孤児院の運営改善草案ができました」
「ありがとう、リリエラ」

 書類を受け取りながら微笑む。すると、キラッと輝いた瞳で微笑み返された。
 表情を動かすことに慣れていないのかぎこちない笑みだけど、僕と友好的にしたいって気持ちが伝わってくるから嬉しい。

 リリエラはジル様が僕につけてくれた補佐官なんだ。孤児院のことに対処するなら、イリスだけでは手が回らないだろう、ってことでね。
 すぐに手配してくれるジル様はやっぱり優しい。

「リリエラも、お好きな仕事ができるようになって良かったですね」
「イリスさん……すべてはフラン様がいらしてくださったからです」

 嬉しそうに笑うイリスとリリエラは、元々仲が良かったらしい。

 リリエラは領運営に関わる仕事がしたいと、この城で働くことにしたそうだ。でも、男爵令嬢という身分により、侍女として採用された結果、軽い掃除などの作業ばかりが仕事になり、ちょっと鬱屈した思いを抱いていたんだとか。

 頭が良くて、いずれは一部署を預かる政務官になってもおかしくないくらい能力があるのに、政に関われないんだから、それは嫌になるよね。

 それでも、僕の侍女候補に名前が挙げられて、少し期待してたらしいんだけど、採用されたのはイリス。
 がっかりした気持ちでもう辞めようか、と考えていたところに、僕の補佐官として打診があって飛びついたそうだ。

 リリエラが政務官志望だってこと、ジル様たちにも把握されてたんだろうな。

「それは違うよ。リリエラのこれまでの努力を見ていた人がいたっていうだけ」

 微笑みながら草案に目を通す。
 孤児院の運営について、リリエラと話し合えたのは、本当に為になった。僕は多少数字に強いだけで、しっかりと経営について学んだことがあるわけじゃないもん。

 リリエラは博識で、学ぶ意欲が旺盛だ。用意された資料も片っ端から読み込んで、孤児たちの為にどうしたらいいのか、真剣に考えてくれた。

「——うん、良さそう。早速、ジル様に確認をお願いしておくよ」
「それより、午後には契約式ですが」
「うっ……」

 考えないようにしていたことを、イリスにあっさりと突きつけられた。

 ……とうとう、番契約式の日が来たんだ。
 午後には聖教会の教主様立ち会いの下、書面で契約を交わすことになる。貴族たちへの披露目の式典は後日だから、それほど緊張する必要はないんだろうけど……夜のことを考えると、ね。

 ジル様に告げた言葉を思い出し、そっと息を吐く。
 結局、覚悟らしいものは固まらなかった気がする。むしろ、より緊張感が高まったような。

「そろそろお召し変えをしましょう」
「……はーい」

 にこりと笑ったイリスに促されて立ち上がる。

 イリスは僕を着飾るときはいつもにも増して楽しそうだ。それがなんだか恨めしく思えて、ちょっぴり睨んでしまった。
 でも、イリスは「あら、お可愛らしい顔ですね」と言っているから、全然効果はなさそうだ。

「——なるようになる、かな」

 楽観的な感じもするけど、ジル様を拒むことなんて考えられないんだから、覚悟が固まってなくてもいい気がしてきた。
 それよりも、今はジル様の番として正式に認められることを喜びたいな。





 珍しくジル様とは別の馬車で向かったのは、セレネー領の聖教会。わざわざ王都から教主様を呼んでいるらしい。さすが王族だなぁ。

「フラン、手を」
「はい……ありがとうございます」

 ジル様にエスコートされて馬車を降りる。こうして合流するのに別の馬車を用意したのは、それが慣例だからだそう。……なんの為の慣例なのかは、説明されてもあまり理解できなかった。

「——素敵なところですね」

 目の前にあるのは白く大きな建物。三つの塔からなっていて、中央の一番大きな塔は、聖教会の礼拝所があるところなんだって。他の二つは、聖職者の居住する空間だったり、礼拝者が宿泊する場所になっていたりするそう。

「そうだな。エストレア国南部地域では、一番大きな聖教会堂だ」

 ジル様はさほど感慨を持っていないようだけど、田舎者からしたら、つぶさに見て回りたくなるくらい美しい建物だと思う。
 番契約式という用でなければ、見学をお願いしたんだけど。

「——行こう」

 聖教会堂前の階段をのぼり、教主様が待つ広間に向かう間、じわじわと緊張感が高まってきた。
 聖教会堂の神聖な雰囲気が、これからの契約式がただの儀式ではないという印象を強めていて、生半可な気持ちでは臨めない気がしたからだ。

 僕は、本当に、ジル様と番契約を結んでもいいんだろうか。

 流されるままにセレネー領に来て、ジル様への想いに気づいて浮かれていた。でも、ジル様は王族で、本来ならば手が届かない人なんだ。

 じわりと湧いた不安が胸を占めようとする。
 ジル様にエスコートされてるから、足は止まらない。

 ……このまま楽をして、流されていれば、ジル様が僕を幸せにしてくれるんだろう。受け身のまま、ジル様にすべてを任せて——それで本当にいいのかな。

「フラン?」
「いえ、なんでもありません」

 気づいたら大きな扉の前に立っていた。
 ジル様に気遣わしげな目を向けられたけど、微笑みで躱す。この不安を言葉にするつもりはなかった。これは僕が自分でどうにかするべきものだから。

「そうか。この先で教主が待っている。そこで番契約書に署名して、認可と祝福を受けたら儀式は終わりだ」
「はい、わかっています」

 改めて流れを確認し終えたところで、扉が開かれた。
 開け放たれた先に見えたのは、まずは臙脂の絨毯。視線を上げて正面に見えたのは、広間の床から天井まで届く大きなステンドグラスだった。

 ……神様が微笑んでいる。

「ぁ……」

 ステンドグラスで描かれた神様の姿は、慈愛の笑みを浮かべられていて、見る者すべてを受け入れ認めてくれているように感じられた。

 先ほどまであった不安が消えていく。
 ……なんだか初めて、ジル様と運命の番であるという事実をきちんと理解できた気がした。

 きっと僕は、神様がジル様に用意した運命なんだ。だから、僕がジル様に相応しいかどうかなんて、考えるのは意味がない。僕は僕であることが、ジル様にとって大切なこと。

 じわじわと自信が湧いてくる。
 ジル様に促されて教主様に挨拶した時も、番契約書に署名する時も、一切心がブレることがなかった。これからはジル様に寄り添い、ともに生きていく。その覚悟が明確になった気がする。

「——運命の番に、主の祝福がありますように」

 教主様の挨拶の結びを聞いて、自然と微笑む。

 神様からの祝福は、もう十分にもらった。

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