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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
37.執着心
しおりを挟む「公的な手続きの重要性はわかりました。ご配慮ありがとうございます」
ふわふわとした気分で微笑む。
僕はそんなに難しいことを考えられる余裕はなかったけど、ジル様が真摯に考えて行動してくれていて嬉しい。
この愛情に、どうやったらこたえられるかな。
「番になるものとして当然のことだ。……そのせいで、万が一の場合に、フランが傷物扱いされないよう努めなければならないのは良い気分ではないが」
「傷物……なるほど、再婚とかについてですね」
僕はまだジル様と結婚したわけじゃないけど、離れることになったら実質そんな扱いになると思う。
ジル様に手を出された状態でただの子爵子息に戻ったら、新たな嫁ぎ先なんて見つからないかも?
……案外、王族のお手つきっていう希少性で引く手あまたになる可能性もあるけど。
「その言葉を聞くのも嫌だな。悪いが、俺がいなくなったとしても、他の男にうつつを抜かすな。傷物扱いさせたくないというのは、フランの名誉のためだ」
ジル様の眉間にくっきりとシワが刻まれていた。
僕が他の人と関係を持つなんて考えたくもないって思っているのが伝わってくるような表情だ。
そんな顔をしなくたって、僕はそんなつもり微塵もないのに。ジル様以上に素敵な人なんて、この世にいるのかな?
「僕が以前言った言葉をお忘れですか? 僕が今後恋をする相手は、きっとジル様だけですよ」
ジル様の執着が、なぜだか心地よくて口元が緩む。
僕の言葉に表情を和らげるジル様を見て、可愛くて好きだなと思った。
途端に、自分の思いにハッとする。
好き? これは、人としてってことだよね。いや、恋人みたいなこと? ……わかんないなぁ。恋心と、親愛の違いってなに?
「そう言ってくれるのは嬉しいが……随分と考え込んでいるな。どうした?」
「え、あ、いえ……恋ってなんだろうなぁって思いまして」
誤魔化そうとしたけど、僕はそこまで器用じゃなかった。
僕がすぐに諦めて白状したら、ジル様はきょとんと目を丸くした後、楽しそうに微笑む。
「恋とは何か、か。難しいことを考えるものだ。——抱いた愛を恋だと思ったらそうなるのではないか?」
「そんなに曖昧なものなのですか?」
あまり納得できなくて、首を傾げてしまう。
だって、ジル様の言い方だと、恋なんて思い込みって言われてるみたいなんだもん。恋ってなんかもっといいものなんじゃないかな。
僕がジル様に恋をするとして、もっとはっきりそういう思いがわかるものだと思ってた。でも、実はそんなことはない? いつまでも曖昧で、恋だと気づかないこともあるの?
それはなんだか、残念な気がする。
「フランが納得するまで悩んでいい。答えを見つけられるのは自分だけだ。——まぁ、どちらにせよ、関係は進めさせてもらうが」
ふっと笑ったジル様は、なんだか色気が漂っている感じがした。
こういう誘惑をしてくるところ、本当にずるい。経験のない僕なんてあっさり舞い上がって、自分の心を見定めるどころじゃなくなっちゃうのに。
「番契約の書面を交わしてからですよね」
少しばかりの意趣返しの思いを込めて、ツンと言い返したら、ジル様の片眉が上がった。目は愉快そうに笑ってるから、機嫌を損ねたわけじゃなさそう。
「その牽制がいつまでも効果があるわけじゃないぞ。——今日の午後、聖教会と話をする。フランとの番契約の書面は一週間以内に交わす予定だ。ボワージア子爵からの了承ももらえるようだからな」
「え、父様の?」
思った以上に早い番契約の話よりも気になる言葉が聞こえた。
どうやって遠く離れたところにいる父様の意思を確認したんだろう? それが本当なら、認めてもらえたのは嬉しいけど……。
「ああ。早馬というのを知っているか?」
「えっと、伝令とかを行う、速さに特化した馬と、それに乗る使いのことですよね?」
答えながら、ジル様がなにを言おうとしているか悟った。
「正解。王都から早馬を出していたんだ。正式な書面が届くのはまだ先になるが、ボワージア子爵の意思は確認できた」
嬉しそうに微笑むジル様を見て、僕も頬が緩んだ。
王弟であるジル様からの番申し入れを父様が断れるなんてそもそも思ってなかったけど、実際に言葉として聞けたらちょっと安心した。
僕はもう、これからの人生をジル様と過ごしていきたいって決心してたから、家族にそれを認めてもらえたのが嬉しい。祝福されるのが一番いいことだよね。
「——父様が……。きっと僕の決断を応援してくれてるんだろうなぁ」
故郷にいる家族の姿を思い出して目を細める。そんなに長く離れていたわけでもないのに、会いたくてたまらなくなった。
僕のそんな望郷の念を敏感に察したのか、ジル様がテーブル越しに手を掴んでくる。
「使いの者が戻ってきたら話をさせるから、帰りたいなんて言わないでくれ」
「ふふっ、わかってますよ」
傍にいてほしいと思ってもらえることが幸せでたまらなくて、ジル様の手を握り返して微笑んだ。
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