50 / 113
Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり
50.新しい悩み
しおりを挟む明るい日差しが降り注ぐテラス。
美味しい昼食をいただきながらも、僕の心はずしんと沈み込んでいた。
「……僕は、なんてことを、してしまったんだろう」
昨夜のことを思い返す度に、胸をかきむしりたくなるような羞恥心に襲われる。
だって、気づいたばかりの恋心を告げたというだけでもとんでもないことなのに、恋人と言える関係になった途端、独占欲を抱いてしまったんだもん。
自分がこんな状態になるなんて、想像したこともなかった。
……まぁ、独占欲を抱いただけなら、いいんだ。厳密に言うと、よくはないんだけど、問題はない。でも、その発露の仕方が、自分からのキスって——。
「絶対、はしたないって思われたっ」
フォークを投げ出し、テーブルに突っ伏す。本当に、僕はなんてことをしてしまったのか。
昨夜のジル様は少し驚いた様子だったけど、優しくキスを返してくれて——すぐに離れた。「そろそろ休まないといけないな。フランも今日は孤児院に出かけて疲れただろう?」と言って、部屋を出て行ってしまったんだ。
僕は突然の展開に呆然として、ジル様の背中を見送ることしかできなかった。
……これ、避けられてない?
「そうお嘆きになるようなことではないと思いますよ」
行儀も何も放り投げている僕に、イリスの声が柔らかく届く。その優しさが身にしみて泣きそうになった。
「……でも、ジル様、今朝も昼も、顔を見せてくれなかったんだよ?」
昨夜のことを謝ろうと勇気をだして誘ってみたけど、「すまない。時間がとれない」という言葉が修飾されて、花束とお菓子を添えて届けられた。
孤児院の慰問の予定を入れたせいで、ジル様が今忙しいことはわかってる。でも、やっぱり、避けられてるよね……?
イリスの顔を見上げたら、「まぁ、泣きそうなお顔まで儚げでお美しい」とうっとりと呟かれた。
……今、そんな評価は求めていなかったんだけど。ちょっと涙が引っ込んだ。
「イリスぅ……」
「ふふっ。フラン様はいとけなくて可愛らしいですね。素敵な主人を持つことができて、私は世界一幸せな侍女でございます」
「……僕の方が、歳上!」
いろいろと言いたいことはあったけど、まずはその主張から。
イリスが孤児院訪問の時からずっと、今まで以上に心酔した様子を見せることに正直困惑してる。僕の行動の何かが琴線に触れたみたいだけど、よくわからない。
好かれる分には嬉しいので受け入れるけど、愛でられるのはどうなんだろう? 主人として認められてはいるらしいので、文句を言う気はないけど。
「失礼いたしました。恋愛初心者なフラン様が、あまりにお可愛らしくて」
「全然失礼って思ってないよね? 僕を初心者って言うイリスは、恋愛をしたことがあるの?」
むぅ、と唇を尖らせながらも、イリスの恋愛事情に興味が湧いて尋ねてみた。経験者なら、助言をもらいたいというくらい切羽詰まってもいたから。
……歳下に頼るなんて、というプライドは一切ない。イリスは僕の目から見ても、すごくしっかりしていて大人びているし。
「恋の経験はございますよ。楽しく切ないものです。それに、この城には素敵な殿方がたくさんいらっしゃって、目の保養でございますねぇ」
「……結局、経験者ではあるけど、現在恋人はいない?」
主人とはいえ、プライベートなことに立ち入りすぎるのはよくないとわかってる。でも、イリスの顔があまりにも楽しそうに綻んでいたから、つい聞いてしまった。
「ご想像におまかせいたします。ですが、今はフラン様に夢中だとだけ、返しておきますね」
イリスがにこりと微笑む。今日はいつもより随分と機嫌が良さそうだ。僕はこんなに落ち込んでるっていうのに。
「そう。じゃあ、経験者に質問です」
拗ねた気分でツンと言ってみる。イリスは気ままな猫を慈しむように目を細めながら「はい、なんなりと」と答えた。
なんだかむず痒い気分だ。
「——ジル様が僕を避けてないって、どうして思えるの?」
軽口を装いながらも、真剣な悩みだ。両想いになった途端に避けられるなんて、考えたくもなかったんだから。
イリスは「そうですねぇ」と、少し考えをまとめるように目を伏せた後、にこりと笑った。
「それはきっと、殿下の表情を見たからですね」
「ジル様の表情?」
首を傾げる。イリスがジル様に会ったのは、昨夜すれ違った時が最後だと思うけど。ジル様はどんな表情をしていたんだろう?
僕は失敗してしまったんだって焦って、ジル様の顔をしっかり見る余裕がなかったから思い出せない。
「はい。——熱に浮かされたようなお顔でした。そして欲望が溢れているような眼差しで……」
「っ……それは」
「殿下は、きっとフラン様を大切になさりたいのですよ。すぐに寝所に連れ込むのは、情緒がございませんものね」
微笑ましげに言っているけど、内容は昼の日差しの下で聞かされるものではない気がする。
思わず顔を両手で覆って、テーブルに突っ伏した。
「イリス……そんな、あけすけに……」
「お可愛らしいフラン様。そのようなフラン様だからこそ、殿下は気遣っていらっしゃるのでしょう。お顔を合わせたら、つい攻めすぎてしまうと、自覚なさっておられるのだと思いますよ」
攻めすぎるって……つまり、キス以上のことを求めてしまいそうになるってこと? さすがに、朝や昼間は、ないでしょ……?
そう思うも、否定しきれなくて口を噤む。
昨夜ジル様が急に離れたのも、それが理由なんだと理解してしまった。
「——それで、フラン様。今夜は寝所にお誘いになるのですか? 私、フラン様の夜のお支度を整えた方がいいでしょうか?」
「だから、あけすけすぎるんだってば!」
思わず叫んでしまった。……ここまで声を出したのは、ボワージア領を離れてから初めてだよ。
1,824
お気に入りに追加
3,733
あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

国王の嫁って意外と面倒ですね。
榎本 ぬこ
BL
一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。
愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。
他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。
イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。
力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。
だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。
イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる?
頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい?
俺、男と結婚するのか?
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる