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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
43.緊急事態
しおりを挟むジル様と話をしていたら、いつの間にか孤児院に到着していた。
マイルスさんに声を掛けられてそのことに気づいて、少し恥ずかしくなる。僕、どれだけジル様のことしか見れてなかったんだろう。
「良い時間を過ごされたようですね」
「ああ。胸のつかえがおりた気分だ」
ジル様とマイルスさんの会話を聞きながら、エスコートに従って馬車をおりた。
言葉通り、ジル様はいつもより晴れやかな表情になっている気がする。身の上を僕に話して、心が楽になったんだったら僕も嬉しいな。
「ジル様のことを、より知ることができた気がします」
視線を向けてきたマイルスさんに微笑みかけながらそう言うと、ホッとした顔をされた。なぜだろう。
マイルスさんの背後からイリスが近づいてきたけど、僕たちの会話を邪魔しないようにするためか、背後に控えるだけで沈黙を保っていた。
子爵家の出身ということで、僕の侍女という立場でも、振る舞い方を苦慮してるみたい。僕も子爵家だから、イリスの気持ちはなんとなくわかる。
王弟殿下とその侍従——おそらく伯爵家以上の家柄の人——とは、気安く接するなんてできないのが普通だ。僕はジル様の番予定者だから、例外として許されてるだけだもの。
「それはよろしゅうございました。——孤児院の院長が待っています。まずはご挨拶を」
マイルスさんに促されて、孤児院へ進む。
慰問の話が出た当初は、孤児と職員全員で、外まで出てきて僕たちを出迎える予定になっていたらしい。でも、僕が緊張するだろうってことで、マイルスさんが止めてくれたんだって。
その配慮、とてもありがたい。マイルスさんには心からお礼を伝えた。
「孤児院というのは、随分と古いんだな……」
建物の入り口まで来たところで、ジル様がぽつりと呟く。
正直、僕は「そうかな?」と言葉を返したくなった。
この孤児院は、エストレア国屈指の豊かな領セレネーにあるだけあって、とても綺麗に整備されてると思う。相応の予算が振り分けられてるんじゃないかな。
……ボワージアの領主館より立派かもしれない。いや、確実にそうだ。
この孤児院で古いとか言われたら、僕の家を見た時には、ジル様は絶句してしまうかもしれない。
「……清掃が行き届いていて、綺麗だと思います」
「ああ、確かに。そういう点では良い環境だな。職員はどれほどいる?」
僕の当たり障りのない返事を受け入れたジル様が、マイルスさんに聞く。
マイルスさんが言うには、この孤児院の専属職員は院長を含めて十名。そして、聖教会から人が来ることもあるらしい。現在の孤児数は三十人だと言うから、足りていると考えていいのかな。
「——そうか。実情については院長に話を聞こう」
ちょうど院長さんが慌てた様子で出てきた。平伏する勢いで頭を下げてる。
「出迎えが遅れまして、申し訳ございませんっ」
「構わん」
一言で受け入れたジル様の斜め後ろで、マイルスさんが眉を顰めてた。
王族である主人を待たせるなんて、マイルスさんとしては考えられない失態なんだろうな。僕も驚いたけど、院長さんにはなにか事情がありそうだ。
「なにかトラブルでも起きましたか?」
院長さんの表情には、なんとなく見覚えがあった。
以前、僕が領内で畑仕事を手伝っていた時、一人の女性が駆けてきたんだ。子どもがいなくなった、って言って。
慌てて有志を募って探したら、近くの山で食料探しをした結果、遭難しちゃった子供を発見した。あのときは本当にヒヤヒヤした。
今の院長さんは、あのとき駆けてきた女性と似た表情をしてる。
なんだか心が嫌な感じでドキドキしてきた。
「それが、その……」
「なんだというんだ」
「ジル様」
躊躇う院長さんを急かそうとするジル様の腕に手を掛けて、そっと首を横に振る。
パニック状態の人を焦らせても、良いことなんてなにもない。ジル様と対面してるっていうだけでも、院長さんは緊張してるだろうから。
目で「僕に任せてください」と伝えたら、ジル様は少し驚いた顔をした後、小さく頷いた。
「——院長さん、落ち着いてください。なにか問題があるのでしたら、解決できるよう協力しますし、あなたを咎めることなんてしませんよ」
「あ、あなたは……?」
「こちらは殿下の番予定者のフラン様です」
マイルスさんに紹介してもらって、軽く会釈する。
院長さんは目を見張った後、縋るようにみつめてきた。
「たいへん不躾を承知でお願い申し上げます。現在、当院で暮らしている子どもの一人の行方がわからなくなっておりまして、職員が探しております。せっかく慰問をいただきましたのに、たいへん恐縮ではございますが、本日は予定を取り止めていただきたく存じます……!」
なんかすごく言葉を修飾されたけど、子どもが行方不明だから捜索で忙しいし帰って、ということだよね。……頼むこと、それじゃないでしょ!
「おいくつのお子さんですか。体格は? 今日の服装はわかっていますか?」
「へ?」
「探す人手は多い方がいいでしょう。——ジル様、騎士をお借りしてもよろしいですか?」
「……もちろんだ」
ジル様は目を瞬かせた後、しっかりと頷いた。
マイルスさんが即座に動き始める。でも、一番早く動いたのはイリスだった。駆け出すような勢いで、騎士たちが集っている場所に向かう。
いなくなった子はきっと不安な気持ちだろう。早く見つけられるといいんだけど。
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