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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
45.安らぎのとき
しおりを挟むこの孤児院にいるのは乳児五人、十歳以下が十四人、十六歳未満が十一人だそう。十六歳を超えると、働きに出る者がほとんどだとか。
「就職の支援を行っているのですか?」
乳児を抱っこしてあやしながら問いかける。
ボワージア領にいる時はよく、農作業をする親たちに代わって子どもの相手をしていたので、僕にとっては慣れたものだ。院長さんには驚かれたけど。
「孤児院出身者を雇う事業者には助成金がでますよ」
マイルスさんがおっかなびっくりの様子で乳児を抱いてる。
ジル様に代わってこれまで孤児院の視察をしてきたらしいけど、こうして実際に子どもと触れ合うのは初めてだそう。
……ジル様は最初から手を出そうとしなかった。「壊れ物を扱うのは苦手だ」と本気の顔で呟かれて、僕はなんと返すべきか迷った結果、沈黙するしかなかったのは内緒だ。
「僕は来年パン屋に就職することが決まってるんですよ」
一緒に乳児をあやしてくれていた男の子ルトが、誇らしそうにしながら言った。
ルトは僕より三歳下の十五歳。生まれてすぐの頃から孤児院で過ごしていると紹介されただけあって、子どもの扱いもすごく上手い。お手本にしたいくらいだ。
院長さんも「ルトは私たちをよく手伝ってくれて、本当に頼りになるんですよ」と誇らしそうに評価していた。
「そうなんだ。良かったね。働くのは楽しみ?」
「はい。今は時々パン作りの特訓に行ってるんです。お給料ももらえますし」
働いているわけでもないのに給料?
不思議に思っていたら、マイルスさんが教えてくれる。
「孤児への技術支援を行う事業者には手当があるんですよ。その手当から、孤児への給料も出ます。時間を使っているのは、事業者だけではなく孤児もですから」
そんな仕組み、ボワージアではありえない。孤児の訓練生は無料の働き手として扱われないということか。
あまりの違いに言葉を失うほど驚いてしまったけど、すごく良い仕組みだと思う。
頷いていた僕の袖が、控えめな力加減で引かれた。
「……おきさきさま、えほんよんで」
四歳くらいの女の子が、腕に絵本を抱えてみつめてくる。
僕はまだ妃じゃないんだけど。最初に言われた時に否定してみたものの、子どもたちはその呼び方に慣れてしまったのか、一向に変わらない。
ジル様は「いずれそうなるのだから、いいんじゃないか」と軽く流していた。
それを聞いた院長さんが驚いて腰を抜かしそうになっていたのに気づいたのは、僕の他にもたくさんいたと思う。
僕がジル様の番になることは告知されているけど、王弟妃になることはまだ内輪での話でしかないからね。
明日にでも、領都内に情報が広がっている可能性が高い。
マイルスさんが額を押さえてちょっと呻いていた。
すでに確定事項だったとしても、色々と守るべき手順があるんだろうな。
「僕が絵本を読むの? いいよ」
読み聞かせなんて久しぶりだ。
健やかに寝ている赤ちゃんを揺りかごに寝せて、絵本を受け取る。
すると、僕たちの様子を窺っていたのか、女の子たちが一斉に集まってきた。男の子は絵本に興味がないのか、まだ距離をとってる。
「——あなたの名前は?」
「わたし、アンナ」
「そっか。アンナちゃんは、この物語が好き?」
渡された絵本は、あまり物語に馴染みがない僕でも知っている、国で一番有名な話だった。
貧しい暮らしをしていた美しい女性が、王子様に見初められて、困難を乗り越えて結婚して幸せになるというストーリー。
「すき! それに、おきさきさまみたいでしょ?」
「……そうだねぇ」
否定しきれない。たぶん、アンナは絵の女性が僕に似ているという意味で言ったんだろうけど。ピンクっぽい髪色で、髪の長さが違うだけだから。
でも、境遇も似てると思うんだよね。僕は貴族とはいえ貧しい環境で暮らしていたし、ジル様は王弟殿下なんだもん。
そんなことをわざわざ説明するわけにもいかず、笑って誤魔化す僕の言葉に、女の子たちがきゃあきゃあとはしゃいでる。
最初は緊張を隠しきれない様子だったけど、もう随分と慣れたみたいだ。
「——それじゃあ、読むよ」
僕がそう言った途端、ピタリと騒ぎがおさまる。
行儀のいい子たちに自然と微笑んで、絵を見やすいように持ちながら口を開いた。
ボワージア領での絵本は、領民たちとの共有物。子どもの世話をする者はみんな、絵本の読み聞かせを何度もしてきた。
もちろん僕も例外じゃない。あまり畑仕事に駆り出されることがなかった分、むしろ読み聞かせの経験は領内で一番かもしれない。
というわけで、読み聞かせには結構自信があるんだ。
「むかし、むかし、あるところに——」
お決まりの文句で始まるストーリーを、心を込めて読む。
この感覚が懐かしくて、慰問に来たはずなのに、僕の方が心が安らいでいる気がした。
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