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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
44.緊張と緩和
しおりを挟む「あ、あの……」
「それで、いなくなったお子さんの特徴は? 探す場所の心当たりと、探し終えた場所を教えてください」
戸惑った表情の院長さんに尋ねる。
答えをもらってから、周辺の地図を頼んだ。
「——いなくなったのは六歳の女の子。普段は敷地外に出ることもない……。でも、施設内にいない……」
地図が届いた時には騎士たちにも子ども捜索の命令が行き渡っていた。僕たちの護衛を最低限残して、捜索にあたってくれるらしい。
「地図はこちらでよろしいですか? あの、それで……」
「——この近く、森がありますね」
「はぁ……そうですが。自然保護区でして、木々や草花は多いものの、子どもが行きたがる場所ではありませんよ? 広さもさほどありませんし……」
僕が気になったのは、いなくなった女の子の友だちの証言だった。
女の子は僕たちの訪問をとても楽しみにしていたそうで、「おうじさまとおきさきさまに、きてくれたおれいをつたえたいな」と言っていたらしい。
僕はまだ妃ではない、という話は置いておくとして。
お礼を伝える、というのは言葉で十分だけど、小さな子どもは物として表したがるものだと思う。そんなとき、お金がない子どもならどうするか——。
「でも、花が多いところなんですね? それに、危険な場所ではないと子どもでも知っている?」
「ええ、あそこは凶暴な動物もいませんし。時々、植物の観察をしに、子どもたちを連れて行くことがあります」
院長さんの答えに頷く。
そして、捜索隊の隊長に任命された騎士に、地図を渡した。
「この自然保護区を捜索してきてください。子どもの手がかりがあったら、誰か報告を。追加の人を送りましょう」
「かしこまりました」
騎士は一瞬ジル様に視線を流してから、頭を下げて立ち去った。
……僕、出過ぎたことをしているかもしれない。
ジル様を窺うと、「どうした? 他になにかすべきことがあるか?」と聞かれた。ジル様は気にしてないようだけど、ちょっと気をつけよう。
「僕が探しに行くのはダメですよね?」
「それは許すことはできないな」
「フラン様。院内で待ちましょう」
ジル様だけじゃなくて、マイルスさんにも暗に拒まれた。
その答えは予想していたけど、身動きのしづらさを感じてちょっと落ち込む。こういう状況で落ち着いて待ってるのって、僕が一番苦手なことだ。本当は誰よりも先に駆け出したかった。
「……応接室に、お茶をご用意いたします」
院長さんはようやく状況を飲み込めたのか、深々と頭を下げながら言った。
そういう風に対応してもらわなくてもいいんだけど、やっぱり立場を考えたら、これが当然なんだよね。
「わかりました。騎士の報告を待ちます。——他のお子さんたちは、不安がってはいませんか?」
「……今は子どもたちに対応する職員が少なくて、多少騒ぎになってはいるようですが」
耳をすませば、子どもの泣き声が聞こえる気がする。騒がしい雰囲気に、子どもたちのも不安が募ってるんだろう。
「よろしければ、お子さんたちに会いたいのですが」
「それは、その……ご迷惑をおかけすることになるでしょうし……」
困惑の表情の院長さんから、ジル様に視線を移す。
「……俺は、子守はできないと思うぞ」
「それは求めてません」
あまりにもはっきりと言ってしまった。ジル様がちょっと傷ついてる気がする。マイルスさんがこらえきれなかった様子で吹き出すようにして笑った。
申し訳ないけど、本心なのでフォローの仕方がわからない。
「あの……僕が、子どもたちと話す許可だけいただければ……」
「……構わん。近くにお茶を用意しろ」
ジル様の命令に、すぐさまイリスが頷いた。院長さんに負担を掛けないようにする配慮だろう。イリスは本当に気が利く。
残っていた騎士たちも手を貸してくれて、孤児院の庭に即席のお茶会の場のような空間があっという間にできあがった。子どもたちが手軽に食べられるようなお菓子も準備されてる。慰問ということで、もともと持ち込んでたから。
やることがやっぱり王侯貴族だな、と僕はちょっと呆然としてしまった。
慰問って、こういうものだったかな?
院長さんに連れてこられた子どもたちが、見慣れない光景にきょとんと目を丸くしている。驚いた結果、不安が和らいだ感じなのは良かったかもしれない。
「えっ、お菓子ある?」
「きゃー、きぞくさまのおへやみたい。こういう感じでパーティーしてるんでしょ?」
楽しそうでなにより。でも、急遽設えられたのはお茶会セットであって、パーティーは別物だ。
たぶん、本物のパーティーを子どもたちが見たら、興奮するより怯えると思う。あれは貴族たちの戦場のようなものだから。
……僕もあまり参加したいとは思わないなぁ。
「みなさん、こんにちは」
とりあえず挨拶から始めよう。
すでに子どもたちの緊張は少し和らいでいるようだけど、もっといつも通りの感じになって、仲良くなれたらいいな。
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