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Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり

50.新しい悩み

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 明るい日差しが降り注ぐテラス。
 美味しい昼食をいただきながらも、僕の心はずしんと沈み込んでいた。

「……僕は、なんてことを、してしまったんだろう」

 昨夜のことを思い返す度に、胸をかきむしりたくなるような羞恥心に襲われる。

 だって、気づいたばかりの恋心を告げたというだけでもとんでもないことなのに、恋人と言える関係になった途端、独占欲を抱いてしまったんだもん。
 自分がこんな状態になるなんて、想像したこともなかった。

 ……まぁ、独占欲を抱いただけなら、いいんだ。厳密に言うと、よくはないんだけど、問題はない。でも、その発露の仕方が、自分からのキスって——。

「絶対、はしたないって思われたっ」

 フォークを投げ出し、テーブルに突っ伏す。本当に、僕はなんてことをしてしまったのか。

 昨夜のジル様は少し驚いた様子だったけど、優しくキスを返してくれて——すぐに離れた。「そろそろ休まないといけないな。フランも今日は孤児院に出かけて疲れただろう?」と言って、部屋を出て行ってしまったんだ。
 僕は突然の展開に呆然として、ジル様の背中を見送ることしかできなかった。

 ……これ、避けられてない?

「そうお嘆きになるようなことではないと思いますよ」

 行儀も何も放り投げている僕に、イリスの声が柔らかく届く。その優しさが身にしみて泣きそうになった。

「……でも、ジル様、今朝も昼も、顔を見せてくれなかったんだよ?」

 昨夜のことを謝ろうと勇気をだして誘ってみたけど、「すまない。時間がとれない」という言葉が修飾されて、花束とお菓子を添えて届けられた。

 孤児院の慰問の予定を入れたせいで、ジル様が今忙しいことはわかってる。でも、やっぱり、避けられてるよね……?

 イリスの顔を見上げたら、「まぁ、泣きそうなお顔まで儚げでお美しい」とうっとりと呟かれた。
 ……今、そんな評価は求めていなかったんだけど。ちょっと涙が引っ込んだ。

「イリスぅ……」
「ふふっ。フラン様はいとけなくて可愛らしいですね。素敵な主人を持つことができて、私は世界一幸せな侍女でございます」
「……僕の方が、歳上!」

 いろいろと言いたいことはあったけど、まずはその主張から。
 イリスが孤児院訪問の時からずっと、今まで以上に心酔した様子を見せることに正直困惑してる。僕の行動の何かが琴線に触れたみたいだけど、よくわからない。

 好かれる分には嬉しいので受け入れるけど、愛でられるのはどうなんだろう? 主人として認められてはいるらしいので、文句を言う気はないけど。

「失礼いたしました。恋愛初心者なフラン様が、あまりにお可愛らしくて」
「全然失礼って思ってないよね? 僕を初心者って言うイリスは、恋愛をしたことがあるの?」

 むぅ、と唇を尖らせながらも、イリスの恋愛事情に興味が湧いて尋ねてみた。経験者なら、助言をもらいたいというくらい切羽詰まってもいたから。

 ……歳下に頼るなんて、というプライドは一切ない。イリスは僕の目から見ても、すごくしっかりしていて大人びているし。

「恋の経験はございますよ。楽しく切ないものです。それに、この城には素敵な殿方がたくさんいらっしゃって、目の保養でございますねぇ」
「……結局、経験者ではあるけど、現在恋人はいない?」

 主人とはいえ、プライベートなことに立ち入りすぎるのはよくないとわかってる。でも、イリスの顔があまりにも楽しそうに綻んでいたから、つい聞いてしまった。

「ご想像におまかせいたします。ですが、今はフラン様に夢中だとだけ、返しておきますね」

 イリスがにこりと微笑む。今日はいつもより随分と機嫌が良さそうだ。僕はこんなに落ち込んでるっていうのに。

「そう。じゃあ、経験者に質問です」

 拗ねた気分でツンと言ってみる。イリスは気ままな猫を慈しむように目を細めながら「はい、なんなりと」と答えた。
 なんだかむず痒い気分だ。

「——ジル様が僕を避けてないって、どうして思えるの?」

 軽口を装いながらも、真剣な悩みだ。両想いになった途端に避けられるなんて、考えたくもなかったんだから。

 イリスは「そうですねぇ」と、少し考えをまとめるように目を伏せた後、にこりと笑った。

「それはきっと、殿下の表情を見たからですね」
「ジル様の表情?」

 首を傾げる。イリスがジル様に会ったのは、昨夜すれ違った時が最後だと思うけど。ジル様はどんな表情をしていたんだろう?
 僕は失敗してしまったんだって焦って、ジル様の顔をしっかり見る余裕がなかったから思い出せない。

「はい。——熱に浮かされたようなお顔でした。そして欲望が溢れているような眼差しで……」
「っ……それは」
「殿下は、きっとフラン様を大切になさりたいのですよ。すぐに寝所に連れ込むのは、情緒がございませんものね」

 微笑ましげに言っているけど、内容は昼の日差しの下で聞かされるものではない気がする。
 思わず顔を両手で覆って、テーブルに突っ伏した。

「イリス……そんな、あけすけに……」
「お可愛らしいフラン様。そのようなフラン様だからこそ、殿下は気遣っていらっしゃるのでしょう。お顔を合わせたら、つい攻めすぎてしまうと、自覚なさっておられるのだと思いますよ」

 攻めすぎるって……つまり、キス以上のことを求めてしまいそうになるってこと? さすがに、朝や昼間は、ないでしょ……?

 そう思うも、否定しきれなくて口を噤む。
 昨夜ジル様が急に離れたのも、それが理由なんだと理解してしまった。

「——それで、フラン様。今夜は寝所にお誘いになるのですか? 私、フラン様の夜のお支度を整えた方がいいでしょうか?」
「だから、あけすけすぎるんだってば!」

 思わず叫んでしまった。……ここまで声を出したのは、ボワージア領を離れてから初めてだよ。

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